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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第2章 迷走期間
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確かめたいこと

 連日空は黒い雲に覆われているが、武具屋『貧民の武器』に向かうユウの足取りは軽い。やることが決まっていて成果が出ているときはこんなものだ。


 ニックとケントに褒められてからというもの、ユウは冒険者への道を真面目に考えてみることにした。グループ内でも戦い慣れた2人に認められたのは大きなきっかけになる。


 そこでユウは1度自分を振り返ってみた。知識と装備はほぼないと言っていい。このうち、装備に関しては今すぐ調べることができる。専門店に行けばいいのだ。


 市場の東部にある年季の入った木造の建物にユウは入る。所狭しと武器や防具がひしめいているが他の客の姿を見たことはない。テリーやダニーが武具をここで買ったことは知っているので間違いなく客はいるのだろうが、疑わしい気持ちを拭いきれなかった。


 店の奥で今日も座っているいかめしい顔のホレスへとユウはまっすぐに向かう。


「あの、今日は質問、というか相談にやってきました。お話してもいいですか?」


 声をかけられたホレスはしかめっ面のままうなずいた。用もないのに声をかけると機嫌が悪くなるが、逆に用があるのなら必要なことは教えてくれるのだ。


 最近そのことをようやく理解したユウが話し始める。


「最近獣の森で武器を持って戦うようになったんです。ただ、一時的な措置なので棍棒のままでもいいかなって思っていたんですけど、実際に戦ってみると剣とか使った方がいいのかなとも思うようになったんです。こういうのって専門家から見たらどう思いますか?」


「儂は武具を扱うのは得意だが、戦い方に関しては知らん。そういうのは先輩や仲間に聞くのが一番だ」


 店主にまっすぐに目を向けられたユウは固まった。


 動かないユウをじっと見ていたホレスが口を開く。


「何を迷ってるんだ?」


「え、それは」


「グループ内で何かあって、お前さんが一時的に戦う側へ回ったのはわかった。でだ、その一時的な措置に対応するためにはどうすればいいのかってことで、お前さんは迷っているのか?」


 問いかけられたユウは言葉に詰まった。違う。冒険者になるための装備について知りたくてこの武具屋にやって来たのだ。グループ内の役割は重要だが知りたいのはそういうことではない。


 迷いを断ち切って装備のことを相談しに来たつもりだったが、まだふっ切れていなかったことに気付いた。自分の本心を隠そうとしてうまく質問ができていない。


 ユウの内心を知らないホレスが言葉を続ける。


「結局のところ、自分がどう戦いたいかによるだろう。仲間との調整はもちろん必要になるだろうが、完全に自分を殺して戦うってのは自殺行為だ」


「実は先日、仲間が怪我をして代わりにグループ内の狩猟組っていう戦う側に入ったんです。それでどうもうまくやれているようで、仲間に冒険者になれるのではと言われたんですよ」


 きれいに質問をまとめることを諦めたユウは、自分の事情を1からホレスに説明した。元々冒険者を目指していなかったこと、グループ内の要請で1年前から戦う準備はしてきたこと、実際に思った以上に戦えると仲間に評価されたことなどを順番に話していく。


 しかめっ面のままホレスはじっと話を聞いていた。あまりにも反応がなさ過ぎて本当に聞いているのか怪しいくらいだ。それでも最後まで聞き終えるとため息をつく。


「だから儂は武具を扱うのは得意だが、それ意外は知らんと言ってるだろう。まぁいい。お前さんが冒険者になりたいかどうかは儂にはどうでもいいことだ。が、仮に目指すとした場合についての助言はしてやれる」


「はい」


「最初に言っておくが、儂らのような武具屋は商売でやってる。そりゃ気に入った奴には多少の色を付けることもあるが、この大前提は覚えておけ。町の中だろうと外だろうとそこは変わりゃしねぇ」


「それは、そうですね。僕も商店で働いていたことがあるのでわかります」


「なら話が早いな。この辺りの市場に出回ってるもんは、武具であれ道具であれ大抵は胡散臭い。中古品ならまだ真っ当な方で、中には廃品を再利用した物もある。だから特に安すぎるやつには絶対手を出すな」


「あ、『最安値は詐欺の証拠』っていう格言ですね」


「そうだ。高いから安心ってわけにはいかねぇのがこの市場の困ったところだが、安すぎるやつは無視するのが一番だ。目利きができない限りはな」


 ここまではユウも知っていることは聞いたことのあることばかりだった。それに冒険者に限った話でもない、ある意味一般論でもある。本題はこれからだと身構えた。


 真剣な表情になったユウに対してホレスが話を続ける。


「さて、こっからが本題だ。貧民の中じゃ冒険者という仕事は憧れの1つになってる。一発当てなくても薬草採取より稼ぎがいいからな。だからよく子供(ガキ)が憧れる」


「僕の知り合いにもいます」


「だろう。でだ、憧れるのはいいんだが、そういう連中はみんな早く冒険者になりたくて焦っちまうんだ」


「焦る?」


「一番わかりやすい例が、一人前の冒険者が買う武器をいきなり買おうとする、だな」


 話を聞きながらユウはダニーのことを思い出した。あの剣がどの程度のものなのか実は今もわかっていないが、何となく今の話に沿ってしまっているように思えてしまう。


「戦うためには練習を色々と繰り返さなきゃいけねぇことはお前さんもよく知ってるだろう。走って体力を付ける、素振りをして腕力を強くするなんかだが、大抵こういう連中はそれを疎かにしちまうんだ。いい武具を手に入れたらそれだけで強くなるって勘違いするんだよ」


「せっかくいい武器を手に入れても、それに振り回されちゃうってことですか?」


「そうだ。使う本人の腕と武具は天秤みたいに釣り合いが取れなきゃ駄目なんだよ。武器だけやたら良くても、それを使いこなせなけりゃ意味がねぇ。だから、日々己を鍛えながら自分に合った武具を手に入れる必要がある」


「となると、僕の場合は」


「周りのことは一旦置いておいて、お前さん自身はどう思ってる? 棍棒で不足だと感じているか?」


 指摘されたユウは思い返してみた。確かに熊や虎のような猛獣では役に立たないが、仮に剣に持ち替えたら戦えるのかというと無理だろう。一方、野犬や狼くらいまでなら他の道具も併用すれば戦えた。


 首をひねりながらユウは答える。


「悪臭玉を使えばとりあえず戦えています、ね」


「例えば剣に持ち替えたら戦いやすくなったり、大きな成果を叩き出せるか?」


「いやそれはどうかなぁ」


「ということは、今のお前さんには棍棒が一番ってことなんだ」


「なるほどなぁ」


 グループ内の狩猟組の面々を日々見ていたユウにとって、ホレスの助言は新鮮だった。棍棒は自作だっただけに剣やナイフよりも劣った武器だと認識していたからである。確かに安定して戦えるのであれば武具は何でも良いと思えてきた。


 思い詰めていたユウの雰囲気が柔らかくなるを見たホレスが話を続ける。


「いずれ何らかの事情で武具を買うことになるだろうが、そんときは周りの状況に合った物を買うんだぞ」


「どういうことです?」


「一足飛びに夜明けの森で戦う装備を調えるよりも、まずは獣の森で戦える装備を手に入れろということだ。何しろ実際に戦っている場所はそこなんだしな」


「でも、その分お金がかかりますよね」


「ろくに稼げないうちから命と金を天秤に掛けるな。足下を疎かにした奴は長生きできねぇぞ」


「あー、はい、そうですね」


「それにだ。冒険者は主武器(メインウェポン)だけで戦うわけじゃねぇ。獣の森で使った武器は予備武器(サブウェポン)にもなるんだ。最悪、新しい武器を買うときに下取りにしちまえばいいしな」


 特に意識はしていなかったことを聞いたユウは目を見開いた。武器は1つだけしか持てないわけではない。そのことに気付く。


 かなりすっきりとしたユウはホレスに礼を述べると店を出た。大切な話を聞けてご満悦である。


 家に帰るとアレフが丸椅子に1人で座っていた。その様子を見てユウはすぐに違和感の正体に気付く。


「ただいま。ダニーは?」


「おかえり。ダニーなら友達と会うと言って出ていったよ」


「まだ寝てなきゃいけないんじゃないですか?」


「俺もそう言ったんだけどね。ずっと寝てばかりじゃ気が滅入るから、気分転換がしたいそうなんだよ」


 ここ最近は暗い表情だったダニーのことをユウは思い出した。確かに気落ちしたままなのは良くないので気分転換することは良い。


 しかし、以後ダニーは度々外出をするようになった。体調を考えると止めるべきだが、傷が悪化しているわけではないのでアレフもあまり強くは諫められないようである。


 早く良くなって復帰してほしいと願うユウだったが、自分のことで忙しくなってきたので深くは考えなかった。

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