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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第16章 いざ、2人旅

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荷馬車に揺られる旅(後)

 時間を知りたい場合、町や村なら鐘の音である程度の時間を知ることができる。神殿あるいは教会がおおよその時間を計って鳴らしてくれるのだ。


 では、宿場町や宿駅のような場所ではどうするのかというと、その場所によって色々とある。例えば、時間を計って知らせる専門の技師たちが交代で鈴を鳴らして知らせに回ったり、近くの村の鐘の音で代用したり、開き直って時間を気にしなかったりと多種多様だ。


 ユウとトリスタンが今晩泊まっている宿場町では技師が鈴を鳴らして知らせてくれる。日が暮れて最初に鳴る鈴の音が宿場町を巡回していった。


 13月目前の夜は冷える。荷馬車の荷台に座るユウは外套でその身を(くる)んでいた。吐き出す息も白くなってきているはずだが、新月に近い時期なのでほとんど見えない。


 やることもなくユウがじっとしていると足音が近づいて来た。荷馬車の側面を手で触る音をさせた後、背面へと向かってくる。


「この辺りはほとんど真っ暗で見えないな!」


「トリスタン? 篝火(かがりび)担当の商売人の荷馬車からは離れているからね」


「あれがあるからなんとかなると思っていたけれど、ちょっと甘かったかな。こっちには明かりがほとんど届いていないのは誤算だったよ」


 ほとんど手探りで荷台に乗り込んだトリスタンが大きなため息をついた。座るために体の位置を変えているらしく、尚も音を立てている。


「トリスタン、夜の見張り番についてなんだけど」


「最初にどっちがするかってことかな?」


「それもあるけど、荷馬車の見張り番ってどうするか知らないよね?」


「外に立って見張るんじゃないのか?」


「篝火の担当ならともかく、そうじゃなかったら荷台に座ったままでも良いんだ」


「それは楽でいいな。でもどうして?」


「宿場町や宿駅だと馬を(うまや)に繋いであるから荷馬車を馬ごと盗まれる心配はしなくても良いんだ。今の僕たちは、中にある品物だけを気にすれば良いんだよ」


「こんな鉱石なんて石ころ、誰も盗まないと思うけどな」


「僕も半分はそう思うけど油断はできないよ。荷馬車で運ぶということはそれだけで価値のあるものだから」


 鉱石も売り物になるからこそ荷馬車で運んでいるのだ。そしてそれを欲しがる者は必ずどこかにおり、そのため盗む者もどこにいるかわからない。更に言うと、盗み方など盗っ人の数だけ存在するのだ。それこそ常人が思いもしない方法も含めて。だからこそ、荷馬車の見張り番が必要なのである。


「そうかもしれないな。ところで、篝火って獣避けのためなんだろう? だったらこっち側にもあった方がいいんじゃないのか?」


「野営するときはその通りなんだけど、宿に泊まるときは他の荷馬車の集団でも篝火を()くからね。それで獣は意外に警戒して寄ってこないんだ」


「この辺りは駐車場の端の方だから暗いけど、これでも寄ってこないのか」


「ただ、実際のところは薪代を節約したいから焚かないというのが商売人の本音かな」


「なんだそれ。それじゃここはやっぱり危ないのか」


「篝火を焚くときよりも危険だけど、周りにたくさん人がいるからその分だけ安全ってところかな。この辺のさじ加減は雇い主次第だから僕たちじゃどうにもできないね。だから、油断なく自分の身は自分で守らないと」


「昼間は楽に思えたのに、夜が怖いなぁ」


 ほとんど何も見えない荷台の上でトリスタンがぼやいた。冒険者からすると自分の命を天秤にかけられて銅貨数枚と釣り合ったと宣告されたようなものだ。面白くはなかった。


 わずかな間黙ったトリスタンだったが、それほど間を置かずにユウへと再び声をかける。


「けど、こんな狭い荷台の中でじっと座っているのもなかなかきついな。外で立った方がいいかもしれない」


「寒くて震えるのと体が凝り固まるのとどちらを選ぶかだよね」


「嬉しくない二択だな。で、どっちが先にやる?」


「僕からするよ。トリスタンが戻って来るまでも見張り番をしていたようなものだったし」


「わかった。それじゃ俺は寝る」


「この宿場町は鈴で時間を知らせてくれるから、それを合図に交代しよう」


「鐘1回分か。結構長いな」


「この暗さじゃ砂時計は使えないしね」


「それは仕方ないな。だったらそれでいこう。お休み」


 2人が手早く段取りを決めると静かになった。かつて下水路で明かりを消したかのようになる。ただ、あのときのような悪臭はここにはない。


 体をよじったユウは大きなあくびをすると暗闇を見つめた。




 翌朝、二の刻の頃に宿場町を巡る鈴の音でユウは目覚めた。冬目前の時期だとまだ真っ暗である。


 しかし、安宿の近辺は少し騒がしくなっていた。これから出発する人々が準備のために往来しているからだ。松明の明かりが右に左にと揺らめきながら移ってゆく。


 そんな中から1つの明かりがユウとトリスタンの乗る荷馬車に近づいて来た。照らす顔はエグバートのものである。


「2人とも朝だぞ」


「エグバートさん、おはようございます。起きていますよ」


「俺は直前まで見張り番でしたよ」


「明るくなり始めたら出発するからな。それまでに準備を整えておいてくれ」


 声をかけ終わると背を向けて去って行くエグバートを尻目に、ユウとトリスタンは出発の準備を始めた。とは言っても荷馬車のではなく、自分たちの準備なのでやることは少ない。交代で用を済ませると朝食を食べるくらいだ。


 時間が空くとユウは荷馬車の近くで体をほぐし始めた。走る前の準備運動のようにゆっくりと体を動かす。この季節だと体が温まってきて気持ちが良い。


 わずかに周囲が見えるようになった頃、トリスタンがユウのしていることに気付く。


「ユウ、何をしているんだい?」


「体をほぐしているんだよ。ちょっと前まで毎日のようにやっていたから、これをやると気持ちが落ち着くんだ。体が凝り固まっているからちょうど良いっていうのもあるし」


「だったら俺もちょっと体を動かそうかな」


 見ていて刺激を受けたトリスタンが剣を手にして荷台から地面に降りた。そして、素振りを始める。その剣筋はとてもきれいだ。


 こうして体を動かすことで暇を潰していた2人はエグバートから声をかけられるまで続けた。




 いよいよ本格的に周囲が明るくなってくると、荷馬車の集団の近辺は騒がしくなってくる。馬を荷馬車に繋げ、道具の点検をして、護衛の冒険者を呼び集める。


 それはユウとトリスタンの乗る荷馬車も同じだった。2人は御者台近くにいるエグバートに呼ばれる。


「2人とも、そろそろ出発の頃合いだが、準備はできているか?」


「できていますよ。いつでも良いです」


「俺も完璧ですよ。すぐにでも荷台に乗り込めます」


「それじゃ出発の合図があったら乗り、あったな。すぐに乗れ。出発するぞ!」


 雇い主がしゃべっている途中で出発の声かけがエグバートにもなされた。3人は急いで荷馬車に乗り込む。


 狭い場所に座ったユウは目の前に広がる原っぱをぼんやりと眺めた。これからまた昼までこのままだ。何もなければ。


 荷馬車がゆっくりと揺れ始めたのを機にユウはトリスタンへと問いかける。


「トリスタン、王都を出発して丸1日経ったけど、荷馬車の護衛はどう?」


「何もなければ結構暇だと聞いていたけど、本当にそうなんだな。毎日下水路の中を歩き回っていたのが馬鹿みたいに思えてくるよ。なんで王都じゃ古株が独占しているのかやっとわかった」


「これで盗賊や獣に襲われたらかなり大変なんだけどね」


「そこはちょっと怖いよな。人や獣と戦ったことはあるけど、下水路の中だけでだもんなぁ」


「僕からするとそっちの方が特殊に思えるな」


「そうかもしれん」


「夜の見張り番はどうだった? 鐘1回分も起きないといけなかったから結構きつかったと思うけど」


「眠気と暇っていう意味では確かにきつかったけど、それは下水路でも同じだったからな。ただ、野犬が近づいて来てうろちょろしていたのは緊張した。あいつらすぐ襲ってこないかわりにずっとそこにいるんだな」


「あれは嫌だよね。油断したら襲ってくるのがわかっているから。だから、篝火のないときは荷台にいた方が安心なんだよ」


「外に出ないってそんな意味もあったのか! 荷台に座りっぱなしで良かったよ」


 再び街道へと入って東へと進む荷馬車の中でトリスタンがため息をついた。目の前に見えるのは遠ざかってゆく宿場町の風景だ。今日も集団の最後尾である。


「今日も1日座りっぱなしか。(ケツ)が平べったくなりそうだ」


「柔らかい藁なんかを敷くしかないんじゃないかな」


「荷台にあるのは鉱石だけだから無理っぽいな」


「柔らかい品物があってもお尻には敷けないけどね」


 大きくため息をついたトリスタンを見てユウが苦笑した。それきりどちらも黙る。


 2人は黙って流れてゆく景色を眺めた。

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