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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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初めての巡回活動

 巡回任務当日となった。二の刻の鐘と共に起き、その後に出発の支度を整えたユウとトリスタンは冒険者用宿舎の玄関辺りで待つ。日の出が近くなるとわずかに明るくなって周囲の様子がはっきりとしてきた。


 玄関辺りには巡回任務で森に出発する冒険者たちが何人か立っている。黙っていたり雑談していたりと様々だ。いずれも頭のてっぺんから足のつま先まで毛皮製品で身を固めている。


 2人も同じだった。いずれも毛皮製の帽子、手袋、ブーツで体を温め、全身を覆える外套で冷気を遮っている。冷え込みの厳しくなってきたこの時期だと非常に有用だ。


 後からやって来た冒険者と合流した待機組の冒険者が揃って出発してゆく。雑談相手だった別の巡回組の冒険者たちが手を振って見送っていた。


 出発していく熱い鎌(ガレチェカッサ)鋭い槍(オーストレカピオ)の面々をユウたちもたった今見送ったところだ。玄関辺りで待っている冒険者の数は残り少ない。


 そんなとき、2人は背後から声をかけられた。振り向くと今回同行するマクシムとオレークが近づいて来る。


「待たせたな。それじゃ行こうか」


「分断の川を渡ってずっと平原が続くんだっけ?」


「そうだ。村近くの川向こうは危険を察知できるよう切り開いてあるんだ。見通しがいいとそれだけ守りやすいからな」


「この時期だと風が厳しそうだよね」


「奇襲されるよりかはましだよ」


 挨拶代わりの会話を済ませたマクシムが進むとユウも歩き始めた。オレークとトリスタンもそれに続く。


 村の西門から外に出たユウたち4人はすぐ南側にある渡し場にたどり着いた。船頭と親しげに言葉を交わしたマクシムに勧められて他の3人は船に乗る。マクシムと船頭も乗り込んだところで舟は出発した。


 舟に揺られながらユウはオレークに話しかける。


「渡し賃が必要ないっていうのが良いよね」


「村の大切な仕事だからな」


 短く答えたオレークにユウは笑顔を向けた。


 対岸に着いた頃に朝日が東の地平線上から昇ってくる。日差しが眩しいが、西へと進むユウたちは太陽に背を向ける形になるので平気だ。


 そこから先はひたすら平原が続く。開墾すれば良い畑になるように見えるが危険すぎて手を出せない場所だ。そこを4人は黙々と歩く。昼時と小休止以外はひたすら南へと進んだ。


 その間、遮る物のない平原で4人は冷たい風に曝され続けた。かろうじて日差しが体を温めてくれるものの、毛皮製品でなければより一層冷え込みを強く感じたのは間違いない。


 ようやく南の地平線に蛮族の森が見えてきたのは夕方近くになってからだ。鐘単位の時間でいうと五の刻前辺りである。森の(へり)にたどり着いたときには空はすっかり朱く染まっていた。


 森の(へり)で一晩過ごしたユウたち4人はいよいよ蛮族の森に入る。先頭はマクシム、そのすぐ後ろにユウ、そしてトリスタンとオレークが続いた。


 森の様子を見たユウは故郷とは植生が違うことにすぐ気付く。木々の葉は青々としているがどれも細長く横幅が狭い。そして、見上げると所々で空が見えた。大きくなっても枝葉はあまり横には広がらないらしい。ただ、平原よりも薄暗いことに変わりはなかった。


 初めて見る森の景色を眺めていたユウはマクシムに声をかけられる。


「ユウ、蛮族の森はどうだ?」


「同じ森と言っても、僕の知っている森とは違うかな。僕の知識がどこまで通用するのか不安に思う」


「野営をしたときに教えたことを思い出してくれたらいい。平原に近いこの辺りならまだ余裕があるから、わからないことがあったらその都度聞いてくれ」


「わかった。トリスタン、森の中はどう?」


「平原よりも歩きにくいな。床が揺れる船とはまた違ったやりにくさを感じるよ」


「最初は足下に気を付けながら進んだら良いよ。そのうち慣れるだろうからね」


 うなずくトリスタンを見たユウは顔を前に向けた。足下に気を取られている相棒は今回の巡回では索敵の役には立たないと考える。それよりも、森の中を歩くことに慣れ、知識を身に付けてもらうことに集中した方が良い。かつての先輩のことを思い出した。


 自身が教えられつつも人に教える立場のユウは森の中を仲間と共に進んだ。特に目の前を歩くマクシムの姿はよく観察する。気になることがあればその都度質問した。


 逆に立ち止まったマクシムに声をかけられることがある。


「ユウ、これを見てくれ」


「これ? 乾いた糞、鹿の糞かな」


「これはわかるんだな。結構古いから、かつてこの辺りにいたというくらいしかわからないが」


「雄の鹿が突っ込んでくると面倒なんだよね」


「襲われたことがあるのか?」


「鹿、猿、猪、蛇、犬、狼、虎、熊、大抵の獣には追いかけ回されたことがあるよ」


「そんなにか。ユウのいた森は危険みたいだな」


「でも、蛮族はいなかったな」


「それは過ごしやすそうな森だ」


「一体どっちなの」


 主張がすぐに変わったマクシムにユウは笑いながら突っ込んだ。


 そうして1日が終わる。森に入って初日は特に何事もなかった。


 暗くなり始めてから野営の準備を始め、手早く焚き火を(おこ)す。岩陰や大木の陰を活用してできるだけ周囲に明かりが漏れないように気を配った。


 簡単な食事を終えると夜の見張り番を残して残りは眠るわけだが、この時間が結構長い。何しろ11月に近い今頃だと東端地方の夜は一晩鐘5回分程度にもなる。1人鐘1回分ずつ担当すると最初の見張り番は2回見張りをする羽目になってしまうが、それでも鐘3回分は眠れるのだ。


 初回の見張り番を担当することになったユウはたまに焚き火へと薪をくべながら周囲に気を配る。しっとりとした冷気が肌に染み込もうとするのを炎で()かしながらじっとしていた。今日のところはまだ獣も魔物も蛮族も見ていない。


「はぁ、寒いなぁっと」


 たまにつぶやきながらユウは周囲を見た。ぼんやりとしていると眠気が襲ってくるので何かしら体を動かして気を紛らわせる。


 それにしても、森に入って大半の時間を眠りに費やすとはとユウは思った。睡眠時間だけで見ると下手をすれば村にいるときよりも眠っている。もちろん熟睡できない問題はあるが、まるで眠るために森に入ってきたみたいに感じられた。


 鐘1回分の時間が過ぎて交代の時を迎える。


「トリスタン、起きて」


「んぁ、ユウか。見張りか?」


「そうだよ。今のところ何もなし。とても静かなものだよ」


「いいじゃないか。う、寒いな」


「外套を余分に持ってきて正解だったでしょ」


「まったくだ。これがなきゃ地面から上がってくる冷気が更にひどくなっていたんだよな」


「でも、今でこれだと真冬はどうなるんだろう」


「うわ、嫌なことに気付いたな。もう1枚毛布でも買っておくか?」


「これは後で検討しないとね。それじゃお休み」


 少しだけ雑談をしたユウは話を打ち切ると持ってきた外套に(くる)まり、更にその上から毛皮製品の外套で全身を覆って横になった。しばらくするとじんわりとした冷気を感じるようになる。しかし、眠れないほどではない。身を縮めてユウは目を閉じた。


 翌日、まだ真っ暗なうちにユウは起こされる。襲撃を受けたからではない。早朝の見張りのためだ。起こしたオレークはすぐ横になる。


 砂時計を逆さまにしたユウはまた焚き火を眺めたり周囲に目を向けたりして警戒を始める。襲撃される機会の多い時期なので気は抜けない。


 2回目の砂時計の砂が尽きかけるとユウは他の3人を起こす。周囲が明るくなると共に出発するためだ。ゆっくりと1人ずつ起き上がる。そして、冷えた体を温めるために焚き火へと近づいてきた。


 あくびをひとつしたマクシムにユウは話しかけられる。


「どうだった?」


「何もなかったよ。寒くて静かだっただけ」


「ということは、この近くに蛮族はいないってことだな。今日はぎりぎりまで森の奥まで行こう」


「明日の野営は危なそうだなぁ」


 今日の予定をぽつりぽつりユウとマクシムで話し始めた。砂時計の砂が尽きたのを視界の端で捉える。


 他の2人、トリスタンとオレークはそれぞれ乾し肉と黒パンを火で炙っていた。温めればそれだけ柔らかくなり更には旨くなるからだ。


 その様子を見ていたユウも自分の背嚢(はいのう)から黒パンを取り出して火で炙る。ある程度温めて囓ると柔らかくなっていたので噛みきるのが楽だった。次いで水袋を口に付ける。中身は冷たい。これを温められたら良いのになとぼんやり思う。


「これでまだ寒くなるんだからなぁ。たまらないぜ」


「オレもそう思う。だから冬は嫌いだ」


「俺も好きにはなれそうにないな」


 もそもそと自分の食事を口にしながらトリスタンとオレークがつぶやいた。2日前に比べると仲が良くなったように見える。


 気付けば周囲が薄らと見えるようになっていた。日の出が近いことに全員が気付く。出発のときは近づいてきていた。

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― 新着の感想 ―
> しっとりとした冷気が肌に染み込もうとするのを炎で溶とかしながらじっとしていた。 なんか良い表現ですね!
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