装備の新調計画
冒険者ギルド城外支所から宿の部屋に戻ったユウは寝台に座って干し肉を食べ始めた。自分の決めたことを人に伝えたことで旅に出ることをより実感するようになる。そうなると次は自分の身の回りに気が向いた。
干し肉を噛みながらユウが最初に気付いたのは着ている服だ。故郷の町の商店の主にもらったものである。最初はだぶついていたが今や丈が合わなくなってきていた。貧しければそのまま着続けるということも珍しくないが幸い今のユウは懐が温かい。
「せっかくの機会だし、買い替えようかな」
繕った箇所がいくつもある服をユウはじっと見つめた。思えば町の中で働いていたときから着ていた服である。あれから町の外に出て、貧民街で暮らし、冒険者になり、そして旅に出た。持っている物の中では最も長い付き合いのある一品だ。しかし、それでも用をなさないのであれば替えないといけない。
一方、革のベルトと革のブーツについては、ブーツの方だけ買い換えることにした。買い替えてから3年になるが、色々と過酷な道を踏破してきたので傷んできているからだ。この機会に服と一緒に取り替えてしまうことにする。ベルトの方は買い替えてまだ半年程度なので問題はない。
口の中の物を飲み込んで再び干し肉を囓ったユウは身に付けている物に目を向ける。ダガーとナイフは手入れをすればまだ使えるのでそのままだ。また、槌矛はどうしようか迷っていた。取っ手以外の木の棒の部分に金属を被せたものを使っているが、最近どうにも軽く感じるようになってきたのだ。老職員との稽古の成果であれば嬉しい限りだが今ひとつはっきりとしない。
この町で買った短剣と丸盾については処分することにした。旅をする身で持てる量と数は限られるので諦めないといけない。
他にも買い替える候補はある。軟革鎧だ。実に4年もユウの身を守ってくれた防具である。幸い大きな破損もなく今まで使っていたが、衣服と同じく大きさに難が出てきた。これを機に硬革鎧に換えようと目論む。
「槌矛以外はこんなものか。出費がものすごいことになりそうだけど。他には、道具の方も見ておこうかな」
残り少ない干し肉を囓ったユウは寝台から立ち上がった。机の下にある背嚢や麻袋を引っ張り出す。1つずつ確認していくが意外に足りない物は少なかった。ぱっと見て気付くのは水と干し肉をまとめて買うくらいだ。
しかし、それでも一部にはやっておく必要のあるものもある。その筆頭が手拭いの製作だ。今はぼろ布を使ったぼろい手拭いしかないが、過去の経験からきちんとした布で作った手拭いが必要である。しかも複数枚だ。後は、地図が不要になるので羊皮紙の表面を削って再利用するくらいである。
「方針は決まったかな。後はこれを今月いっぱいかけてゆっくり実行してい行けばいいや」
考えをまとめたユウはすっきりとした顔で背伸びをした。そうして残りの干し肉を口に放り込む。噛みながら荷物を机の下に片付けた。
窓から外を見ると大体昼下がりだ。いつもよりも部屋を出る時間は遅い。それでも気にすることなくユウは出発した。
裁縫工房『母の手縫い』にたどり着いたユウはいつもと違って静かなのに気付いた。中に入ると子供の声がしない。奥で仕事をしているベリンダに声をかける。
「ベリンダさん、こんにちは。今日は静かですね」
「あの子が外で友達と遊んでるからさ。そこはいつも通りうるさいよ」
「なるほど、納得しました。ところで、古着の洗濯なんですが、今日限りにしますね」
「止めちまうのかい。残念だねぇ。また魔窟にでも入るのかい」
「いえ、実は近々この町を出て行こうかと思って、その準備をしたいんです」
「おやまぁ! 出て行っちまうのかい。まぁ、冒険者だもんねぇ。仕方ないさ」
「それで、今日は服を上下と布を買いたいんです」
「最後の最後で真っ当な買い物をしてくれるわけかい。嬉しいじゃないか。それじゃ洗濯が終わってから買うかい?」
「はい、そうします」
話を終えるとユウは工房の裏手に回った。いつもと同じように洗濯たらいに古着を入れて井戸へと向かう。そこには既に洗濯仲間の女たちがかしましく洗濯をしていた。
いつものように挨拶をしたユウは洗濯を始める。そして、話しかけてきた女たちに向かって近々町を離れることを伝えた。そこから先はもうずっとユウが話の中心だ。好きな女の子はいるのか結婚はしないのかという話以来の質問攻めである。最後の女が井戸を離れた夕方には精神的に疲れ果てた。
洗い終わった洗濯を洗濯たらいに入れて工房に戻ったユウは裏手から中へと入る。
「あら、お帰り。その様子だとあの人たちにこってり質問攻めにされたみたいだね」
「ええそれはもう。ああいう人たちだっていうことを忘れていましたよ」
「それはご愁傷様だねぇ。さて、それじゃ服の話をしようじゃないか。どんなのがいいんだい?」
「今と似たような服があればそれでいいです。あ、できれば色も。大きさは、少し大きめがいいかなぁ」
「だったらこんなのはどうだい? ウール製なんだけどね」
灰色の頭巾を被ったベリンダが足下まである薄黄色のチュニックワンピースを揺らしてユウに近づいた。手にした上下の服を差し出す。
手渡されたユウは両手に持ってチュニックとズボンを眺めた。どちらも灰色である。
「この服って丈夫ですか?」
「まぁ並ってところだろうねぇ。冒険者用の厚手の服の方が良かったかい?」
「あー、あれは夏むちゃくちゃ暑いそうじゃないですか」
「厚手なんだからそりゃそうさ。あんた裁縫ができるんだろ? だったらこれでもいいんじゃないかい」
「わかりました。これを買います」
「ありがとね。上下合わせて銀貨20枚だよ。それと、布は銅貨10枚だよ」
一旦脇の棚に衣服を置いたユウは懐から代金を差し出した。これで新しい衣服はユウの物である。
「それにしてもあんた、最後まで体と服を洗ったんだね。最近は暑くないっていうのに」
「いや何て言うかもう癖ですよ。やらないと落ち着かないっていうか」
「このまま冬まで続けてたら凍えてただろうね。ところで、今着てる服はそのまま持って帰るのかい? それとも、こっちで引き取ろうかい?」
「引き取ってもらうとして、いくらになります?」
「状態もそんなに悪くないし、合わせて銀貨2枚で引き取るよ」
「それじゃお願いします。裏で着替えてきますね」
「そのままそっちに置いといておくれ」
「わかりました」
返事をしたユウは再び工房の裏手に回って服を着替えた。すぐに表に戻って来る。それから布を引き取って裁縫工房を出た。
空が朱色に染まりつつある中、ユウは次いで皮革工房『獣の守り』に向かう。貧民の工房街の奥まった所にある独特な臭いのする石造りの平屋に入る。
相変わらずの臭いに顔をしかめつつもユウは出入口近辺にある棚の革製品に目を向けた。その中から革のブーツへと見る物を絞る。
「いらっしゃい。ここは皮革工房『獣の守り』です。あんたは、久しぶりですね」
「ユウです。ミッチェルさんでしたよね」
「そうですよ。用件は何ですか?」
ぼさぼさの茶髪で不健康そうな白い顔の男がぼそぼそと返答した。
その窺うような態度を気にすることなくユウは用件を伝える。
「実は、今使っている革のブーツの傷みがそろそろひどくなってきたので、新しいのを買おうと思っているんです。旅の途中で穴が開くと困りますから」
「旅ですか?」
「ええ、実は近々この町を出ることにしたんです」
「なるほど、それでですか。中古の品で良ければここの棚の中から選んでください。新調するなら少し時間はかかりますが」
説明を受けたユウは今まで見ていた棚に並べられている革のブーツを1つ手に取った。傷んでいる箇所はなく、やや厚手だ。一言断ってから試しに履いてみる。他にも何足か試した結果、最終的に1足を手に取った。
改めてミッチェルに顔を向けたユウが声をかける。
「ミッチェルさん、これをください」
「ありがとう。銀貨8枚です」
懐から取り出した硬貨をミッチェルに手渡すと、ユウはすぐにその革のブーツに履き替えた。代わりに今まで履いていた革のブーツを差し出す。
「これって買い取ってもらえますか?」
「うーん、これってどのくらい使いました?」
「中古品として買って3年くらいです」
「でしたら銅貨8枚くらいですかね。一般的な買取額ですよ」
「でしたら引き取ってもらえますか」
「わかりました。ではそれで」
先程までユウが履いていたブーツを受け取ったミッチェルからユウは銅貨8枚を受け取った。普段着についてはこれで新調が終わる。迷う要素もなかったのであっさりしたものだ。
さっぱりした上に新しい服に着替えたユウは上機嫌で工房を出た。




