不幸に見舞われた元仲間
魔窟の巡回を始めて6日目の日没後、ユウはウィンストンと共に外に出た。いつも通り換金所で魔石と出現品を換金する。
買取カウンターから離れたユウは換金所の外で待っているウィンストンと落ち合った。そのまま老職員に声をかける。
「ウィンストンさん、終わりました」
「それじゃ行くか」
「はい。それにしても、あんまり戦っていないのに毎日結構な換金額になりますから驚きですよね。やっぱり3階は違うんだ」
「そんなに稼げたのか? せいぜい銅貨で20枚くらいだろう」
「その感覚はその感覚でおかしいんですが、もっとありますよ。毎日銅貨40枚弱です」
「結構いってんだな」
「出現品を換金しなかったらウィンストンさんの言う通りなんですけどね」
「儂の勘もまだそんなに鈍ってねぇってことか」
稼ぎについて話をしながらユウとウィンストンは門を潜った。東側に冒険者ギルド城外支所の建物が姿を現す。原っぱのある西側は真っ暗だが、解放された扉から漏れる光が冒険者の道を照らしていた。
先頭を歩くウィンストンに続いてユウも中に入る。鐘が鳴ったのか定かではないが室内は相変わらず騒々しい。
受付カウンターに並ぶ冒険者たちの背後を歩きながらウィンストンが口を開く。
「ユウ、この辺りでしばらく待っていてくれ。今日の日当を持ってくる」
「今日は持ってきていなかったんですか?」
「忘れたんだよ。歳のせいじゃねぇぞ。たまにはこんな日もあるんだ」
相手の返事を待たずにウィンストンは受付カウンターの奥へと入っていった。
その姿が見えなくなったユウはやることもないのでぼんやりと周囲を眺める。いつ来ても大体こんな感じである城外支所の隆盛に改めて感じ入った。
往来する冒険者たちを室内の端から何となく見ていたユウは見覚えのある人物に目を向ける。短い茶髪に幼い顔していて体の小さい男の子だ。魔窟の中で1度話したことのある冒険者である。あのときは随分と元気でやたらと落ち着きがなかったのに今は気落ちしているように見えた。
話しかけようか少し迷ったユウだったが、気になることがあったので声をかけてみる。
「ねぇちょっと、君って確かルーサーのパーティメンバーだったよね。ドンだったかな」
「え? あ、あのときの。ルーサーと一緒に組んでた人だったっけ?」
「そうそう。ユウだよ。覚えていてくれたんだね」
「何か用なのかよ?」
「たまたま見かけたから声をかけたんだけど、前のときはかなり元気だったのに今はなんだからしょげ返っているように見えたから気になって」
「ああ、うん。今ちょっと困ったことになっててね。それでだよ」
「理由は聞いてもいいのかな?」
ためらいを見せるドンがしばらく考え込んだ。その様子を見たユウは相手が口を開くのを待つ。
「うーん、ルーサーの知り合いだからいいかなぁ。実はオレたちのパーティ、今魔窟に入ってないんだ」
「え、活動していないの? なんでまた?」
「ほら、最近魔窟の中があっちこっち変わるだろ? あれのせいで3日前に帰り道がわからなくなった上に、仲間3人が落とし穴に落ちちまったんだ」
「ええ!? 大変じゃないか! ルーサーも落ちちゃったの?」
「うん。それで落ちなかったオレたち3人が1階に降りてルーサーたちを連れて帰ったんだけど、それが結構な大怪我だったんだ」
「あの、先に聞くけど、みんな生きているんだね?」
「それは大丈夫だぜ。ただ、骨を折ったりしてかなり大変な状態だったんだよ。それで、このままじゃどうにもならないって、しょーがなく城外神殿で治療したんだ」
「それで助かったんだ。良かった」
「死なずに済んだのはな。けど、何て言うか、あれだけ大変なことになったから、ルーサーたちを一旦休ませようってことになって、今は宿で休んでるんだ」
「そうなんだ」
思った以上に大事になっていてユウは目を見開いた。ルーサーのパーティは2階で活動していたので3階を巡回しているユウにはあずかり知らぬことだったが、2階を巡回していたら何とかできたのではとつい思ってしまう。
それでも、生きて魔窟から生還できたことにユウは胸をなで下ろした。落とし穴に落ちて死んだ冒険者を何人も見ているだけに、あの罠に引っかかっても生きていることに運の良さを感じる。
「罠にかかったのは残念だけど、とりあえず生きているのならまたやり直せば良いんじゃないかな」
「うん、まぁ、そうなんだけどさ」
「どうしたの?」
「カネがなくなってどうしようって今みんなで悩んでるんだ」
「蓄えが残り少ないから困ってるってこと? また魔窟に入って稼ぐしかないんじゃないの?」
「そうなんだけど、装備がほとんどないんだ。落とし穴に落ちたときに壊れたり、怪我人を運ぶときに置いてきたりして」
「あーそれは」
「でもそれだけだったらまだ何とかなったんだよ。最悪だったのは、城外神殿で治療したときに払ったカネなんだ。魔法1回につき金貨1枚って何だよあれ! そのせいでルーサーなんて金貨6枚も払うハメになっちまったんだ!」
「6箇所も傷を治したの!?」
「ルーサーは右手で体を庇ったのと右足から落ちたからたくさん骨を折ったんだ。それに、他にも体を痛めていてそこを魔法で治療したから。他の2人もルーサーほどじゃないけど似たようなものなんだ」
大きく目を見開いたユウは絶句した。総額がいくらになったのか怖くて聞けないが、今のユウの財産がほぼ吹き飛びそうな額なのは想像できる。他人事ながら胸が苦しくなった。
しばらく黙っていた2人だったが、何とかユウが声を出す。
「でも、よくそれだけの治療費を支払えたね」
「それまで稼いでたからだよ。本当に調子が良かったんだ。ああでも、魔窟の中が変わっちまったせいでみんなおじゃんだけど」
「悲惨すぎで言葉が見つからないけど、死んだらそれまでなんだからやり直せるだけましだと思う。少なくとも、ドンたちはどうやったら稼げるようになるのかは知ってるでしょ。だからまた立ち直れるよ」
「そうだね。オレもそう思う」
「でも、そうか。ルーサーはしばらく動けないんだ」
「どうかしたのか?」
尋ねられたユウは返答せずに黙った。しばらく迷っていたがやがて口を開く。
「ドン、ルーサーに伝言を頼めないかな」
「伝言? 別にいいけど。何を伝えるんだ?」
「実は僕、来月にこの町を離れるんだ。そのことを伝えて欲しいんだ」
「え、そうなの? 来月って、もう明後日だろ」
「そうなんだよね。他の人にも会う度にこのことを伝えていたけど、もうそんなに時間がないんだ。それで、ルーサーが今動けないんだったらドンにお願いしたいんだよ」
「うん、構わないよ。伝えておく」
「ありがとう。ところで、手に入れた出現品の武器を換金せずに予備で置いてはいないのかな? ルーサーが僕と組んでいたときにやっていたんだけど」
「あーそれなぁ。実は最近止めたばっかりだったんだ。カネにも余裕が出てきたし、そのとき買えばいいやって。それでその直後にこれだったんだ」
「そうなんだ。それは何て言うか、間が悪かったね」
黄金の発泡酒を立ち上げた後もルーサーは色々考えていたことをユウは垣間見た。そして、実行したことがうまくいかないことはよくあることだ。不運が重なるとこうなるのかと内心震えた。
ふと受付カウンター側へと目を向けたユウはウィンストンが近づいてくるのを目にする。結構話し込んでいたことに気付いた。ドンに再び向き直る。
「話してくれてありがとう。それじゃ、伝言頼むよ」
「うん。人に話して少し楽になった。ユウも元気でな」
話を終えたユウは踵を返してドンから離れた。そのままウィンストンへと近づく。
一方、ウィンストンは遠ざかるドンの背中にちらりと目を向けた。それからユウに話しかける。
「お? ありゃ知り合いか?」
「ええ、この町に来て最初に組んだ知り合いのパーティのメンバーです。ちょっと大変なことになっていると聞きました。魔窟が変わったせいで」
「どこもそんな話ばかりだな。最近多いんだ」
「知り合いのところが巻き込まれたと聞くとやっぱり嫌ですね」
「まぁな。ともかく、日当を持ってきたぞ」
「ありがとうございます。はい、確かに」
「明日がいよいよ最後だ。やっと解放されるぞ」
「僕より嬉しそうですね」
「気のせいだよ。さて、今日はこれで終いだ。明日も頼むぞ」
「はい。わかりました」
報酬を懐にしまったユウは城外支所から出た。暗い夜道を冒険者たちが往来している。その中に混じって南へと進んだ。
月が変わるとアディの町を出ると決めているユウは既に受付カウンターでいくつかの依頼を見ていた。もうそろそろ決めないといけない。
明日辺りにトビーに相談しようと内心で決めながらユウは宿に向かった。




