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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第13章 町の外での場外乱闘

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アディの町の中(前)

 老職員に荷物を預けたユウの姿は微妙なものだった。貧民街を回っていたときと身に付けている物は同じなのだが、それは冒険者にしては軽武装で一般人にしては重武装に見えるからだ。


 これは南門から町の中に入ろうとしたときに検問所で門番に首を(かし)げられることになる。問題ではないのだが無視もできないので所持品検査のときに止められた。


 門番の1人がユウに問いかける。


「お前、冒険者だよな? 槌矛(メイス)はともかく盾はどうした?」


「今は持っていません。3階で活動する冒険者が盾を持っているのが普通なのは知っています。でも、町に入るのに盾はいらないでしょう?」


「いやそうなんだがな。軟革鎧(ソフトレザー)を着てるから軽戦士なんだろうけど、3階で活動するには軽すぎる姿じゃないか。荷物だってほとんどない」


「冒険者の証明板もあるじゃないですか」


「しかも銅級。どっかに盾を落っことしてきたって言われた方が納得できるぞ」


「それじゃ町の中へ盾を買いに来たなんて理由はどうですか?」


「はは、財布にゃ充分カネもあるようだし、それが一番もっともらしいな。で、実際のところは何の目的で町に入るんだ?」


「僕は魔窟(ダンジョン)の3階での活動を希望しているんです。ですから参加パーティを町の中で探しに来たんですよ」


「ダメだ、嘘くさくなってきたな」


「それだけの実力があるって証明してくれる人が冒険者ギルドの職員にいますよ。ウィンストンっていうお爺さんですけど」


「誰だそりゃ?」


「おい、さっさとそいつを通せ」


「隊長?」


「めんどくさいジジイなんだよ。本当に呼ばれたら厄介なんだ。証明板も本物だし、さっさと入れちまえ」


「了解。だとさ。良かったな」


 あまり理解していない様子の門番は年配の隊長から命令されてユウを解放した。肩をすくめつつも次の入場者へと取りかかる。


 一方、検問所を通過できたユウは小さく息を吐いた。まさかあんな絡まれ方をするとは思わなかったのだ。そして、老職員の名前が通用したことに内心驚く。最悪ここに来てもらうつもりでいたのだ。


 自分の信用のなさを改めて確認しつつもユウは跳ね橋を渡った。すぐに城壁に(しつら)えられた門を(くぐ)る。厚さ10レテムもある城壁なのでなかなか重厚だ。


 門を抜けるとそこはアディの町の中である。大通りの両脇には城壁以上に高い建物も珍しくない。


 南門の周辺は旅人の宿泊施設を提供している宿屋のある地区だ。大通りの西側に軒を連ねる宿屋は一般的な人々を対象としていた。ここは町に入れる商売人や旅人、それに3階で活動する冒険者たちが寝泊まりしている。一方、大通りの東側に連なる宿屋は裕福な人々を対象とした高級宿屋だ。裕福な商売人や珍しいところでは有名な旅芸人の一座も宿泊することがある。


 今回ユウが指定された宿屋『春の穴熊亭』はこの大通りの西側にあった。教えられた通りの場所にあるのならば、大通りから路地に入った所にある石造りの3階建ての宿屋であるはずだ。


 1つずつ目印を確認しながら、たまに周りの人に聞きながらユウは大通りから路地へと入った。そうして少し迷ってから可もなく不可もないありふれた建物を見つける。


 石造りの建物の1階に(しつら)えられた木製の扉をユウは開けた。中は薄暗く、扉付近に受付カウンターがあり、その奥には辛気くさそうな人物が座っている。


「1泊したいんですけど、部屋は開いていますか?」


「1人かい?」


「そうです。個室があれば泊まりたいんですけど」


「大丈夫、あるさ。個室で1泊だと銅貨3枚になるよ。前払いでね」


 見た目に反して意外に明るく気さくな宿主の返答にユウは安心した。これで満室だと言われたら仕事でいきなり蹴躓くところである。


 受付カウンターに銅貨3枚を置いたユウは鍵を受け取った。2階の部屋を指定されたので受付カウンターの端にある階段を登る。鍵を使って錠を開けると扉を引いた。中は狭く、1人用の木製寝台が1台、採光用の窓の脇に木製の机と丸椅子が1つずつと簡素である。冒険者の宿屋街の個室と大差ない。


「ふう、とりあえずここまでは来ることができたっと」


 寝台に座ったユウは大きく息を吐いた。検問所で少し引っかかったが予定通り町の中に入って宿屋で部屋を借りることに成功する。ティモシーがこの宿を指定した理由は不明だがそこに疑問は感じていない。


 それよりもこれからだ。相手が接触してくるまで観光である。実は故郷で町の外に出て以来の町の中なので、勝手がわかったりわからなかったりとかなり感覚は怪しい。


 しかし、同時に楽しみでもあった。何しろ故郷よりもずっと大きな街だ。観光のしがいがあるのは確実である。ただ、検問所で参加できる冒険者パーティを探すと言った手前、そのふりもしておかないといけない。誰が見聞きしているかわからないからだ。


 他には、外出するときは必ず身の回りの物をすべて持って行く必要がある。声をかけられたときに荷物を取りに帰れるとは限らないからだ。衣服一式以外の持ち物と言えば、冒険者の証明板、財布代わりの巾着袋、槌矛(メイス)、ダガー、ナイフ、軟革鎧(ソフトレザー)くらいである。今回は幸福薬はもちろん、悪臭玉さえ持ってきていない。


「とりあえず、外に出ないと話にならないかな」


 腰から水袋を取り出しながらユウはつぶやいた。今回の仕事の性質上、部屋に長居はできない。観光をするように指示されているということは、監視役の何者かに見張られないといけないからだ。


 口を湿らせたユウは寝台から立ち上がった。水袋を腰にくくり付けると部屋を出る。1階に降りると受付カウンターに鍵を置いた。そして、奥に座る店主に声をかける。


「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


「なんだい?」


「冒険者がよく集まるところって知っていますか?」


「そりゃもちろん知ってるよ! 最も集まる場所はここ宿屋街だね! 何しろ寝床がないと生活できないからな!」


「あー、まぁ確かに」


 まさかの回答にユウは返事ができなかった。言われてみればその通りである。人間、何はともあれ拠点がないと落ち着かない。そして、体を休める場所は絶対に必要なのだ。そういう意味で宿屋という回答は正しい。


 問題なのは、その正しい回答がユウの求めていたものとは異なるということだ。まさか部屋を1つずつ回って冒険者たちに声をかけるわけにもいかない。


 困惑しているユウに対して、見た目が辛気くさそうな宿主が明るく笑う。


「はは、冗談だよ。質問の意味はわかってるって。この町の西門近くにある歓楽街だよ。ここからだと大通りを出て北に進むと東側に商館と中央広場が見えてくる。それで、ギルドホールまで来たら大通りを西に曲がるんだ。後はまっすぐ西門まで行けばいい。大通りの南側に酒場が並んでるよ」


「ありがとうございます」


「いいって。もしかして、どこかの入れるパーティを探そうとしてるのかな?」


「はい、よくわかりましたね」


「宿主なんてやってるといろんなお客を見るからね。何となくわかるんだ。特にあんたのように冒険者の格好をした客が1人ってときは大抵そうなんだよ」


「ということは、割と僕みたいな人は多いんですか?」


「さすがにそんなにしょっちゅうは見かけないよ。たまにさ。で、そういうのは歓楽街の酒場に繰り出すんだ。後は、わかるだろう?」


「ええ、まぁ」


「そうそう、歓楽街の裏側にももう1つお楽しみがあるんだ。何かわかるかい?」


「お楽しみですか? いえ」


「女だよ、女。酒を飲んで気が大きくなったり緩んだりした冒険者は大抵そこに行くんだ。町の外の女とは違って中のは逸品ぞろいだからね。中にはハマるのもいる」


 口に手を当ててにやにやと笑う宿主にユウは顔を引きつらせた。確かにそういう場所もあることくらいは想像できるが、今必要なのはそういう情報ではない。


「そ、そうですか。参考になりました。ありがとうございます」


「いいよ。あ、そうそう、もう1つ。歓楽街で羽目を外してたまに一晩戻って来ない冒険者もいるけど、気を付けてほしいことがあるんだ」


「なんですか?」


「基本的に1泊っていうのは、翌日の四の刻の鐘が鳴るまでなんだ。だから、朝帰りして部屋で寝たとしても、再び宿泊費を払わなかったら昼には出て行ってもらわないといけないことを覚えておいてくれないか」


「なるほど」


「あんたがこの後どうするのかは知らないけど、このことだけは覚えておいてほしい。ここら辺の大抵の宿もそうなってるはずだから知っておいて損はないよ」


「わかりました。ありがとうございます」


 嫌らしい笑顔から普通の顔に戻った宿主にユウは礼を述べた。余計な情報ばかりではなく必要な情報も教えてくれるのはありがたい。


 聞くことを聞いたユウは受付カウンターから離れて宿を出た。

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