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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第2章 迷走期間
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知り合いが働く店

 夏になった。暦の上でも7月に入り、降臨祭が始まる。暑さに辟易としていた人々もこの日ばかりは元気だ。


 それはユウたちも同様で、誰もがこの祭を楽しみにしていた。ニックとアルフは酒場へと繰り出し、ビリーとマークは市場へ足を運び、パットは催し物を見に行き、ケントは留守番である。尚、今年のチャドとエラはかき入れ時の店を朝から手伝いに行った。


 去年あれだけ騒がしかったダニーだが今年は随分とおとなしい。友人に会いに行くと仲間に告げるとそのまま出ていく。


 この日は休息日で勉強会を開いているビリーとマークも朝から出かけているので、ユウも丸1日自由だ。去年同様やることは特になかったが、とりあえず外に出る。


「うーん、どこに行こうかなぁ」


 夏特有の晴天の下、ユウは目を少し細めながら貧民街を歩いた。ぼんやりと歩いた先で貧者の道にぶつかり、その先の原っぱで様々な催し物が開かれている。


 去年は気になった催し物を1つずつ見て回ったが、今年は貧者の道から遠巻きに眺めるだけだ。以前ダニーが興奮していた火吹き大道芸が目の端にちらりと見える。


 ふらふらと西に向かって歩いていると西端の街道が見えてきた。今日は特に町への出入りが激しい。


 それ以上は見世物もないのでユウは引き返す。途中、市場が目に入ったところでチャドのことを思い出した。他に行くところもないので出向いてみる。


 市場の西側は人でごった返していた。東側は空いていることを今更思い出して眉をひそめる。スリに気を付けないといけない。


「あそこ? あーいたいた」


 大きな鍋の中身を木の皿に入れて木の匙ごと客に渡しているチャドの姿をユウは捉えた。背の高さが足りない分は台座に乗って補っている。


「チャド、まだ朝なのになかなか繁盛しているじゃないか」


「あ、ユウ。うん、たくさんお客が来る」


 ちょうど客足が途切れたところでチャドが返事をした。調子が良いのか家では見せない笑顔を浮かべている。


「へぇ、これがニックとビリーが言ってたスープか。確かにいい匂いがするね」


「とてもおいしい」


「そうじゃ、旨いぞ!」


 チャドの奥に停車していた水瓶を乗せた荷台からユウへと声をかけられた。荷台から降りてきたのは、頭がつるっぱげであごひげがやたらと長い老人である。


「スコットさん、食器はもう洗えた?」


「もちろんじゃ。この道何十年だと思っておる。ところで、そっちの坊主は知り合いか?」


「同じ家に住んでる仲間のユウです」


「確か、文字と算術ができる奴じゃな。ふむ、大したもんじゃのぅ」


 遠慮なしに眺められたユウは若干居心地悪そうに身じろぎした。しかし、興味があるのはユウも同じである。スープへと目を向けた。


 それに気付いたスコットが尋ねる。


「お、食いたいか?」


「はい。もらえますか」


「チャド!」


 鍋をかき回していたチャドが木の皿を手に取ると、おたまにかき入れたスープと具を入れた。そこに木の匙を差し込んでユウに差し出してくる。


「熱いから気を付けて。それと、お皿とお匙は終わったらこの籠の中に入れて」


「ありがとう。ところでスコットさん、僕の仲間も気になっていたんですけど、このスープって何を入れているんですか?」


「入れられるモンは何でも入れとるぞ。もちろん食えるもんだけをな! 具体的に何を入れとるかは秘密じゃぞ。ここが肝じゃからな」


 鉄貨を支払って受け取った木の皿へとユウは目を移した。木の匙でかき混ぜるとスープと粥の中間のような感触がする。見た目もそうだ。スープというにはどろりとしており、粥というにはあっさりとしているように見える。


 かき混ぜるだけでは先に進まないので、ユウは思い切って食べることにした。匂いはいいのでそれを信じて。


 一匙口に含むと微妙な感触が舌の上に広がった。中途半端ではないが絶妙というわけでもないという本当の意味での微妙な舌触りだ。逆に意図してこの感触にするのは難しいのではと思える。


 舌触りはどれが何の材料なのかよくわからない状態だが、味は確かに良かった。評判になるのもうなずける。ただ、総合的には不思議な食べ物というのが正直な感想だ。


 たまに食べるくらいなら構わないかな、というのがユウの最終的な評価だった。




 もし昼もみんな外出するようなら、ユウはケントの代わりに留守番をするつもりだった。だが、パットとマークは昼から外出しないということだったので、ユウは再び外を歩き回ることにする。


 ということでいざ外に出たユウだったが、朝と同じように目的があるわけではない。照りつける日差しで汗を流しながら貧民街をさまよう。


 朝とは反対側へと行きたくなったユウは北上した。そのうち安酒場街へとたどり着く。


 辺りには昼間っから飲んでいる男たちであふれ返っていた。普段の昼間とは真逆の光景にユウは違和感が先立つ。


 昼間から飲めることが嬉しいのだろうか、男たちは楽しそうに騒いでいた。その様子を見ているとユウは自分も試したくなってくる。


「さすがに喉が渇いてきたな。そうだ、どうせなら」


 近くまで来ていたことを思い出したユウは辺りを見回しながら歩いた。すると、隣接する建物と同じで傷んだところの多い店舗が見えてくる。泥酔亭だ。


 中を覗くとテーブルはほぼいっぱいだった。普段ここで作業していたときはほとんど空席だっただけにユウは目を見開く。


「いらっしゃーい! ってユウじゃない。どうしたのよ?」


 声をかけてきたのはエラだった。空の木製のジョッキと皿をいくつも手にして寄ってくる。いつもより元気そうに見えた。


 幼い少女に何となく気圧されたユウは遠慮がちに返答する。


「暑いから喉が渇いちゃって、何かのもうかなって」


「ふーん。でも、家に帰ったら極薄のエールがあるじゃないの」


「周りのみんながあんまり楽しそうにしているから、どんなものかって気になったんだ」


「ほほぉ、お祭りの熱に当てられたのね! いいんじゃない? こっちに来なさいよ」


 言い終わるとエラはすぐに踵を返して店の奥へと歩いて行った。その姿はすっかり店に馴染んでいる。


 自分よりも幼い少女の後に続いたユウはカウンター席の隅に案内された。エラがカウンターの奥に入る間に椅子に座ると、今度はタビサがカウンター越しに顔を出してくる。


「あら久しぶりじゃないか。なに、今日はお客ってわけかい?」


「ええ、暑くて喉が渇いちゃったんです」


「そりゃしょうがいないわね。じゃ、牛の乳でも飲むかい?」


「薄いエールがほしいです。いつも分けてもらっているやつで」


「なるほど、あいよ。鉄貨5枚」


 タビサが目の前に置いたジョッキを見たユウは小首をかしげた。いつも労働の対価として分けてくれる薄いエールのと比べて、1杯あたりの価格が高く感じたのだ。


 そんなユウの様子を見てタビサはにやりと笑う。


「小分けにするとこのくらいの値段になるのさ。それと、あんたらのところは働いてくれてるから多少融通してるってのもあるけどね」


「ああなるほど。そういうことですか。どうりで」


「勉強になったかい。ま、ゆっくり楽しんでいっておくれ」


「店長、ビール3杯と串焼き肉10本!」


「あいよ! じゃぁね」


 近くを通りかかったタビサの娘サリーがホールから声をかけてきた。それに合わせてタビサがカウンター奥の調理場へと戻る。


 目の前に置かれた木製のジョッキを両手に掴んだユウは口を付けた。一口二口と飲む。味はいつものエールと変わらない。ただ、何となくいつもよりもおいしく感じられた。それが喉の渇きのせいか、この場所のせいなのかはわからないが。


 どっちなのだろうかと首をかしげているとユウは背後から声をかけられる。


「珍しいじゃない。最近見てなかったけど、もうこういうところに来るようになったんだ」


「あ、サリー。さっき料理を運んでいたんじゃないの?」


「もうとっくに配り終えたわよ。だらだらしてたら仕事が終わんないわ」


 タビサ似の娘がユウの横に回って話しかけてきた。灰色の頭巾にチュニックワンピース、その上から掛けているエプロンが似合っている。


「へぇ、これからはお客さんとして来てくれるんだ」


「あーお金に余裕があればだけど」


「わかってるわ。たくさん稼いでよね」


「サリー、ビール3杯と串焼き肉10本!」


「はーい! じゃあね」


 店の奥に引っ込んだサリーはすぐに料理と飲み物を持ってホールへと向かった。テーブルの間を滑るように進んで行く。


 その様子を見ながらユウは木製のジョッキを口に付けた。昼間でこれなら夜になるともっとすごいんだろうなと想像する。


 その後、ユウはぼんやりと酒場内を眺めながらもう1杯薄いエールを注文した。その間にエラ、タビサ、サリーとたまに話す。


 こういうのも悪くないなとユウは思うようになった。

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