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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第19章 東の果てへ

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行商人の身のこなし

 遙かな川に併走する悠久の街道をユウたち3人は歩いていた。加わった徒歩の集団の先頭だ。この手の集団の場合、通常は体力のある者が先に進み、体力のない者ほど後方へと遅れてゆくので順当な場所にいる。


 それでも炎天下での徒歩の旅は相応にきつい。川からたまに涼風が吹くので一時(いっとき)だけ暑さを忘れさせてくれるが、本当に慰め程度でしかなかった。


 前を進む荷馬車の集団を見ながらユウたちはボナの町から3日間歩き続けている。川と街道は北東から東へと向きを変えつつあり、川の向こうには屈折の山脈という火山帯の麓が見えていた。


 川に沿って進んでからの旅は順調で、今のところは特に問題もない。


 この間、ユウは毎日昼頃に川へと入っていた。入りすぎると体が冷えてしまうが、短時間であれば汗も流せるので当人は非常に気に入る。トリスタンとダンカンも1度だけユウに付き合った。


 しかし、旅路も後半になると街道の南側に切れ端の丘陵がその姿を現すとそんな余裕もなくなる。盗賊の根城として有名な丘陵に近いので襲われる可能性が高くなるからだ。巡回する兵士は確かにいるが、それでも襲われる荷馬車や人々は現にいるのでここから先は油断できない。


 丘陵が見えるようになってからのユウとトリスタンはそちらへと顔を向けることが多くなった。この辺りだと地形的に襲撃できる方向は限られてくるからだ。


 一旦丘陵から目を離したトリスタンがユウに声をかける。


「今のところは何もなしだな」


「そうだね。いきなり襲ってくる可能性もあるけど、ここはどうなんだろう。ダンカン、何か知っていますか?」


「まちまちですね。馬に乗った盗賊ですと足が速いのでいきなり襲ってくることもあるそうですよ」


「移動手段の違いで変わってくるわけですか。うーん、厄介ですね」


 盗賊の物見を発見した場合は事前に対策できるが、馬に乗っていきなり襲われると逃げ切れないので戦うしかない。それにしても、毎日どんな方法で襲ってくるのかわからないとなると準備のしようがないので困った。


 難しい顔をしたユウが独りごちる。


「毎日集団から離れるわけにもいかないしなぁ」


「しかも、俺たちだけ襲われたら完全にお手上げだしな」


「切れ端の丘陵の反対側は川だから逃げられないっていうのも困るよね」


「せいぜい襲われないことを祈るしかないか」


 面白くなさそうにトリスタンがつぶやいた。盗賊はできるだけやり過ごすというのがユウとトリスタンの基本方針なので、その方法が封じられると厳しい。


 それでもスチュアの町に向かうにはこのまま街道を進むしかなかった。




 この日も太陽がかなり傾いてきた頃に荷馬車が川岸側の原っぱに移ろうとしていた。1台、また1台と街道から離れてゆく。


 それを見たユウは今日も1日が終わりだと感じた。自分も原っぱに踏み入ろうとするが、その前に切れ端の丘陵へ何気なく顔を向ける。すると、丘陵の上の方で何かが動くのが見えた。立ち止まって目を凝らす。


「どうしたんだ、ユウ?」


「たぶん盗賊の物見を見つけた」


「何だって? うわ、本当にいやがったぞ」


 自分の気付いた方へと指を差してユウは相棒に相手の居場所を教えた。それからすぐにトリスタンが顔をしかめるのを目にする。


 2人の様子に気付いたダンカンも丘陵へと目を向けた。少し顔を歪めるとユウに顔を向ける。


「ユウ、どうするんですか?」


「いつも通り離れた場所で隠れるしかないです。今回は川岸の土手に隠れましょう。あそこだと地面より低いですから、寝そべると僕たちの姿は街道から見えなくなります」


「歩きの連中が河原に逃げたら見つかるんじゃないか?」


「そのときはもう仕方がないよ。戦うしかない」


 問題点を指摘してきたトリスタンにユウは首を横に振った。対策はできるだけ行うべきだが完璧にできることなどない。なので、どこかで割り切る必要があった。


 今晩の方針が決まると、ユウたち3人は夕食の準備に取りかかった。川沿いに歩くようになってからは川の水を使って料理するようになっている。また、手持ちの水袋の中身をすべて使い切ったダンカンは沸かした湯を冷まして水袋に入れていた。


 夕食が終わると後片付けを済まし、3人は河原に出てから川沿いに東へと向かって歩く。荷馬車の集団を通り過ぎ、そこから更に進む。ある程度離れると土手に荷物を置いて自分たちも寝そべった。


 夜の見張り番はいつも通り1人ずつ立てる。最初はユウ、次はトリスタン、そして最後がダンカンだ。


 ほぼ満月が照らす地上は割と明るい。見張りで周囲を見る者は割と遠くまで見通せる。


 鐘1回分の見張りが終わると、ユウはトリスタンを起こして土手に寝そべった。背嚢(はいのう)から取り出した外套を腹の辺りにだけ被せて眠る。後は朝まで眠るだけのはずだった。


 体を揺すられて目が覚めたユウはまだ空が暗いままであることにすぐ気付いた。自分を起こしたトリスタンに顔を向けると口を開く。


「何かあった?」


「盗賊が徒歩の集団を襲ったんだが、一部がまっすぐこっちにやって来る」


 体を起こしてユウがはるか先の徒歩の集団へと目を向けた。確かに大騒ぎになっている。それに対して荷馬車の集団は何ともなかった。どうやら徒歩の集団を専門に襲う盗賊らしい。また、馬に乗った者は見当たらなかった。


 次に河原へと目を向けたユウは5人の盗賊がこちらへと向かってきている。こうなるともう隠れようがなかった。


 立ち上がったユウはトリスタンに起こされたダンカンにもまとめて指示を出す。


「僕とトリスタンで2人ずつ相手をするよ。ダンカン、1人は何とか相手をしてください。最悪、逃げ回っても良いですから」


「わかりました」


「よし、行くか!」


 短剣(ショートソード)を手にしたトリスタンと共にユウは前に出た。歩きながら槌矛(メイス)の握りを確認する。


 お互いの距離が近くなると相手の様子がはっきりとしてきた。5人の盗賊たちは顔に残忍な笑みを浮かべている。防具は傷んでいるように見え、武器も似たようなものだと推測できた。また、丸い石が一面に転がっている河原は若干歩きにくそうだ。


 意表を突くような手段を持っていなければ大した相手ではないとユウは判断する。そうして手近の盗賊2人を迎え撃った。


 盗賊2人が突っ込んでくるとユウは急に素早く動く。相手もユウに合わせようとするが河原の丸い石に足を取られて動きが鈍い。横へと回り込んだユウは短時間ながら1対1の状況に持ち込むと相手の1人との距離を一気に詰める。


「テメェ!?」


 意外そうな表情を浮かべた盗賊1人が振るってきた剣をはじき、ユウはその脳天に槌矛(メイス)を手加減なく振り下ろした。命中した次の瞬間、殴られた頭部の形が変形し、血を流しながら相手が倒れてゆく。


 次いで、ユウは仲間が邪魔になって動けなかったもう1人の盗賊と向かい合った。こちらは仲間がやられて怒り心頭の様子だ。それでも、特に恐ろしい相手というわけではない。何度か打ち合った後、1人目と同じように頭部を叩き割って勝負を付けた。


 自分の相手を片付けたユウは周囲を見る。トリスタンは2人目との勝負を終えようとしていた。そして、自分たちの荷物が置いてある場所近くではダンカンが盗賊の1人と戦っている。


 すぐに助けに向かおうとしたユウだったがダンカンの戦いぶりを見て足を止めた。一見すると不格好に見える戦い方である。


「あれ? でも結構、戦えている?」


 盗賊と戦うダンカンを見ていてユウは違和感を抱いた。剣捌きなどは下手に見えるのだが、それでいてすぐにやられてしまうようには思えないのだ。


 しばらくその戦う様子を見ていたユウは違和感の正体に気付いた。足捌きは上手なのだ。丸い石が一面に広がる不安定な河原で平らな地面で戦っているかのように下半身が安定している。それが上半身の下手な動きと矛盾しているように思えたのだ。


 やがて、ダンカンは偶然にも見える一撃で相手の盗賊を傷つけてその動きを止め、最後にとどめの一撃を加えた。盗賊の技量が低いとはいえ、行商人が単独で盗賊を倒すのは珍しい。


 トリスタンの方も戦いが終わったことを知ったユウはダンカンに駆け寄る。


「怪我はありませんか?」


「大丈夫です。手強い敵でした」


「まさかダンカンが1人で相手にできるとは思わなかったですよ。今までもこうやって倒していたんですか?」


「まさか。ほとんど逃げ回っていましたよ。今回はユウとトリスタンがいるから何とかなるだろうと思って頑張ったんです」


 照れ笑いするダンカンに対してユウは微妙な笑顔を向けた。別に独力で生き抜けるのであればそれに越したことはない。行商人が盗賊に勝ってはいけないなどという決まりはないのだ。


 ただ、それでもどこか変だという気持ちをユウは拭いきれなかった。

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― 新着の感想 ―
 まさかまた追い剥ぎの類じゃないだろうな?
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