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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第16章 いざ、2人旅

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とある商売人の荷馬車(後)

 ロクロスの町の冒険者ギルド城外支所でアカムの町行きの仕事を見つけたユウとトリスタンは喜んだ。報酬も高額だと聞いて興味を引かれる。しかし、詳細を知るにつれて微妙な表情を浮かべるようになった。手放しで喜べるような内容ではなかったからだ。


 荷馬車の操作は乗馬の経験があるトリスタンがいるのでまだしも、病人の世話となると相手次第になる。この受付係は、依頼を片付けたくて無視しているのか、それとも依頼人の病状を軽く考えているのかよくわからない。


 考え込むユウたちに対して受付係が声をかける。


「昨日、仕事がなくて困ってるようだったじゃないか。あんたたちのどちらかが馬を扱えるのなら悪くない依頼だと思うんだけどね」


「依頼人の病状はどんな感じなんですか? 重篤だとそもそも運べませんよ」


「この依頼書を届けに来た使いの者によると、荷台に寝かせた状態ならまだ何とか移動できるらしい」


「ということは、荷台に藁を敷き詰めて寝台みたいなのを作らないといけないんですか?」


「それはあっちが用意してくれるらしい。さすがに寝床は自分で作らないと安心できないそうだ」


 最も肝心なことを聞いたユウは小さく安堵のため息を漏らした。さすがに必要なことは自分でやるらしい。


 晴れないままの表情をトリスタンに向けたユウが問いかける。


「どう思う?」


「仕事はほしいと望んではいたが、これは思っていたのとは違うな。徒歩よりはましなんだろうが、いや、本当にそうか?」


「荷馬車の集団に入ってアカムの町まで行けるなら良いんだけど、その交渉をするのが僕かトリスタンってことになると不安だよね。そもそも病人を運んでいるなんて嫌がられるだろうし」


「その点は心配しなくてもいいよ。荷馬車の集団はあちら側で選んでくれるそうだから」


「もう全部商人ギルドに頼んじゃえば良いと思うんですけれどね」


「その商人ギルドが傭兵に断られてこっちに泣きついて来たんじゃないか。護衛は傭兵か冒険者のどちらかに任せるしかないからね」


 口を挟んできた受付係がにやりと笑った。荒事は傭兵と冒険者の担当というのが一般常識なのだ。


 少し迷いながらトリスタンが口を開く。


「馬は俺が操れるから荷馬車は動かせるだろうけど、問題は依頼人の看病だな。荷馬車で移動できるくらいの病状なら何とかなるんじゃないのか?」


「引き受けたらその病人の世話をするのは僕になるんだけどね」


「ユウは病人の世話をしたことがあるのか?」


「子供の頃におばあちゃんの世話ならしたことがあるよ。とはいっても、貧しかったからほとんど何もできなかったけど」


「だったらあんたらにぴったりの仕事じゃないか! どうせ相手は余裕がなくて断れないんだ。ここで一稼ぎしたらどうだい?」


 またもや口を挟んできた受付係にユウとトリスタンは顔を向けた。その表情は渋い。他人からするとそう見えるのは理解できた。問題はやりたいかどうかという気持ちの問題である。


 ほぼ同時に2人はため息をついた。




 門の手前にある検問所で簡単な受け答えの後に入場料を支払うと町の中には入ることができる。門の内側は町民の世界で、縦に伸びる建物が大通りに沿って連なっている様子は明らかに貧民街とは違った。


 そんな町の中には必ず中央広場がある。定期的に催し物が開催されたり領主からの告知が示されたりする場所だ。ここは町の中心であることが多いので重要な施設が集まっている。商館もその1つだ。


 今、ユウとトリスタンはその商館の前に立っている。洒落た感じのする3階建ての建物だ。町の外からやってきた商人ギルド関係者との会合や宿泊に利用されている。


「とうとう来たな、ユウ。何というか、少し入りづらい」


「領主様の近くに住んでいた人の言葉とは思えないよ」


「商人は商人で全然雰囲気が違うからなぁ。ユウは何度か入ったことがあるんだろう?」


「雇い主の使いっ走りでね。とりあえず中に入ろう」


 正面から商館に入ったユウは近くを通りかかった使用人に紹介状を見せた。冒険者ギルドからやって来たことを証明すると依頼人のいる客室にまで案内される。


 許可が下りて客室の扉を開けると、簡素な室内の様子が2人の目に入った。採光のための窓から離れた所に寝台があり、1人の老人が横になっている。白髪で干からびたかのような顔をしており、体も細い。ときおり軽く咳をしている。


 寝台に近づいた2人は老人の隣まで進んだ。先にユウが声をかける。


「初めまして。冒険者のユウです。隣がトリスタン、パーティメンバーです」


「けほ、ワシはハーマン、アカムの町の商売人じゃ。病の身の上なので寝たままで話をさせてもらう。依頼書を見てここに来たんじゃな」


「はい、冒険者ギルドの紹介状もあります」


「それは結構。本来なら雑談でもするんじゃが、老体の上に病の身でもあるため、本題に入りたい」


 少し身じろぎした老商売人ハーマンはユウとトリスタンに顔を向けた。そのままゆっくりと話し始める。


「2週間ほど前にこのロクロスの町へ商売をしにやって来たんじゃが、商いを終えた直後に風邪を引いて寝込んでしもうた。最初はすぐに治ると考えておったんじゃが、病状は少しずつ悪くなるばかりじゃ。このままではアカムの家に戻れんと思ったワシは、そこでワシと荷馬車を家に送り届けてくれる冒険者を探しておるんじゃよ」


「どこかの隊商に頼んで連れて行ってもらえば良かったんじゃないですか?」


「さすがに荷馬車の御者と護衛、それにワシの看病もとなるとな。そこで、それら三役をワシが用意して、他の隊商について行くことにしたんじゃ」


「他の商売人と交渉しやすいように必要な人を自分で揃えようとしたんですか」


「そういうことじゃ。傭兵には看病を嫌われてすべて断られたが、冒険者なら4人組が受けやすい報酬額にしたんじゃよ。ところであんたらは2人しかおらんが、他の仲間は町の外で待っておるのか?」


「僕たち2人だけですよ。4人パーティでも恐らく引き受けてくれるところはないと思いますよ」


「そんなはずはなかろう。経費を差し引いても普段の護衛の倍くらいの利益になるはずじゃぞ」


「普段は護衛の仕事だけですが、今回は馬の操作とあなたの看病も仕事に入るんです。冒険者の感覚からすると倍の利益じゃ割に合わないんですよ。しかもこの仕事、全額後払いでしょう? あなたが途中で亡くなった場合、どうなるんです?」


 病人の移送で看病はもちろん大変な作業になるが、より問題なのは病状が悪化して死亡した場合だ。ここの条件を詰めていないと後で話がこじれることになる。


 ユウの反論を聞いたハーマンが大きくため息をついた。少しの間咳き込んでから口を開く。


「ワシも耄碌したな。家で死にたい、荷馬車を息子に引き渡したいと焦っておったようじゃ。確かにあんたの言う通り、この条件には穴があるな。どおりで誰も引き受けてくれんかったはずじゃ」


「依頼書にある条件に加えて、報酬の半分を前金として渡すようにしてください。それと、あなたが亡くなった場合の条件をこれから話し合って決めましょう」


「そうじゃな」


 提案を受け入れたハーマンがうなずいた。そして、その場ですぐにユウと交渉を始める。お互いに常識的な範囲で要求を出し、妥協したので話し合いは短時間で済んだ。


 その後、すぐに使用人を呼んで羊皮紙とペンを持って来させる。自らペンを取ろうとしたが震える手ではうまく文字が書けず、ユウに代筆をしてもらった。そうしてお互いに署名を入れる。最後にトリスタンも名前を書き入れた。


 署名を見たハーマンがトリスタンを見ておののく。


「姓があるということはあんたは、いえ、あなた様は貴族様でいらっしゃるのですか?」


「没落したけど籍はまだ貴族なんです」


「なぜ冒険者など、いえ、失礼いたしました」


「まぁ、今は一介の冒険者っていうことにしておいてほしいですね」


 恐縮するハーマンにトリスタンが苦笑いを返した。


 同じ文章が記載された羊皮紙の1枚を受け取ったユウがハーマンに話しかける。


「それでは、これで契約成立ということになりますね。僕たちは今後どう動けば良いですか?」


「荷馬車の用意はこちらですべてする。荷台にワシの寝床を作ること、食料と薪と薬、その他生活用具の用意もな。そちらは自分自身の用意をしておいてもらいたい。準備に1日かかるとして、集合は明後日の日の出前、町の東の郊外でモーリス商会の隊商を訪ねてくれ。ワシとワシの荷馬車もそこに移してもらっているはずじゃ」


「わかりました」


 何度も町の中に入って入場料を支払わなくても良いことにユウは安心した。隣でトリスタンも表情を和らげている。


 こうして、2人は新たな仕事を引き受けることになった。

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