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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第17章 古鉄槌、街道を行く

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安全だと思っていた場所で

 少なからぬ損害を受けた隊商と傭兵団はベンポの町で3日間滞在した。この間に隊商長のアールは荷馬車の修理と物資の補充を行い、傭兵団団長のウィリアムは負傷者の治療を続ける。その結果、どうにか出発できる目処が立った。


 そうして、春になりたての4月初旬にアールの隊商は町を出発する。エンドイントの町まで6日間の予定だ。


 最後尾の荷馬車には現在、ユウとトリスタンが乗っている。エイベルともう1人の傭兵は別の荷馬車へと移った。死亡者3人と完治していない重傷者3人の穴埋めをするためだ。


 遠ざかる町の風景を見ながらユウは再び戻って来た相棒に声をかける。


「ここからは盗賊もほとんど出ないらしいね」


「それは俺も聞いた。本当だったら最高だな」


「そうだね。出てくるときは出てくるから。エイベルさんは安心していたけれど」


「この国出身で、しかもよく使う街道だから詳しいってことか。どうだかなぁ」


 のんびりとした口調で2人は安全性に疑問を投げかけていた。本当の意味で安全な街道など今までの旅で見たことがない。そんな街道があるのなら教えてほしいくらいだ。


 荷台の後方から流れゆく景色を眺めているユウだが、ある程度離れた先に徒歩の集団が歩いていた。数は4人と少ないが、徒歩の集団がいること自体に驚く。ベンポの町までの危険地帯を歩いてやって来たことを意味するからだ。ファーケイトの町からついてきていた徒歩の集団は半ば辺りで全滅していたから、あの4人は別の集団ということになる。余程幸運なのか屈強なのだろうと想像した。


 町を出てからの隊商はまた以前の通り進んでは野営することを繰り返す。昼は最低1人が周囲を見張り、夜は2人一組で野営地の四隅を見張った。


 その間、驚くほど何もなくてユウとトリスタンは拍子抜けする。昼に怪しい影はまったく見かけずたまに他の隊商とすれ違うのみで、夜には野犬が近くをうろつくだけだ。これが同じ街道かと思うほどである。


 初めてやって来たユウとトリスタンはこんな感じだが、他のこの地域をよく知る傭兵や冒険者は気を緩めていた。中にはもう仕事は終わったも同然と言う者もいる。


 このように、隊商の面々は日を重ねるごとに少しずつ警戒を解いていった。




 何事もなく3日が過ぎた。昼間の移動中は丸々眠れるので傭兵も冒険者も元気いっぱいだ。最近は暖かくなってきたので寒さで疲労する度合いも小さくなってきている。何もかもが良い方へと向かっているように思われた。


 4日目の昼下がり、このときも順調に隊商はエンドイントの町へ向けて進んでいた。今までの旅路を思えば目的地はもう目と鼻の先である。


 最後尾の荷馬車に乗っているユウとトリスタンはあくびをしながら揺られていた。どうにも単調なので眠くなってしまう。たまにどちらか片方が本当に一眠りして眠気を取り除いているが、睡魔はいくらでも湧いて出てきた。


 そうやってのんびりとしていると荷馬車が停まる。ユウとトリスタンは顔を見合わせた。この仕事を引き受けて休憩でもないときに荷馬車が停まるなど初めてのことである。


「トリスタン、何だと思う?」


「御者のおっちゃんに聞いてみよう。あの、前で何があったんですか?」


「さぁな。停止の命令が来ただけで、こっからじゃわからん。お前、見に行ってくれ」


「ユウ?」


「いいんじゃない。僕も何があったのか知りたいし」


「よし、それじゃちょっと行ってくる」


 許可を得たトリスタンが荷台から降りて隊商の前へと歩いて行った。


 それを見送ると、ユウは再び荷台の後方から外を眺める。徒歩の集団の4人も立ち止まっていた。背中の荷物を地面に降ろして何やらまさぐっている。


「長い休憩になるって見越しているのかな。確かにそんな気もするしね。あれ? 弓?」


 のんきに徒歩の集団の4人を見ていると、そのうち2人が弓を取り出した。今までの旅の中で旅人が包丁やナイフを持っているところは見たことがあるが、冒険者でもない貧民風の男が完全に武器と言われるような道具を持ち出したところなど初めて見る。しかも、矢筒まで取り出している。残る2人は荷物の中から剣を取りだした。


 4人全員がいきなり武器を取り出したことにユウは目を見開く。例え間違いであったとしても黙っているわけにはいかない。御者台に振り向いて大声を上げる。


「徒歩の集団の4人が弓と剣を持ち始めました! 警戒してください!」


「なんだと?」


 怪訝そうに振り向いた御者が声を上げたとき、ユウのそばに矢が1本刺さった。(やじり)近辺が燃え盛っている。次いで前方から喊声が上がり、更には一拍遅れて左右からも聞こえてきた。


 慌てて燃える火を踏み消しながらユウは御者へと叫ぶ。


「背後から4人が敵襲! 火矢が当たったら消してください! 僕が迎え撃ちます!」


「わかった!」


 じっとしていても焼き殺されるだけだと判断したユウは荷台から降りた。離れた場所に弓を扱う者2人が次々と矢を放ち、更には剣を持った2人が迫って来るのを目にする。


 迷わず駆け出したユウは剣を持った2人へと一直線に向かった。時間差で連続して攻撃されるが、片方を立ったまま、もう片方を1度転がってどちらも避けて更に奥へと走る。両手には手のひら程度の石を握っていた。


 視線の先にいる弓を扱う2人へとユウはまっすぐ駆ける。その少し後ろに剣を持つ2人が追いかけてきていた。弓を扱う2人に鏃を向けられるが、ユウは避けようとしない。背後の剣を持つ2人が近くにいる限り射られないことを知っているからだ。


 弓を諦めた2人がそれを捨てて剣を手にしようとするのをユウは見た。その瞬間、まずは右手の石、次いで左手の石を順次投げつける。投石に対応できなかった1人は顔面に石を受けてのけぞり、もう1人は右肩に当たって動きを止めた。


 すぐさま左手で槌矛(メイス)を手にしたユウは右肩に石が当たった男に振り下ろす。


「あああ!」


 遠慮なしの一撃が男の頭に振るわれた。全身の力が抜けた男が倒れるのを見もせずに、右手でナイフを抜いて振り向きざまに追いかけてきたうちの1人に投げつける。これは喉に刺さった。走ってきた男はそのままの勢いで地面に転がる。


 残る1人は足を止めた。血走った目でユウを睨みつける。


 そんな襲撃者の1人の形相を気にすることなく、ユウは男に突っ込んだ。突き出された剣を槌矛(メイス)ではじき、そのまま体当たりする。そうしてよろめいたところで足を引っかけて倒してそのまま頭部を槌矛(メイス)で何度か殴った。


 徒歩の集団に扮した襲撃者4人にとどめを刺して回ったユウはナイフを取り戻して隊商の方へと顔を向ける。戦いはすっかり乱戦になっており、何台もの荷馬車から火の手が上がっていた。ただし、戦いの中心はどうも隊商の中央よりも前方らしく、後方の荷馬車近辺ではあまり戦いは起きていないように見える。


 すぐさま隊商に戻ったユウは最後尾の荷馬車の御者が襲撃者の1人に追い詰められているのを見つけた。さすがに2度も御者が死ぬところを見たくなかったユウが割って入る。とりあえず剣の一撃は左手の槌矛(メイス)で抑えた。しかし、急いだせいで隙を突かれて襲撃者に突き飛ばされ、右肩を軽く斬りつけられてしまう。


「うっ!」


「しぃねぇ!」


 邪魔された襲撃者が怒りの咆哮を上げながら再び斬りつけてきた剣をユウは左手の槌矛(メイス)で受け流した。直後、右拳で相手の顔を殴る。これで完全に動きの止まった相手の頭部を全力で振り抜いた槌矛(メイス)で打ち抜いた。


 ようやく一息付けたユウは御者を起こしたとき、ちょうどトリスタンが戻って来る。


「ユウ! お前、怪我しているのか!?」


「今さっきちょっと斬りつけられたんだ。そこまで深くはないよ。そっちは?」


「立ち往生していた隊商を助けようとしたら、実は敵で襲われたんだ。しかも、ほとんど同時に両側からも攻められて大変だったんだぞ」


「こっちも大変だったよ。あの徒歩の集団の4人が実は襲撃者だったんだ。2人が弓を持って火矢を射かけてくるし、もう2人が剣を持って襲ってきたから厄介だった」


「よく倒せたな」


「僕もそう思う」


「で、これからどうする?」


 トリスタンに問われたユウは迷った。最後尾の荷馬車を守るのも仕事なので迂闊に2人とも前に出るのは躊躇われる。特に後方は今手薄になっているので尚更だ。それに、冒険者は対魔物戦で盾にするという扱われ方をしたことを思い出した。


 結論を出せないままでいると、誰かが退却と叫ぶのをユウは耳にする。そして、それを境に襲撃者が一斉に引き上げていった。


 それを眺めていたユウは大きく息を吐き出す。もう戦う必要はなくなったのだ。


 波が引くように戦闘音が消えてゆく。傭兵や冒険者が呆然と立つ中、後には何台もの荷馬車から上がる炎が残された。

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― 新着の感想 ―
久々の?「あああ!」きたw やっぱこれがないとなんか淡々と倒してるように感じちゃう
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