村の警備隊関係者
過去に何度か警備隊の仕事をしたことがあるダヴィットは隊長のイグナートと雑談を続けていた。最初こそ仕事の話であったが、次第にお互いの近況へと移ってゆく。そうするとザハールも会話に加わった。
余裕のない警備隊の状況にユウとトリスタンは渋い顔になったが、鋭い槍と警備隊隊長の話を聞き続ける。何か重要な話があるかもしれないからだ。
状況が変わったのは打合せ室に1人の若者が入ってきたときだった。息を切らせながらイグナートの近くまで走り、直立する。
「キリル、ただいま到着しました!」
「遅いぞ。早めに来いと言っただろう」
「申し訳ありません!」
「まぁいい。ユウ、トリスタン、お前たちは今回が初めてだから施設の案内役を付ける。警備隊の隊員キリルだ。キリル、この2人を案内するように」
「了解しました」
まだ呼吸を整えきれていないキリルを見たユウとトリスタンは目を白黒させた。何とも慌ただしそうな青年である。
どうにか精神的に立ち直ると2人は椅子から立ち上がった。そして、改めてお互いに自己紹介をする。
挨拶が終わるとキリルに先導されて2人は部屋を出た。ダヴィットたちはついて来ない。
廊下を歩きながらキリルが振り向く。
「それじゃ最初に警備室に行こう。イグナート隊長や事務員が働いてる部屋なんだ」
「イグナート隊長は個室じゃないのか?」
「違うんだ、トリスタン。この建物はあんまり大きくないからね」
案内された部屋は手前にカウンターがあり、奥に隊長用の大きめの机があった。そして、その間に6人分の椅子と机が2列に並んでいる。
「隊長に呼ばれたときはここに来たらいいし、森の巡回が終わった後の報告もここでするんだ。普段は事務員とやり取りすることになるはずだよ」
「つまり、本部でもよくお世話になるところってわけだ」
案内してくれるキリルに対してトリスタンが混ぜ返した。その間にもユウ共々室内を眺める。部屋自体にこれといった特徴はなかった。
しばらくして警備室から出ると、キリルが次の場所へと案内する。打合せ室を通り過ぎて本部の建物の出入口に近い場所だ。立ち止まるとユウたち2人に振り返る。
「次はここ、物品室。オレたち隊員やあんたら冒険者に必要な道具を支給したり、蛮族から回収した戦利品を買い取ってくれる部屋だよ」
「買い取りもしているのか。村の買取屋じゃないんだな」
「大きな戦いの後に大量の戦利品を買い取れるほど村の買取屋は大きくないんだ。だから、警備隊が一括して買い取ることにしているんだよ」
「買い取ってもらえないとこっちも困るもんな」
質問したトリスタンが大きくうなずいた。村には一通りの店が一応は揃っているが個々の店はどこも大きくない。なので、こういう対応をしてくれるのは助かった。
そこまで聞いたユウは大切なことを思い出す。
「キリル、この村に来るまで隊商の護衛をしていたんだけれど、そのときに蛮族の襲撃を撃退して戦利品を手に入れたんだ。ここで引き取ってもらえるかな?」
「蛮族からの戦利品だったら大丈夫だよ。取引価格は買取屋と変わらないしね。それと、ここで巡回するための道具を借りておいて」
「借りる? 巡回に必要な最低限の道具と食料は支給じゃないの?」
「道具は貸与なんだ。ここだと背嚢、麻袋、麻の紐、使い捨て松明かな」
「食料は別の場所なんだ」
「それは宿舎の方だから、後で紹介するよ」
説明されたユウとトリスタンは早速持っていた戦利品をカウンターの上に置いた。それを事務員が手早く状態を見極めて値段を付けてゆく。大体予想通りの金額が手渡された。
次いで事務員から背嚢を手渡される。中を開けてみると、キリルの言う通りの物が入っていた。ひとつずつ確認してみたが品質はどれも悪そうだ。また、貸与品扱いなので除隊するときに残っている物は返却する必要があるとのことだった。
やるべきことを済ませると3人は本部の建物から外に出る。空の色がかなり朱い。
「次は冒険者用の宿舎を案内するよ。こっちの新しい建物だよ」
「あっちの古いのは?」
「そっちは隊員用。つまり、僕たちや傭兵の宿舎さ。蛮族に焼き討ちされるまで立て替えはお預けなのさ」
何気ないトリスタンの疑問にキリルが肩をすくませた。
冒険者用宿舎は木造で壁も床も天井も真新しい。まだ使い込まれていない材木や石材が汚れていないので明るく見える。
そんな室内の廊下をキリルは奥の方まで歩いて行った。そして、ある部屋の前で立ち止まってユウに振り返る。
「ここが古鉄槌に与えられた部屋だよ。何と4人部屋!」
「おお、2人部屋じゃないんだね」
「4人部屋と6人部屋しかないからさ。最近は入隊する冒険者の数が少ないから、2人で使ってもいいって隊長が許可したんだ」
「少ないんだ」
「そうなんだ。でも、これから冬になるから増えるはずだよ。食えなくなるヤツは必ずでてくるだろうから」
気になることをキリルから耳にしながらもユウとトリスタンは4人部屋に入った。寝台があるだけの本当の意味で寝るだけの部屋である。あるいは、荷物置き場に寝台を入れたと表現した方が良いかもしれない。室内は狭かった。
特に多くは期待していなかったのでユウとしては何も言うことはない。大部屋のつもりが個室を与えてもらえたのでむしろ条件が良くなったくらいである。
「次は食堂に案内するけど、その前に荷物を部屋に置いていったらいいよ。それと、これは部屋の鍵。なくしちゃダメだよ。あと、巡回に出るときは本部の警備室に預けて」
キリルに指示された通りユウとトリスタンは荷物を部屋に置いた。鍵を閉めると歩き始めたキリルの後に続く。
宿舎の出入口に近い場所に食堂はあった。中はそれほど広くなく、仮に宿舎いっぱいに冒険者が滞在した場合、全員が一同に食事はできない。つまり、常に巡回などで一定数以上の冒険者が不在であることを前提にした造りである。
その室内には長方形のテーブルと丸椅子がいくつも並んでいた。そこには1人ぽつんと座って木製のジョッキを傾けている精悍な顔をした男がいる。
「あれ、リヴォーヴナじゃないか。今1人? 他の2人は?」
「明日の巡回の準備中だ。市場に出かけてる。オレはもう全部済んだからここにいるんだ。で、お前は何をしてるんだ?」
「新しいあんたらのお仲間を案内してるところだよ。古鉄槌のユウとトリスタンだ」
「初めまして。リーダーのユウだよ」
「パーティメンバーのトリスタンだ。よろしく」
「おお、さっき鋭い槍の連中が言ってた2人組か! オレは熱い鎌のリーダーをやってるリヴォーヴナだ。ここじゃ古参の方なんだ。わからないことがあったら何でも聞いてくれ」
「ありがとう」
好意的に迎え入れられたユウとトリスタンは笑顔で返事をした。こういう対応をされると嬉しくなる。
ひとしきり言葉を交わすとキリルが食堂の奥へと案内をした。厨房では1人の男が作業をしている。
「ニキータ! 新しい冒険者を連れてきたよ!」
「リヴォーヴナが言っていた連中だろ、聞こえたよ。僕はニキータ、ここの食堂で調理を担当しているんだ」
「ユウです。こっちは相棒のトリスタンです。これからお世話になります」
「ただ、僕は専属の料理人ってわけじゃないから、いつもここにはいないけれどね」
「そうなんですか」
「ああ、普段は村の酒場で働いてるんだ。それで、朝晩の2回こっちに来てるんだよ。昼は別の人が担当してるから、次に会ったら挨拶しておくといい」
「そうします」
「食事は1日3回、二の刻、四の刻、六の刻に出すことになってるからあんまり遅れないようにね。内容は、エール、黒パン、肉入り野菜スープだよ。それと、巡回に必要な食料はここで手渡すことになってるから、いるときに言ってね。渡す物は、干し肉、黒パン、薄いエールだよ。1日当たりの数と量は決まってるからね」
「わかりました」
必要なことを伝えたニキータは、お腹を空かせた冒険者たちを待たせないようにするためだと笑ってその場を離れた。
食堂から出たキリルは案内をしたユウとトリスタンに向き直る。
「とりあえずはこんなところかな。わからないことがあったら、その都度周りの人に聞けばいいよ」
「ありがとう。どうにかやっていけそうだよ」
「そりゃ良かった。ああそれと、忘れてた。明日の朝、三の刻に警備隊本部の打合せ室に行って。明後日から巡回をしてもらうことになってるからその話があるんだ。それと、当日同行するパーティとの顔合わせもあるよ」
「わかったよ三の刻だね」
明日の予定を聞いたユウはトリスタンと共にうなずいた。周りの雰囲気は良さそうなので何とかなるのではと思う。
案内をしてもらった2人はキリルと別れるとあてがわれた部屋に向かった。




