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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第17章 古鉄槌、街道を行く

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過去の選択と現在の立ち位置

 町を出て8日目が終わろうとしていた。次の町まであと2日であるが、隊商は既に満身創痍である。何台もの荷馬車には応急修理の後がちらほらと窺えた。


 この日も野営の準備を終え、鍋で温められた黒パンと干し肉を薄いエールで煮込んだ粥を皆が食べる。疲れ切った表情が少し和らいだ。


 そんな鍋の周りには何人もの傭兵と冒険者が集まって談笑している。他の荷馬車に乗っている知り合いと話ができるのは荷馬車が停まっている休憩時くらいなので、食事をするときに誰もが寄ってくるのだ。


 それはユウも例外ではない。相棒の姿を見つけるとそちらへと近づく。


「トリスタン、今日そっちはどうだった?」


「昼間に襲われなかったから何もなかったな。昨日は忙しかったけど。それにしてもよく狙われるな。町を出てから何回襲われているんだ?」


「昼に盗賊の集団を2回撃退して、夜に獣と魔物の群れを2回、それと夜襲をかけてきた盗賊を1回かな。魔物が単体で襲ってくるのも入れると毎日襲撃されているよね」


「危険地帯だって言われるわけだ。みんなこんな街道をよく使うもんだ。盗賊の数なんて明らかに多すぎるだろう」


「たまに飢えて盗賊が別の盗賊を襲うこともあるらしいよ。エイベルさんが前に捕まえた盗賊から聞いたんだって」


「えぐい話だな。あの襲撃回数からすると納得できるが。それより、ちょっと」


 相棒に袖を引っぱられたユウは中身の入った食器を手にしたまま他の傭兵や冒険者から離れた。ある程度の所で立ち止まる。


「どうしたの?」


「傭兵たちの冒険者の扱いって今はどうだ? 前と少し変わったか?」


「エイベルさんは僕が提案したことが有効なら認めてくれるよ。扱い方は変わらないけど。トリスタンのところはどうなの?」


篝火(かがりび)を少し離れた場所に置くというのは聞き入れてもらえたが、扱いは前と変わらないな。魔物と戦うときは盾みたいに扱われているぞ」


 若干渋い表情をしたトリスタンが面白くなさそうに答えた。ファーケイトの町を出てから特に強く感じることにユウも黙ってうなずく。


 基本的には傭兵は対人戦、冒険者は対魔物戦という考え方で正しい。しかし、その実現方法として戦場では冒険者が魔物の盾として扱われるのだ。やられる方としてはたまったものではない。


 傭兵たちは普段気安く接してくれるので性格が悪いわけではないのだろう。ただ、冒険者の扱い方に難があった。それだけにやりにくい。傭兵たちは今のやり方で冒険者と一緒に戦っていると考えているようであり、更には戦友とまで感じているみたいなのだ。


 救いがあるとすれば、多数の魔物に襲われれば乱戦になっても仕方がないと傭兵たちが受け止めていることだろう。手に余る数はどうしようもないという認識はあるらしい。なので乱戦になってもその責を問われたことはない。


 こうなるとブランドンとチャーリーたちの見方も少し変わってくる。もしかしたら、雇い主に対する最初の態度はこの扱い方のせいなのかもしれないと最近のユウは思うようになっていた。だったらさっさと辞めれば良いのだが、それができない事情があちらにもあるのだろう。それでも自分たちにたかりに来たことは許せないが。


 しばらくユウは粥をすすりながら色々と考えた。すると、トリスタンが粥を飲み込んでから話しかけてくる。


「前にユウがあいつらと決闘をやっただろう? あれを決めたのってエイベルさんじゃないか。もしかして、思うように扱えないあいつらを締め上げるために俺たちを利用したんじゃないかって、最近思うようになってきたんだ」


「それは僕も最近そう感じるようになってきたよ。ブランドンたちが最初色々と教えてくれるって言っていたけど、あれって飲み代をたかる理由だけじゃなくて、案外本当に色々と教えてくれるつもりだったのかもしれない」


「少し惜しいことをしたかもしれないな。今更どうにもならないが」


 相棒の漏らした感想にユウはため息をついた。あの決闘で相手が手に入れるはずだった銀貨1枚は決して少額ではない。しかし、今の状況を知った上で過去に戻れるのならば、対応の仕方は絶対に変わっていたことは確かだ。


 そこまで考えてユウは首を左右に振った。悪いように考えればいくらでもできる。そして、そのいくらかは恐らく間違っていない。しかし、もう今の環境は変えられないのだ。それならば今の状況の中で何ができるかを考えるしかない。


 難しい顔をしながらユウは残りの粥をすすった。




 8日目の夜、ユウはエイベルたち傭兵2人と夜の見張り番に就いていた。篝火は少し離れた場所に置き、3人は明かりが届くぎりぎりの範囲で立っている。


 連日のように魔物に襲われている現在、隊商を護衛する傭兵や冒険者に油断の色はない。しかし、日が経つに連れて疲労の色が濃くなっていた。


 たまに全周囲を警戒するユウは視界にエイベルを捉えたときにふと疑問を口にする。


「エイベルさん、この街道を通るときっていつもこんなに襲われているんですか?」


「今回はいつもよりも多いですね。去年まではもう少し少なかったです」


「なんだか嫌な感じがしますよね」


「まったくです。特にベンポの町に近いこの辺りだと、そろそろ連中が現れてもおかしくないですから」


「魔物を手懐けた山賊ですか?」


「そうです。この辺りは悪意の山脈が最も近くなる場所ですからね。あの麓を根城にしている山賊が出てきやすいんですよ」


「嫌な話ですねぇ」


 ぼやきながらもユウは体を定位置に戻した。改めて正面を警戒する。


 幸い、その後何も起きることはなかった。次の見張り番がやって来たので交代する。


 荷馬車に戻ったユウは荷台に上がるとすぐ横になった。今日はもう夜に見張ることはないが、明日の昼にまた盗賊に襲われる可能性はある。眠れるうちに眠らないと体が保たない。


 意識が落ちてどのくらいが経っただろうか。耳が「北西から襲撃! 魔物と山賊!」という言葉を捉えた。ユウは急速に目覚めて起き上がる。


 同じく跳ね起きたエイベルに続いてユウは荷台から地面に降りた。既に山賊と魔物に差し込まれているせいで乱戦になっている。


 篝火の明かりを頼りに周囲を見ると山賊は馬に乗っていた。魔物は小鬼(ゴブリン)黒妖犬(ブラックドッグ)が目に付く。


 騎乗の山賊よりはやりやすいと判断したユウは積極的に魔物を狩ることにした。敵味方の人間を避けながら魔物へと近づく。


 最初に手をかけたのは小鬼(ゴブリン)だった。久しぶりに見る薄汚れた緑色の肌をしたがりがりの小人にユウは槌矛(メイス)を振るう。木の棒でその一撃を防ごうとした小鬼(ゴブリン)はそれごと頭を潰された。


 次は横合いから襲ってきた黒妖犬(ブラックドッグ)が相手だ。真っ黒な体に暗く光る赤い瞳が特徴の犬の魔物の噛み付きをユウは地面に転がって避ける。そのとき、篝火の明かりにその陰影を浮かび上がらせた何かが元いた場所の頭部辺りを通過した。そのまま少し離れた所にいた傭兵の首筋に刺さる。


突撃鳥(チャージバード)!?」


 悲鳴も上げずに崩れ落ちる傭兵の首筋には白地に黒い羽の鳥の長いくちばしが刺さっていた。黒妖犬(ブラックドッグ)に真正面から対応していたら、やられていたのはユウだったであろう。


 背筋に冷たいものを走らせながらもユウは目の前の魔物に集中することにした。再び噛みつこうと飛びかかってくる黒妖犬(ブラックドッグ)の対処が先である。


 この後もユウはひたすら魔物を倒し続けた。たまに飛んでくる突撃鳥(チャージバード)を警戒しながら自分の荷馬車の近辺を駆け巡る。最後の方は馬から下りた山賊を相手にした。2人ばかり倒す。


 山賊が引き上げていったのはかなり後だった。帰りがけの駄賃とばかりに荷馬車が2台燃やされてしまう。ユウのいた所とは離れた場所にあった荷台だった。


 夜が明けると惨状が明らかになってくる。傭兵は3名が死亡し、8名が負傷していた。大半が突撃鳥(チャージバード)によって殺されている。冒険者に死者はいないが、ほぼ全員が負傷していた。ユウとトリスタンも同様である。


 かなり大規模な山賊だったらしく、山賊も魔物も死体が散乱していた。よくこれだけの規模の山賊相手に守り切れたものだと傭兵や冒険者は感心する。しかし、戦果確認となると誰もが目の色を変えた。


 その中でユウはまだ確認しやすい方だった。特定の荷馬車の範囲で撲殺されている死体や死骸はユウが倒したことが明らかだからだ。一方、トリスタンの方は他の冒険者と揉める。似たような剣を使っている者は多いからだ。それでもトリスタンの主張が通りやすかったのは日頃の傭兵との付き合いである。


 戦果確認の終わった者は順次雑用を手伝わされた。特に焼かれた荷馬車から無事な品物を取り出して別の荷馬車に運ぶ作業をさせられる。損失は少しでも防がねばならないのだ。


 昼までに後片付けを終えると、アールの隊商は再び次の町を目指した。

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