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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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蛮族の森で遭遇するものたち

 蛮族の森に入って2日目、この日のユウたち4人は昨日とは打って変わって朝から忙しかった。様々なものに遭遇することになる。


 最初に出会ったのは鹿だった。立派な角を生やした雄の鹿で体格も良い。


 発見したのはマクシムだった。振り向かずに手の仕草と声で後に続くユウたちに告げる。


「止まれ、鹿だ」


「うわ、結構大きいな。じっとこっちを見ているじゃない」


「草食動物だからおとなしいと聞いたことがあるが、違うんだよな」


 後ろの方からトリスタンが鹿の姿を覗きながら小声でしゃべった。どうにもまだ実物の鹿に戸惑いを感じているようだ。


 4人を眺めていた鹿はそのままじっとしていたが、すぐに別の方へと顔を向ける。釣られてユウたちもその方へと目を向けると他の雄の鹿がいた。こちらも角と体格は立派だ。


 マクシムの指示に従って一旦下がると、全員で2頭の鹿の様子を窺った。お互いに顔を向け合いながら近づくと頭を下げて角をぶつけ合う。そのときの鈍い衝突音が4人の耳にわずかに届いた。


 それを見たトリスタンが目を見開く


「おお、なんか喧嘩を始めたぞ。縄張り争いか?」


「今はオスの発情時期だから、あるいは雌を巡る争いかもしれない。ただ、この辺りに雌はいなさそうだが」


「何にしても、退くなら今のうちに退いた方が良いね」


「ユウの言う通りだ。一旦戻って別の方角から迂回して先に進もう」


 ユウの提案を受け入れたマクシムが仲間を促してその場から離れた。発言通り、たどってきた経路を戻って別の方角へと歩く。


 これで昨日のように何事もなく進めたら良かったのだが、そうはいかなかった。


 またしてもマクシムが振り向かずに手の仕草と声で後に続くユウたちに告げる。


「止まれ、今度は熊だ。くそっ」


「うわ、結構大きいじゃない」


「夏にたらふく餌を食ったんだろうな。縄張り争いに負けた奴だとああは太れない」


「まずいよ。こっちに気付いているね。どうするつもりなの?」


「全員で横一列になって肩を組むぞ。こっちの方が大きいと見せかけるんだ」


 指示を受けたユウとトリスタンは一瞬目を見開くが、オレークが黙って指示に従うのを見てそれに続いた。故郷の森だと獣はとにかく人間を襲ってきたので、ユウにとってこういう対処法はとても珍しい。


 4人が横一列になるとマクシムが次の指示を仲間に伝える。


「熊の目は見るな。挑発してると受け取られるから足下に目を合わせろ。そして、ゆっくり下がるぞ」


「後ろ向きに歩くのか。転げそうだな」


「下手な動きをして興味を持たれると厄介だから絶対にこけるな」


 顔を引きつらせたトリスタンの軽口にマクシムが真剣な声で答えた。それで全員が黙るとマクシムの合図で一歩ずつ下がる。幸い、距離はまだ離れているのでどこかの木陰に隠れることができれば後は全力で逃走だ。


 これで無視をしてくれればそれで終わりだったのだが、残念ながらそうはいかなかった。ユウたちが下がった分だけ近づいて来る。


「おいおい、近づいて来るぜ?」


「ちくしょう、好奇心旺盛な熊だな! みんな、固まったまま背嚢(はいのう)を両手で持って自分の頭の上に上げろ。とにかくこっちの方が大きいと思わせるんだ」


 不安そうなトリスタンの言葉に被せるような形でマクシムが声を上げた。


 新たな指示を受けたユウたち3人は自分の背嚢(はいのう)を背中から降ろして頭の上に持ち上げる。すると、熊は立ち止まった。


 これを境に4人と熊の距離は徐々に開いてく。やがて全員の視界から熊の姿が見えなくなると背嚢(はいのう)を背負い直して森の中を急いで引き返した。


 4人は鹿のいる地点から戻ってきて熊のいる方向へと折れ曲がった地点まで戻ってくる。まだ1日は始まったばかりだというのに全員の顔色には疲労が見え始めていた。


 ため息をついたユウがぽつりと漏らす。


「獣に手を出せないのって案外厄介だね。熊はどうにもならないけれど、あの鹿なら何とかできるのに」


「そう言うな。警備隊にも都合があるんだ。村の冒険者の飯の種を取り上げるわけにはいかないからな。面倒だとはオレも思うが」


「となると、残るはこっち側だけだよね。何もいないと良いんだけどなぁ」


 野営した場所に戻る経路、鹿のいた経路、熊のいた経路、そして残るは西の方向だけだった。ユウはそちらへと不安そうな顔を向ける。もはや何かありそうな気がしてならない。


 いささかげっそりとした表情のユウたち4人は再びマクシムを先頭に未踏破の方角へと歩き始めた。今度はある程度歩いても何もいない。明らかに安心した表情の4人は適当な場所で進路を変えた。


 そうしてしばらくするとまたもやマクシムのうめき声がユウの耳に入ってくる。


「止まれ。今度は突撃猪(チャージボア)だ。今日はやたらと何かと遭うな」


「気付かれて、いない?」


「みたいだな。一旦下がって曲がった場所まで戻ろう」


「昨日と違って今日はよく何かを見かけるよね」


「こんな日は珍しい。というか初めてだ。いつもは1日1回遭うかどうかだっていうのに」


 渋い表情をしたマクシムから指示を受けたユウたちは静かにその場から引き返した。今日はやたらと徒労感のする日である。


 今度こそという思いを胸に4人は一旦戻ってから更に西へと進んだ。今日はまだあまり南側へと進めていない。


 そうしてしばらく歩くと、またもやマクシムが立ち止まったのをユウは見た。今度は何かとその背中から先へと顔を向ける。すると、冒険者が4人固まって立っていた。初めて見る顔ばかりである。


「タラソヴナ!」


「おお、マクシムじゃねぇか! こんな所で会うたぁ大した偶然だな!」


 どうも知り合いらしい2人が声をかけ合うのをユウは目にした。そのままマクシムがタラソヴナと呼ばれた冒険者たちの方へと歩いてゆく。


「お前さん、今は巡回中なのか?」


「ああそうだ。こっちの新顔と一緒に森の中に入ってるんだよ。この2人は古鉄槌(オールドハンマー)のユウとトリスタンだ」


「へぇ、そうかい。オレは鉄の岩(ジェレズナヤスカラ)のタラソヴナだ。リーダーをやってる。生まれも育ちもこの村でな、この辺り一帯のことなら何でも知ってるぜ」


「僕はリーダーのユウで、こっちがトリスタンだよ」


 両者を知っているマクシムを仲介して2つのパーティのメンバーが挨拶を交わした。タラソヴナのパーティは薬草を採取しながらたまに狩猟もすると教えてもらう。


「マクシム、今日はこっちの方の巡回なのか?」


「村から真南の場所が今回の担当だ。ただ、今日になって行く先々で獣や魔物に遭ってばかりでね、どうにも先に進めないんだ」


「あー、お前さんら警備隊の連中は原則狩猟禁止だもんな。どこに何がいたんだ?」


「ここから東に少し行ってから南に曲がると突撃猪(チャージボア)、その東側に鹿が2頭、曲がらずまっすぐ行ったところに熊だ」


「おいおい、大当たりじゃねぇか。羨ましいねぇ」


「だと思うのなら狩ってきてくれ。こっちは商売上がったりなんだよ」


「そりゃ大変だ。突撃猪(チャージボア)と鹿はいけそうだな」


「その様子だと、まだ何も狩っていないんだろ?」


「ああ、今回は空振りばっかだったんだ。でも、お前さんのおかげでツキが回ってきたぜ」


「ぜひそのツキを村に持ち帰ってくれ。ところで、この先はどうなっているんだ?」


「薬草以外はなーんもなかったぜ。空振ってばっかだって言ったろ」


「こっちもようやくツキが回ってきたようだ」


「はは、結構なこった。ぜひそのツキを村に持ち帰ってくれ!」


 お互いに言い合うとマクシムとタラソヴナは笑い合った。


 話が一段落するとタラソヴナがユウとトリスタンにちらりと目を向ける。


「今回の新顔ってのはこの2人だけなのか?」


「新顔はな。同じ日に鋭い槍(オーストレカピオ)の連中も村にやって来てたよ」


「あーもうそんな時期かぁ。これから冬まで大変になるから、お前さんらも助かるんじゃねぇの?」


「助かるよ。何しろ今はぎりぎりの人数で回してるからな」


「春に宿舎が焼けてなきゃなぁ。スカンピンになった連中が怒って抜けてったのが痛かったよな」


「まぁな」


「後は先月の襲撃か。最近の蛮族どもは調子こいてるからよ、ここらで一発かましてやってくれよ」


「わかってる」


 同情しているという態度で話すタラソヴナにマクシムが困った表情を見せた。


 その後、しばらく雑談をしてから別れることになる。


「ユウとトリスタンだったか。いつまでいるのか知らねぇが、まぁ頑張ってくれよ」


「ありがとう。冬になる頃まではここで働くつもりだよ」


「一番忙しい時期だな。ま、しっかりやってくれ」


 しゃべり終えたタラソヴナは自分のパーティメンバーとと共にその場を去った。それを見送るとユウたち4人も先へと進む。


 感覚的になるが、時間としてはそろそろ昼頃になろうかという頃だ。いつ食事にするかはマクシム次第である。


 次の指示があるまで4人は森の中を黙々と歩いた。

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