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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第16章 いざ、2人旅

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荷馬車に揺られる旅(前)

 ミネルゴ市の東門から伸びている宝物の街道沿い近辺は周囲が次第に明るくなってきた。それに伴い、旅人の宿屋街の北側にある原っぱから荷馬車の集団が1つ、また1つと街道に入っては東へと進んでゆく。


 商売人エグバートが所属する荷馬車の集団も動き始めた。御者台に商売人が座ると護衛として雇った冒険者たちが次々と荷台へと入り込み、順次馬に鞭を入れる。連なる順はあらかじめ決めてあるので混乱することはない。


 自分の乗っている荷馬車が最後尾だということをユウは宝物の街道に入ってから気付いた。後に続く荷馬車がないからだ。やって来たときとは逆にミネルゴ市と中央に位置するミネルゴ城が遠ざかってゆく。


 外に向けていた顔をユウは荷台の反対側へと向けた。トリスタンがじっと外を眺めている横顔を目にする。


「いよいよかぁ」


「僕も故郷を出るときはそんな感じだったかな」


「寂しい感じとわくわくする感じが混ざった気持ち?」


「そう、そんな感じだった」


「帰りたいと思ったことはあるかい?」


「今のところはまだないかな。まだ故郷を出て何年も経ってないし。そういうのはもっと先の話だと思う。まだ東の果てにも行っていないんだから」


「俺はとりあえず海だな。水がしょっぱいんだろう?」


「そうなんだよ。とてもじゃないけど飲めた物じゃなかったね。そんな水が水平の彼方までいっぱいあるんだ」


「なんかすごそうだなぁ」


「1回見て舐めてみたらいいよ。内陸にいたら絶対にわからない感覚だから」


 荷馬車に揺られるユウがトリスタンに力説した。自分もどれだけ知っているか怪しいと知りつつも、ここは先達としてより興味を持つよう話す。


 笑顔を浮かべたトリスタンがユウから目を離すと再び外へと顔を向けた。ミネルゴ市の姿はかなり小さくなっている。


 しばらくその景色を眺めていたトリスタンだったが突然小首を傾げた。そして、声だけユウへと向ける。


「なぁ、さっきから付かず離れず歩いてるあの人の集団がいるが、固まって歩いているわりにはなんだか雑多だよな。旅人っぽいのや行商人っぽいの、他にも年寄りまでいる」


「それは、っぽいんじゃなくて旅人や行商人なんだよ。旅の道中は危険だから、ある程度の人数で固まって歩いているんだ」


「大変そうだなぁ」


「大変だよ。自然発生して旅を始めて終わったら霧のように消える集団だから、文字通り寄せ集めなんだ。一緒にいるのにほとんど協力しないからね」


「ユウが前に酒場で話していた徒歩の集団ってやつか。これが」


 途中で言葉を切ったトリスタンが徒歩の集団をじっと眺めた。目に力のある者とない者、体が丈夫そうな者と弱そうな者、気の強そうな者と弱そうな者などそれこそ千差万別だ。


 荷台の上から眺めていると早速集団から遅れる者が現れた。貧しそうな年老いた旅人である。集団の誰もが手を差し伸べることはもちろん、振り向くこともしない。


 初めて見る光景にトリスタンの表情が難しいものになる。


「他人のことは気にしないというのが暗黙の了解だったか? 結構厳しいな」


「旅の途中で仲良くなった場合はその限りじゃないけどね。僕が初めて徒歩の集団に参加したときは偶然出会った初老の人と一緒に歩いたし」


「だったよな。ということは、赤の他人に対してだけか。うーん、それにしても」


「トリスタンがまだ理解できないのは仕方がないと思う。でも、あの集団の人たちってみんな余裕なんてないんだ。自分のことで精一杯だから、他人に優しくできないんだよ」


「ということは、余裕があったら優しくできると」


「お勧めはしないけどね」


「どうして?」


「一度頼れるってわかったら、みんな一斉に頼ってくるから」


「あー」


「自分1人で生きていくのに余裕があるとしても、他人を抱えると途端に余裕なんて消し飛ぶからね。いずれ共倒れになるよ」


 寂しそうな表情を浮かべたユウがトリスタンに優しく忠告した。かつて親に売られたときのことを思い出す。あれは旅ではないが、余裕がないため切り捨てられたという点では次第に遅れてゆく年老いた旅人とかつてのユウは同じだ。だからこそ、徒歩の集団の非情さを責める気にはなれない。


 一度会話が途切れた2人だったが、依然徒歩の集団を眺めているトリスタンが再びユウに話しかける。


「徒歩の集団がどんなのかはわかった。けど、どうして荷馬車や隊商について来るんだ? 安全のためとは前に聞いたけど、実際は目の前で襲われても助けないんだろう?」


「それでも自分たちだけで歩くより安全だからだよ。盗賊はさすがにどうにもならないけど、夜に獣や魔物に襲われる可能性はいくらか低くなるみたいだから。やっぱり大集団だと寄り付きにくいみたいだよ」


「ああ、そっちの危険もあるんだ。なるほどなぁ」


 まだ旅を始めたばかりのトリスタンは感心したようにうなずいた。危険は1つだけでなく、いくつもある。そのため、どれか1つでもその度合いが低くなるのならば荷馬車の集団や隊商について行く意味があるのだ。


 一行は特に障害が発生することもなく昼を迎える。もちろん昼食のために長めの休憩を入れるわけだが、食事は干し肉と水などをそのまま食べるだけだ。護衛の間はどちらも支給されるので冒険者に負担はない。


 荷台から降りて背伸びをしたユウとトリスタンは与えられた干し肉を立ったまま囓っていた。移動の間中座りっぱなしだったので尻が痛いのだ。何とも言えない表情でトリスタンが自分の尻を撫でる。


「あ~、思ったよりきついなぁ」


「体が凝り固まっちゃうよね。歩いたときの疲れよりもましなんだけど。これはこれで」


「確かに。あの徒歩の集団も昼飯か。食ってる物は、俺たちと変わりなさそうだな」


「僕たちも結局のところは貧民だしね。境遇はともかく、食べる物にそう違いはないよ」


「それにしても、行商人はともかく、旅人なんてなんで旅をしているんだろうな?」


「理由なんて人それぞれだよ。僕なんて世の中を見て回りたいからだけど、人に言ったら半分くらいは変な顔をされるしね。僕が会った人だと、遠くに住んでいる家族の元に行くためって聞いたことがあるけど」


「そんな理由もあるのか。出稼ぎ先で定住した息子に会いに行くとかか?」


「うん、そんな感じだった。ちゃんと目的地に着いていたら、今頃家族と一緒に暮らしているんだろうけどな」


 しゃべりながらユウはかつて出会った男のことを思い出した。途中で別れたのでその後の経緯はわからないが、目的を果たせたことを祈るばかりだ。


 昼休憩が終わると荷馬車の集団は移動を再開した。動く速度は休憩前と変わらない。それでも徒歩の集団からはまた1人脱落者が発生する。ユウたちはそれを眺めることしかできなかった。


 夕方になると宿場町にたどり着く。町や村と違って年季の入った安宿と安酒場しかないものの、それでも野宿に比べると雲泥の差だ。


 安宿の横に広がる駐車場代わりの原っぱに荷馬車がすべて停まった。荷台から降りたユウとトリスタンは背伸びをしてから御者台へと向かう。エグバートは馬をなだめていた。


 振り向いてきた雇い主にユウが話しかける。


「エグバートさん、何事もなく進めましたね」


「結構なことだよ。ただ、この辺りはまだ安全だから当然と言えるけどね。ロードズの町まで盗賊に襲われることはないはずだよ」


「そうなると夜の獣ですか。宿場町にいますからたぶん大丈夫だとは思いますけど」


「むしろ物取りの方を心配しないと。今晩から荷馬車の見張りを頼むよ。どうするかはわかってるんだよね?」


「はい。篝火(かがりび)はどうします?」


「今日は私の当番じゃないからいらないよ。だから、どちらか1人がここに残ってくれたら他は好きにしてくれたらいい」


「わかりました」


 簡単な打ち合わせを終えたユウはエグバートから離れた。再び荷馬車の背後に回ってトリスタンに振り向く。


「夜の見張り番のことは後で教えるとして、トリスタンは夕飯をどうするつもりなの?」


「酒場があるんだったらそこで食おうと思ってる。2人いっぺんには行けないから、1人ずつになるんだろうけど」


「僕はここで干し肉を食べるから酒場には行かないよ。トリスタンが酒場に行きたいのなら行ってきたらいい」


「なんで行かないんだ?」


「酒場での食事は町に着いたときのご褒美にしているからだよ。験を担いでいるっていうのもあるけどね」


「そうなのか。だったら、俺は酒場に行ってくる。また後でな」


「宿場町ってあんまり人通りがないから、日が暮れた後は気を付けるんだよ」


「わかった」


 ユウの忠告に頷いたトリスタンが踵を返して酒場へと向かった。


 それを見届けたユウは荷台に上がって荷物から干し肉を取り出す。荷台に座るとそれをそのまま囓り始めた。

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