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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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言葉が通じない者たち

 蛮族の森で一夜を明かした日の朝、ユウたち4人は短時間のうちに様々なものたちと出会った。そのせいで昼食のときには4人全員の顔に疲労の色が浮かぶ。


 空腹を満たすと4人は再び南へと歩き始めた。何か変化はないかと周囲や足下に気を配る。見逃すと自分たちが危険に陥るので誰もが真剣だ。


 そんな中、先頭を歩くマクシムが後続を止めた。片膝を付いて地面に目を向ける。


 先頭から2番目を歩くユウはその背中越しに地面を眺めた。すると、マクシムがユウに声をかける。


「ユウ、こことここを見てみろ。うっすらと足跡が残っているのがわかるか?」


「割とはっきり残ってるね。これが蛮族の足跡?」


「そうだ。連中も一応靴を履くようなんだが、布製だったり革製だったりとあんまり統一性がない。中には裸足の奴らもいるくらいだ。それで、今回のは恐らく布製の靴を履いた奴の足跡だろう。裸足ほどはっきりと足形は現れないが、革製よりかは足形っぽいからな」


「これだけだと人数はわからないけれど、それはどう考えているの?」


「1人で行動してることはまずない。物見だと2人から4人くらいなんだろうが、普通は10人前後だな」


「ここで何をしていたんだろうね?」


「そこまではわからん。こっちに続いているな」


 足跡は東から西へと続いていた。比較的柔らかい地面に残るそれは途切れずはっきりと見える。誰が見ても見失うことはないくらいだ。


 立ち上がったマクシムが他の3人に告げる。


「西に行ってみよう。何かわかるかもしれない」


「東はいいのか?」


「そっち側はもう誰もいないだろうから、行くとしても後回しだ。先に西だな」


 トリスタンの疑問に答えたマクシムが先頭を歩き始めた。地面に残る足跡へと頻繁に目を向ける。


 次いでユウも続いたが妙に引っかかるものがあって不快だった。地面の足跡とマクシムの説明のずれが胸の内に違和感を広めてゆく。


 少し進むと地形は以前よりも起伏が激しくなってきていた。視界がある程度悪くなる。


 先頭を歩いていたマクシムはここで立ち止まった。不思議に思ったユウが声をかける。


「マクシム、どうしたの?」


「ここから南に向かうぞ。恐らくこの足跡は罠だろうから、このまま先に進むと待ち伏せに遭うだろう。だから、ここから足跡を逸れて南に向かい、迂回しつつ西へと向かう」


「罠ってどうやって判断したの?」


「蛮族が1人で行動することはまずないってさっき説明しただろう。なのにこの足跡は1人分しかない。オレたちが歩いた場所には4人分の足跡があるんだ。だったら、残りの蛮族はどこを歩いていたんだろうな?」


「なるほど、蛮族の普段の行動から、足跡が1人分しかないのが不自然だと」


「その通りだ」


「でも、どうしてここから南に向かうの?」


「周りの地形を見てみろ、さっきは平坦だったの今は起伏が出てきただろう。恐らくこのさきはもっと起伏が激しくなっていて蛮族が隠れやすくなっているはずなんだ。でないとこんな形で誘い込まないだろうしな」


「なるほど、それで迂回して相手の裏をかくと」


「その通り。ただし、相手は恐らくこっちの何倍もの人数がいると思う。だから実際は蛮族がいるということを確認してそのまま立ち去ることになるだろう。それで、今回のことをイグナート隊長に報告して後日討伐してもらえればいい」


「こういうとき少人数ってもどかしいよね」


「まったくだ。巡回任務のときは大抵こんなことばかりだから気が滅入るよ」


 事情を説明するマクシムが力なく笑うのを見てユウは何も言い返せなかった。偵察が主な仕事である以上、こういう不満が自分にもたまってゆくのだろうなと何となく思った。


 方針が決まるとユウたち4人はすぐに行動した。マクシムを先頭に進路を南に向けて歩く。結構歩いたところで北西へと方向転換した。


 ここからは気付かれないよう特に注意して行動する必要がある。なので、慣れたマクシムが先行して進行先を確認し、他の3人が呼ばれてから続いた。


 再び歩くことしばし、起伏のある地形を利用して隠れながら進むと果たして蛮族を発見する。岩や大木の陰に隠れて全員が北側を向いていた。


 振り向いたマクシムが小声でユウたちに告げる。


「当たりだ。見えるだけで6人いる」


「他にもいるのかな。あ、あっちから蛮族が来た」


「いるみたいだな。この時点でオレたちの2倍は確定だ。一旦戻って足跡の北側も確認しよう。そっち側にも隠れていたら本格的にまずい」


 渋い顔をするマクシムにユウたちはうなずいた。思った以上に大人数であることにユウは顔を強ばらせる。


 見つからないよう慎重に動きながらやって来た経路を戻り、4人は足跡のある場所まで戻った。次いで北側に向けて迂回する。


 同じ程度の距離を進んで回り込むとやはり物陰に隠れて南側を向く蛮族たちを発見した。数は6人。これで南北合わせて最低14人、配置されている人数が南側と同じなら16人以上、見えない部分にもまだいるはずなので20人以上はいると見るべきだろう。


 呻くようにユウがつぶやく。


「僕たちより最低4倍はいるわけだ」


「これはダメだな。オレたちの手には負えない。すぐに報告しに帰らないと」


 険しい顔のマクシムが判断を下した。そして、次いで言葉を発しようとする。


 そのとき、背を見せていた蛮族たちが一斉に振り向いて何かを投げてきたのをユウは目にした。とっさに物陰に隠れてやり過ごす。


「うわっ!?」


「くそ、バレてた!? 逃げるぞ!」


 文字通り投石によって追い立てられる形でユウたち4人はその場から逃げ出した。やって来た経路を北へと引き返す。


 ところが、今度は左右から石が飛んで来た。周囲を見れば蛮族が起伏のある地形の奥で石を投げている。


 最初に気付いたのはユウだ。声を張り上げる。


「両側から石か飛んでくる!」


「うぉっ!? 危ねぇ!」


「ちくしょう、どこかで気付かれてたんだ! 全員、全力で走れ!」


 トリスタンが悲鳴を上げ、マクシムが悪態をついた。オレークは黙って走る。


 当たり所が悪ければ重症になりかねない投石を左右から浴びせられたユウたち4人は全力で走った。全員頭を守りながらひたすら前を目指す。頭部以外への命中はこの際諦めた形だ。


 いくつかの石が体に命中するものの、幸い4人とも致命傷にはならなかった。投石もすぐに止む。しかし、それは襲撃の終わりを意味しなかった。今度は後ろから多数の蛮族が追いかけて来る。


 蛮族の裏をかいたと思えば逆に裏をかかれることになり、ユウたち4人は必死に遁走した。さすがは蛮族の森の住民なだけあって森での行動には一日の長があるからかもしれない。


 だからといってそのまま殺されるわけにはいかなかった。森の中をひたすら走る。


 もちろんユウも走っていた。ただ、マクシムの生還を最優先する取り決めがあるので、どうしてもそれ以上は先に逃げられない。


 そんなユウの真隣の地面に長いものが突き刺さった。槍だ。


 顔を引きつらせたユウが仲間に叫ぶ。


「槍を投げてきたよ!」


「何としても逃げ切るぞ! 絶対に止まるな!」


 すぐさまマクシムが声を返した。5倍以上の敵とまともにやり合っては勝てない。小細工もできないのであれば逃げの一手だ。


 その後、ユウたちはひたすら走り続けた。




 ユウたち4人が蛮族たちの追撃を振り切ったことを確認できたのは日没寸前だった。


 それまでひたすら走って逃げては体力が尽きて立ち止まり、蛮族の攻撃を躱しつつ体力をいくらか回復させてまた走るということを繰り返していたのだ。これが可能だったのは、蛮族にも疲労というものが存在していたことに尽きる。


 ともかく、逃げ切った4人はいくらか隠れられそうな場所に無言で座った。焚き火を(おこ)す気力も体力も既にない。荒い息を繰り返すのみだ。


 この中で最も体力があるのはユウだった。そのユウが現状を口にする。


「どうも、逃げ切った、ようだね」


 しかし、返事をする者はいなかった。それどころか、顔を向ける者さえいない。


 次いで話せるだけ回復したのはトリスタンだった。あえぎながら力なく口を開く。


「死ぬかと、思った」


「そうだね」


 今は何も考えられないユウは一言だけ返した。


 とりあえず一息ついたユウたち4人だったが、依然蛮族の森の中にいる。これからまだ数日をかけて村へと帰還しなければならない。そのためにはまず、今から野営の準備をしなければならなかった。


 そして何より、夜の見張り番もこなさなければならない。果たしてこんな状態で自分も含めたみんなができるのかとユウはぼんやりと思った。それでもやらないといけないわけだが。


 蛮族がユウたちを諦めたという保証は今のところない。なので、森をでるまでは今まで以上に気を張り続ける必要が何としてもあった。

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― 新着の感想 ―
早速大ピンチが続いてますねー!
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