蛮族の森に入る準備
蛮族の森の巡回任務について説明と同行パーティとの打ち合わせを終えたユウとトリスタンは昼から自分たち自身の準備を始めた。警備隊からの知恵として可能な限り身軽である方が良いという指示があったため、貸与された背嚢などを使って道具を選別することにしたのだ。
昼食後、自室にこもった2人は自分たちの荷物を寝台に広げた。ここから順番に選り分けていく。
「船に乗ったときは荷物の大半を倉庫にしまっておけば良かったから楽だったんだよなぁ」
「今回は本当に考えて道具を選ばないといけないよね」
寝台に広がる自分の道具を見てため息をつく相棒を見てユウは苦笑いした。とりあえず、確実に不要な物をまとめてゆく。
「保証状や紹介状はいらないし、調理道具もいらないかな。筆記用具と羊皮紙も使わないだろうし、後は盗っ人の小手先と耳栓も」
「逆に絶対に必要なのは、砂時計、火口箱、各種薬なんかだな。そうだ、戦斧はどうする?」
「僕は持っていかないよ。蛮族相手なら槌矛で殴った方が良いってわかったから。あの蛮族の着ている毛皮、刃物を通しにくかったんだよね?」
「まぁな。それでも切れることは切れるが」
「これが槍だったらちょっと迷うところだったけどね」
「間合いの長さは魅力的だよな」
話をしながら自分の道具を選り分けるユウとトリスタンの姿は楽しそうだった。不要だと判断した道具は元の背嚢に戻し、必要な道具は貸与された背嚢に入れてゆく。大体の品物はすぐに判断が付いた。
しかし、中には迷うものもある。
「これはどうしようかな」
「外套じゃないか。毛皮製のやつがあるんだからいらないだろう」
「革のブーツなんかだと1足しか履けないから迷わず置いていけるんだけれども、外套は使い道があるように思えるんだ」
「寒さ対策以外にか?」
「その寒さ対策にだよ。僕たちはこれからとても寒い地方の冬を体験することになるでしょ? 果たして普通の防寒対策だけで寒さをしのげるのかなって思ってね」
「そう言われると不安になってくるな」
「特に雪が降るときは寒さがひどいって聞くから、これも持っていって使おうかなって考えているんだ。僕たちの買った毛皮製品ってあんまり質も良くなさそうだし」
今まで使った印象では、帽子も全身を覆える外套も手袋もブーツもそれなりの暖かさを提供してくれたとユウも感じていた。しかし、冬の本格的な寒さをまだ体験していないので若干の不安があったのだ。森の中で寒くて体が動かないという事態はなるべく避けたい。
結局、大して重くないということが決め手になってユウは持っていくことにした。それを見たトリスタンもならばと自分の外套を手にする。
2人で色々と相談をしながら持っていく道具を選別したユウとトリスタンは、森に持っていかない道具を詰めた背嚢を部屋の隅に置いた。そうして、持っていく方を背負う。
「おお、さすがに軽いな!」
「重い道具はほとんど部屋に置いていくことになったからね。これは動きやすいよ」
「次は食料をもらいに行こうぜ」
「それは夕飯のときで良いんじゃないかな。それより、村の中を散歩しない? 僕たちってまだ冒険者ギルドと警備隊の施設しか知らないし」
町から町に旅をするときに訪れる最低限の店すらまだ寄っていないことをユウは思いだした。今は使わないとしても宿屋や酒場の場所くらいは知っておきたい。
部屋を出たユウとトリスタンは建物のある村の中心の辺りをぐるりと巡った。村民の家が大半だが、北東部分には宿屋や酒場をはじめ、雑貨屋、薬屋、古着屋、屋台、露店の集まる市場がある。さすがに数えるほどしか店の数はないが、それでも一応揃っていた。
一通り回った後、トリスタンが微妙な顔をする。
「さすがにこの村の規模だとこんなものか」
「そんなにたくさんお店ばかりあっても立ちゆかないだろうしね」
「これからの発展に期待だな」
ユウの意見に同意したトリスタンがうなずいた。
それから2人は冒険者用宿舎に戻って空いた時間に鍛錬を始める。宿舎近くで体を動かしていると、最初は冷えていた体が次第に温まってきたのを気持ち良く感じた。
しかし、それも長くは続けられない。東端地方の日中は冬に近づくにつれて短くなってきているからだ。五の刻の鐘が鳴る頃にはもう空は朱くなっている。その後しばらくすると早々に日が沈んでしまうのだ。
こうなるともう鍛錬はできない。おとなしく宿舎内へと戻る。その際、2人は食堂へと立ち寄った。食堂の席には誰もいないのでそのまま厨房へ向かう。
「ニキータ、明日から巡回があるんで食料をもらいに来ました」
「ユウか。ついに仕事を始めるんだね。それで、何日分が必要なのかな?」
「6日分です」
「ちょっと待ってて。6日分ね。はい、干し肉、黒パン、それと薄いエール」
「黒パンももらえるんですか」
「そりゃそうさ。でなきゃ腹持ちが悪いだろう。結構かさばってしまうけど、毎食1個ずつ食べてしっかり巡回してくれよな」
差し出された食料を見てユウは驚いた。隊商の仕事で食事が提供されるのでもない限り、基本的には乾し肉ばかりだったので意外だったのだ。トリスタンと顔を見合わせて笑みを浮かべる。
支給された食料を両手で抱えたユウとトリスタンは部屋に戻って背嚢に詰め込んだ。その後、空いた時間にユウはトリスタンへと森の基本的なことを教えた。
六の刻の鐘が鳴ると2人は再び食堂へと向かう。数少ない楽しみである食事の時間だ。エール、黒パン、肉入り野菜スープと毎食代わり映えはしないが、量が多いのは好印象のひとつである。
食堂には既に多数の冒険者たちが集まっていた。2人が空いている席で座る場所を迷っていると声をかけられる。
「ユウ、トリスタン、こっちだ!」
「ザハール。ダヴィットとエウゲニーもいるんだ」
「一緒に食おうぜ!」
鋭い槍で最も騒がしいザハールが手招きをしていた。それにうなずいて答えたユウとトリスタンは自分の食事を手にして3人の元へ向かう。
「昨日以来だよね、ダヴィット。今日は何をしていたの?」
「明日からの巡回の準備だ。オレたちは熱い鎌の3人組と森の南西側に行くんだよ」
「熱い鎌って、リーダーがリヴォーヴナって人のパーティだよね」
「知ってるのか?」
「昨日、宿舎を案内してもらっていたときにここで会ったんだ」
席に着いたユウはダヴィットと話し始めた。トリスタンがザハールとエウゲニーの2人と話す脇で巡回について意見を交換する。とはいっても、ダヴィットは何度も蛮族の森で活動をしている経験者なので、ユウが教えられるばかりだが。
「僕たちは6日間森の中で活動する予定だけど、ダヴィットのところも同じなの?」
「そうだな。とりあえず久しぶりだから肩慣らしといったところだ。それで勘を取り戻したらパーティ単独で巡回することになる」
「だったら本部からは期待されているんだろうね」
「ユウたちも期待はされてるだろう。今は冒険者の数が多くないからな」
「ダヴィットの目から見ても冒険者の数は少ないように思えるの?」
「森に出向いてるパーティがどのくらいいるかまだはっきりと知らないから何とも言えないが、少なくとも多いとは言えないな。この宿舎だって空き部屋が割とあるだろう。去年までならこの宿舎の部屋が埋まる勢いくらいの冒険者がいたからな」
「まだ大部屋だったときの頃ですよね」
「あのときはうるさかったな。あと、たまに物がなくなったりもしてた」
「うわ、手癖の悪い人もいたんですか」
「人が集まればそういうヤツも混じるもんだ。だから、大体知り合いばっかりで大部屋のひとつを占めるんだよ。確か新顔ばっかりの大部屋は大変だと聞いてたな」
前の宿舎の事情を聞いたユウは顔を引きつらせた。貴重品があるユウとしては個室があって本当に良かったと内心で胸をなで下ろす。
その後もユウはダヴィットと巡回関係の話を続けた。すると、ふと思い出したかのようにダヴィットが忠告してくる。
「これは知ってると思うが、この地方の日中の時間はこれから急速に短くなっていく。12月頃には鐘2回分くらいしか日が出ないんだ」
「それは知っています」
「つまり、森の中だと更に明るい時間は少ないということだ。夜に歩き回れる方法がない限り、1日に動ける時間はあまりないと思っておいた方がいいぞ」
森で活動した経験のあるユウは森の中が開けた場所よりも日照時間は短いこと自体はしっていた。しかし、さすがに鐘2回分未満しかないと伝えられると緊張感が増す。
どうしたものかと考え始めたところでユウはザハールに声をかけられた。そこからは普通の雑談に混ざる。
気になる問題を一旦棚上げにしたユウは知り合いと楽しくしゃべりながら食事を続けた。




