海賊襲撃の裏で
『黄金の梟』号が航海を始めて2週間が過ぎた。予定ではあと4日でビウィーンの町に到着する。船員の誰もが寄港を楽しみにしていた。
それはユウとトリスタンも同じだ。船上での仕事に慣れたとはいえ、やはり揺れない地面は恋しいのである。
「ユウ、港に着いたら、やっぱりお前は水浴びをするのか?」
「どうしようかなって迷っているんだ。カウンの町の側にも川は流れているそうだから、そっちでも良いかなって」
「何ヵ月も水浴びできなかったときに比べると、1ヵ月半なんて大したことないもんな!」
「なんか引っかかる言い方だなぁ」
日々の作業を繰り返しつつもユウとトリスタンは港町に着いたときのことに思いを馳せていた。しかし、それは少し気が早すぎたようだ。
ある日の昼下がり、ユウたち冒険者4人がいつものように倉庫で指示された作業をしていると、突然扉を開けて船員が入ってきた。ユウと仲の良い赤っ鼻の船員である。
「おい、海賊が来るぞ! 武器を持って甲板に上がれ!」
凶報に驚きつつもユウとトリスタンは戦斧を荷物から取り出して甲板に駆け上がった。防具は身につけていないので身は軽い。すぐに外へと出られた。
既に船のあちこちでは船員が慌ただしく動き回っている。2人はその雰囲気に当てられて気を高ぶらせた。そんなユウたちに船長のヴィンセンテが声をかける。
「海賊船は東から突っ込んでくる。右舷に行け!」
「はい!」
弓を持った他の船員が顔を向ける方へとユウとトリスタンも目を向けた。少し探した後、波に揺られながらまっすぐ向かって来る船を見つける。それが次第に近づいて来た。
以前戦った記憶を思い返したユウはトリスタンと共に船尾側の舷の裏側に身を潜める。最初は矢の応酬から始まるからだ。
2人がじっと待っていると、もう目の前までやって来た海賊船から矢が放たれてきた。その後に強い衝撃と共に海賊船の船首が『黄金の梟』号の側面にぶつかる。そして、海賊たちが次々と乗り込んできた。
戦斧を手にユウは降りてきたばかりの海賊の1人突っ込んだ。手練れの海賊はごく一部しかいないことを知っているので積極的に攻める。体制を整えた相手の武器をはじくと返す手で戦斧を顔に叩き込んで倒した。
幸先良く敵を倒せたユウはトリスタンと共に海賊を1人ずつ相手にしてゆく。数はともかく質は予想通りなので目の前に現れた海賊は片っ端から殺していった。
戦いの趨勢は、当初押されていた『黄金の梟』号の船員たちが次第に勢いを盛り返す。しばらく一進一退の攻防を続けた後、船員たちが海賊を圧倒し始めた。
こうなると海賊たちの士気は地に落ちる。不利を悟った者たちから順次自分たちの船へと戻ってゆき、ついには海賊船が離れてゆこうと動き出した。最後にまた矢、今度は火矢も混じえての応酬となる。やがてそれも終わり、海賊船は引き上げていった。
甲板上に死体と怪我人が溢れる中、ユウは近くにあった海賊の死体の服で戦斧の血糊を拭く。後で手入れをする必要はあるが、とりあえずはこれで良い。
「トリスタン、怪我はない?」
「大丈夫、無傷だ。それより、これは後片付けが大変だなぁ」
「僕たちが死体の片付けなんかをしないといけないからね。気が滅入ってきちゃった」
「戦果を確認して気を晴らそうぜ。臨時収入がどのくらいあるか楽しみだ」
「ユウ、トリスタン、ちょっといいか?」
気の抜けた会話をしていたユウとトリスタンは声をかけてきた船長のヴィンセンテに顔を向けた。訝しげな表情を向けてくる雇い主に2人も怪訝な表情を返す。
「船長、どうしたんですか?」
「血染めの丘の2人を見かけなかったか?」
「え? 確か倉庫から一緒に出て、ってあれ? トリスタンはどこかで見かけた?」
「いや、そういえば戦う前から見ていないな。今も甲板にはいなさそうだが」
「そうなんだ。オレも戦闘が始まる前からあいつらの姿をみていない」
「ということは、まだ船内にいるのかな?」
「何をやっているんだ、あいつら」
「チッ、こういうときのために雇ったというのに!」
腹立たしげに舌打ちしたヴィンセンテを見ながらユウは首を傾げた。海賊との戦いは本業に最も近い仕事である。船の仕事は何かと手を抜いていたカーティスとグレンだったが、特別報酬の出るこの戦闘に参加しないというのは考えにくかった。
有用な情報を得られないとわかったヴィンセンテがユウたちから離れようとしたとき、船内から出てきた船員が血相を変えて船長へと駆け寄ってくる。
「船長! 血染めの丘の2人が行商人を襲って返り討ちに遭いました! 3人とも生きていますが襲ったカーティスとグレンは怪我をしています」
「なんだと?」
船長と共にユウとトリスタンは予想外の報告を耳にした。何がどうなっているのかさっぱりわからない。半ば呆然としているとヴィンセンテが船員と共に船内へと姿を消す。
2人だけになったユウとトリスタンは顔を見合わせた。ダンカンと血染めの丘の関係が見えない。
いくら考えてもわからないユウたちはそのまま佇んでいた。
船長が雇った冒険者が乗客である行商人を襲って返り討ち遭ったという話は『黄金の梟』号の船員にすぐ広まった。この件は船乗りたちに衝撃をもたらす。
関係者に対する事情聴取が行われた結果、とりあえず犯行前後の事実だけは判明した。
事件が発生する直前はちょうど海賊に襲われようとしていたときだ。船上を船員が駆け回る中、赤っ鼻の船員が海賊の襲撃を知らせに倉庫へと向かう。このとき、倉庫にはユウとトリスタン、カーティスとグレンの冒険者4人が揃っていた。問題はその後で、ユウとトリスタンが甲板に上がった後、カーティスとグレンは何らかの理由でダンカンと戦って負傷させられたのだ。
結果は明白なので動かしようはない。しかし、その結果に至るまでの過程について、ダンカンと血染めの丘の主張はまったく正反対だ。ダンカンによると、カーティスとグレンが個室の中に押し入って襲われたので身を守るために戦ったのだという。一方、カーティスとグレンは背後からダンカンに襲われたと主張しているらしい。
夕食を食べながら赤っ鼻の船員にこの話を聞いたユウは首を傾げた。口の中の塩辛い肉を飲み込むと疑問点を口にする。
「どっちの主張が正しいにしろ、行商人が冒険者に勝てるのかっていう疑問が残りますよね」
「そうなんだよ! ユウ、あの血染めの丘の2人はそんなに弱いと思うか?」
「どうかなぁ。そこまで弱そうには見えないですけれど」
「仮にそこまで弱いとなると、冒険者なんて務まるとは思えないな」
首をひねる赤っ鼻の船員とユウに対してトリスタンが口を挟んだ。暴力を生業にしている冒険者が行商人に負けること自体が不思議である。
ただ、ユウはダンカンに関しては気になることがあった。スチュアの町にたどり着く前に盗賊と戦ったときのことを思い出す。
「もしかしたら、行商人の方が僕たちが思っているよりも強いのかもしれないですね」
「そんなことがあるのか?」
「何事にも例外はあるでしょう。ダンカンがその例外かもしれないですし」
「まぁ、そう言われるとなぁ」
あまり納得していないという様子の赤っ鼻の船員がユウに曖昧な返事をした。どうにも腕っ節の強い行商人を想像しにくいらしい。
そんな2人に対してトリスタンが尋ねる。
「どっちが強いのかはともかく、結局どっちの言い分が正しいんだ?」
「船長は行商人の言い分が正しいと考えているみたいだな。そもそも腕っ節では冒険者に敵わねぇ行商人が1人で2人の冒険者を襲うなんて考えられねぇし、たぶん冒険者の方が金目の物を狙って行商人のいる個室に押し入ったんじゃねぇかって思っているんだと」
「それで返り討ちに遭ったってわけか。話の筋は通るな」
「だろ? あの2人、よっぽど焦ってたんだろうよ。行商人に負けるなんてな!」
赤っ鼻の船員は面白そうに大笑いした。
それを見ていたユウはぽつりと漏らす。
「そういえば、前にカーティスからお金を稼ぎたくてこの船に乗ったって聞いたかな」
「その話はオレも知ってるぞ! そのくせろくに働きやがらねぇんだからふざけてるよな」
「となると、これからの尋問はカーティスとグレンに集中するわけですか」
「たぶんな。もうすぐ港に着くからその間にどれだけ聞き出せるかだ。船長が無茶しなけりゃいいんだけどなぁ」
「なんだか怖いですね」
「ああ。船の中での尋問なんてされるもんじゃねぇ。まったく、つまらんことをしてくれたもんだよ」
あれだけ面白そうに笑っていた赤っ鼻の船員は最後になるとつまらなさそうにビスケットを囓った。
ユウとしても気になる話ではあるが今のところどうしようもない。黙って経過を見守るだけだった。




