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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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帰還、そして休養

 分断の川越しにヴィリアンの村を目にしたユウは全身の力が抜けそうになるのをこらえた。ようやく生き延びたという実感が湧いてくる。


 渡し船で対岸に渡ったユウたち4人は村に入った。日常の風景が目の前にあるというだけで心を癒やされる。


 今回のまとめ役であるマクシムを先頭に4人は警備隊本部へと向かった。その足取りは重いが歩みが止まることはない。


 建物の中にある警備室に入った4人はカウンターの前に立った。代表してマクシムが事務員に声をかける。


「巡回から戻って来たから報告をしたい」


「あーはいはい。なんだ、ひどい顔をしてるじゃないか」


「実際にひどい目に遭ったんだよ。それもまとめて報告するぞ」


 いつもの報告を聞くといった様子の事務員はのんきに羊皮紙とペンを走らせ始めた。しかし、蛮族の集団を発見して罠の裏をかき、更にその裏をかかれたという辺りから表情が変わる。目つきが真剣になった。


 口頭の報告を羊皮紙にまとめた事務員がマクシムへと顔を向ける。


「その場所だとリヴォーヴナの連中の担当場所に近いな」


「あいつらはまだ戻って来ていないのか? オレたちと同じ日に出発して、同じ日数の巡回任務だと聞いてたが」


「まだ夕方まで少しあるからな。日没までには帰って来るだろう。しかし、確定で14人、推定で20人以上か」


「追いかけられていたときの感覚からすると30人はいたんじゃないかな」


「混乱してまともに数えられないときの感覚なんぞ当てにはならんだろう。だが、状況を聞く限りだとそのくらいはいそうに思えるんだよな」


「これでリヴォーヴナからも何か報告があったら確定か」


「そうだな。ま、何にしてもよく生きて戻って知らせてくれた。報酬を渡そう」


 事務員は羊皮紙を持って一旦奥へと下がり、革袋を持ってカウンターまで戻って来た。そうしてマクシムの前に宿舎の部屋の鍵とその革袋を2つ置く。革袋のひとつは日当報酬が銅貨が48枚入っており、もうひとつは追加報酬の銅貨100枚が入っていた。


 鍵と革袋を受け取ったマクシムが仲間へと振り向く。革袋を掲げながら仲間3人に声をかけようとした。しかし、先にトリスタンから声をかけられる。


「追加報酬とは何に対する報酬なんだ?」


「蛮族に関する有力情報を報告したときの報酬だ。オレたちの巡回任務は蛮族の様子を窺うのが仕事だが、成果が出たときはご褒美が出るんだ。それじゃ、みんなで分けるぞ」


 仲間の疑問に答えたマクシムが1人ずつに報酬を分け与えた。頭数で均等に割ると1人当たり合計で銅貨37枚だ。


 報酬を受け取った4人がそれを懐にしまう様子を見ていた事務員が口を開く。


「マクシム、明後日はもう1度その4人で今度は南東側を巡回してきてくれ」


「わかった。期間は6日間でいいんだよな」


「ああ構わない。今度は何もないといいよな」


 若干の同情がこもった視線を4人に向けた事務員はすぐに自分の席へと戻った。それきり中断していた作業を再開する。


 事務員の言葉に肩をすくめたマクシムが踵を返して警備室から出た。後をついて来る仲間に対して歩きながら話しかける。


「蛮族をやっつけて戦利品を持ち帰ってきてたら、この次は物品室で換金するんだがな」


「俺たち逃げ回っていただけだもんな」


「情報を持ち帰ったんだから、だけってことはないだろう。仕事の性格上、逃げるのも仕事のうちなんだ」


 物品室を通り過ぎたところでため息をついたトリスタンをマクシムが諭した。しかし、その言葉にはいささか力がない。


 冒険者用宿舎に戻ってきたところでこの日は解散となった。これでようやく巡回任務が終了する。


 ユウとトリスタンは自室に戻ると荷物を床に置いて寝台に倒れた。




 翌日、ユウとトリスタンはのんびりと過ごした。食事の時間は決まっているので一旦二の刻に起きて朝食を済ませ、それからまた部屋に戻って寝台で横になる。初任務の前日には三の刻に警備隊本部で打ち合わせがあったが今回はない。なので、次に起きたのは四の刻前だ。途中で目覚めていたが何もする気が起きなかったのである。


 久しぶりに安心かつゆっくりと眠れた2人はようやく体力が回復した。鐘が鳴ると元気に食堂へと向かう。


 食堂内には何人もの冒険者がいた。しかし、満席になるほどではない。2人がどこに座ろうかと迷っていると声をかけられる。


「ユウ、トリスタン、こっちに来いよ!」


「ザハール、他の2人もいるんだね」


「いるぜ。初任務がどうだったか聞かせてくれ!」


 ダヴィットとエウゲニーの姿も目にしたユウはトリスタンと共に3人の隣に座った。暖かい食事を口にしながらダヴィットに話しかける。


「僕たちは昨日夕方前に村へ戻って来たけれど、ダヴィットはいつ帰ってきたの?」


「日没前だ。巡回したときは大抵その辺りの時間に戻って来るんだよ。ユウたちは少し早いな。初めてだから早めに切り上げたのか?」


「そういう理由で早めに帰れたんだったら良かったんだけどね」


 何とも答えにくそうにユウは今回の初巡回で起きたことをダヴィットたちに話した。すると、3人から気の毒そうでなおかつ嫌そうな表情を向けられる。明るいザハールでさえ黙っていた。


 少し間を置いてからダヴィットが口を開く。


「蛮族の裏をかいたと思ったら、またその裏をかかれたのか。大変だったな」


「その日は逃げるのに精一杯だったよ。あんなに走ったのって初めてかもしれない」


「しかし、マクシムが裏をかかれたというのは気になるな。あいつは巡回任務に慣れているはずなのに」


「相手の方が一枚上手だったっていうことなんでしょ?」


「うん、そうなんだが、蛮族にしては鮮やかすぎる手並みに思えたんだ」


「普通は蛮族に奇襲なんてされないってこと?」


「いやそうじゃない。蛮族に奇襲を受けることはたまにある。そうじゃなくて、マクシムが読み合いで負けたって点がだよ。こういう事例は今まで聞いたことがないんだ」


「ということは、蛮族も頭が良くなってきているのかな」


「だとしたら、これからは面倒なことになるかもしれん」


 難しい顔をしたダヴィットが黙った。知恵比べで一段高い水準を要求されるとなると、今後の巡回任務の行動が制限されることになる。


 そうやってユウとダヴィットが今後の巡回について話している横で、トリスタンはザハールと別のことを話していた。


 口の中の物を飲み込むとトリスタンが小さくため息をつく。


「それにしても、わかっていたとはいえ、ここの報酬って安いよな。6日間の日当報酬と情報提供による追加報酬の合計でも銅貨37枚だぜ?」


「他の地方じゃどうかは知らんが、ここじゃ食えるだけありがたいもんだぞ。仕事のない日でも三食寝床着きだからな」


「それはそうだが、ちゃんと稼げていたら別に三食寝床は自分で何とかできるじゃないか」


「ここだとそれができないんだよ。特に冬は」


「確か仕事が減るんだったか?」


「そう。隊商の護衛の仕事は減っちまうし、蛮族の森に入って薬草の採取や獣を狩猟するなんて方法もあるが、あれは収入が不安定だからな」


「うーん、東端地方って厳しいんだな」


「だからこそ、警備隊っていう仕事にも人が集まってくるのさ」


 へらへらとした笑顔を浮かべるザハールの答えにトリスタンは少し渋い顔を見せた。そのまま感想を漏らす。


「それにしても、蛮族に追いかけ回されるとなると、どうにも割に合わないんだけどなぁ」


「今回トリスタンたちみたいな目に遭うのはむしろ珍しい。滅多にないことだよ」


「そうなのか」


「うん、普通は蛮族自体が見つからずに終わることの方が多い」


 それまでほとんどしゃべっていなかったエウゲニーにトリスタンは声をかけられた。その言葉を受けてザハールへと目を向けるとうなずかれる。


「ということは、普段は日当報酬だけもらって終わりということになるのか」


「そうだね。たまに襲ってきた魔物を殺したり、数の少ない蛮族を倒したりすることがあるくらい」


「それでも割に合うものなのかなぁ」


「安全に稼げるのならそれに越したことはないよ」


 エウゲニーの言葉にトリスタンは曖昧にうなずいた。人の考え方はそれぞれだが、トリスタンはエウゲニーの主張に納得しきれていない様子である。


 昼食が終わると部屋に戻ったユウとトリスタンは明日の準備を始めた。自分の背嚢(はいのう)の中を確認すると走り回っていたのでひどい有様だ。まずは整理するところから始め、後に足りない物を補充していく。


 夕食前、ユウとトリスタンはニキータから巡回用の食料を受け取ったとき小話を耳にした。最近冒険者から蛮族を見かけたという話をよく聞くようになったらしい。


 冬直前になると蛮族の活動が活発になるという話を思い出した2人はいよいよ来たなと気を引き締めた。

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