町の中での仕事
月も3分の2を過ぎると気候の変化がはっきりとしてくる。あれだけ強烈だった日差しもこの頃になると以前に比べてましになってきたことを実感できた。
それでも昼間はまだ暑いある日、ユウはいつも通り修練場へと向かう。いつもの感覚で集合場所に向かうと今日はティモシー以外に何人もの人々が集まっていた。
面食らったユウが恐る恐るティモシーに声をかける。
「ティモシーさん、おはようございます?」
「なぜ疑問形なんだ。報告は昨日聞いたから必要ない。それより、今から昨日話したジェフとエディーのねぐらにこの者たちを案内しろ」
「あ、そうでしたね。それじゃエディーの家から案内します。あっちはまだ中を荒らされていませんでしたから」
「妥当だな。それともう1つ、案内が終わったらこっちに戻って来い。そして、受付で俺を呼び出せ。別の話がある」
「わかりました。それじゃ皆さん、行きましょう」
無表情な目を向けてくる8人に声をかけるとユウは踵を返して歩き始めた。ティモシーと同じ代行役人が2人と恐らくその助手が6人がそれに続く。
後ろに続く8人を先導しながらユウはややゆっくり歩いた。冒険者の道に出て南下し、貧民の道を東に進み、貧民の歓楽街へと入り、そのまま貧民街まで進む。
その間、ユウにとって周囲の視線が実に居心地の悪いものだった。嫌われ者の代行役人を先導しているのだからどのような目で見られているのか想像できるだけに尚更だ。できるだけ何も考えないように前だけを見て進む。
最初の提案通り、ユウたちはまずはエディーのねぐらに到着した。周辺の住民が静かにざわつく中、4人の男たちが開かない扉を壊して中に入る。そのまま中から出てこない。
「次の場所に案内しろ」
「こっちは放っておいても良いんですか?」
「あの4人だけが担当だ。我々は違う」
もう1人の代行役人に命じられたユウはその言葉に従って再び歩き始めた。そうして貧民街の中を進む。どうにもやりにくい。
それでも黙って歩き続けたユウは次の目的地であるジェフのねぐらに到着した。既に人が入った後だと一言告げると道を譲る。4人の男たちはそのまま中に入った。
役目を終えたユウはそそくさとその場を離れる。こうも大々的に代行役人を連れて貧民街を歩き回っては目立って仕方ない。当分は歩けば後ろ指を指されるだろうし、子供たちはもう寄ってこないだろう。
ため息をついたユウはそれでも冒険者ギルド城外支所へと戻った。嫌な顔をするトビーにティモシーを呼び出すように頼んでから修練場で待つ。
当人は裏口からすぐに姿を現した。ユウの目の前に立つとすぐに口を開く。
「あいつらをちゃんと案内したか?」
「はい。家の中に入るのを確認しました。それと、あの人たちを堂々と案内したんで、これから貧民街での調査は難しくなるかもしれません」
「当面それは気にしなくてもいい。お前には別のことをやってもらう」
「別のこと? 何です?」
「城外神殿からの要請で、お前は例のフードを被った信者を町の中で監視することになった。そいつの顔を見ているお前なら例の信者を特定できると期待してのことだ」
前にオーウェンから聞いていたことが実現したことにユウは少し目を見開いた。
そんなユウを無視してティモシーが話し続ける。
「今回の仕事でお前はできるだけパオメラ教との関わりを伏せる必要がある。よって、これから当面の間は町の内外で神殿や信者に近づいてはいけない」
「向こうの連絡役のオーウェンさんとも会っちゃいけないんですか?」
「駄目だ。少なくとも今回の仕事の間は絶対に近づくな。というより、お前はこれからすぐに町の中へと入り、町の宿屋街にある宿屋『春の穴熊亭』に宿泊するんだ。そして、しばらくの間そこで過ごしつつ、町の中を観光すること」
「観光ですか。もしかして貧民街を見て回ったときのような感じですか?」
「それに近い。ただし、あくまでも観光だからな。貧民街のときのように子供に餌付けするというようなことはするな」
「わかりました」
「数日観光をしてお前の身辺に問題がないことがわかれば、城内神殿の関係者が接触してくる。そこで『博打に栄光あれ』と言われたら『博打に栄光なし』と答えろ」
「なんですか、その言葉は?」
「合い言葉に意味はない。いちいち考えるな。とにかく、お前はこれから町の中にすぐ入ること、パオメラ教の関係者には近づかないこと、観光をしてひたすら待つことを心がけろ」
念を押されたユウはうなずいた。しかし、すぐに何かに気付く。
「ティモシーさん、今回の仕事は何日くらいなんですか?」
「相手次第だな。この相手とは、城内神殿の連中とフードを被った信者の2つだ。数日で終わるかもしれんし、1週間以上かかるかもしれん」
「僕は今、冒険者の宿屋街で宿の部屋を契約しているんですけど」
「そこは自分で好きにしろ、先払いで部屋を確保し続けるなり、部屋を引き払うなりな」
「えぇ、今すぐ判断しないといけないんですか。困ったな、部屋に置いてある道具があるのに」
「そんなことを俺に言われても知らん。さっきも言ったように自分の好きにしろ。まぁしかし、そうだな。どうしてもいうのなら、ウィンストンに預かってもらえ」
「え、ウィンストンさんにですか?」
「あいつ、お前には妙に甘いからな。頼めば案外引き受けてくれるかもしれんぞ。それともこの城外支所の保管制度を使うかだな」
「ここの保管制度ってどの程度信用できるんですか?」
「金目の物は危険だな。道具は案外しっかり預かってくれるぞ」
「宿の部屋を維持しておいた方がまだましですね」
「あそこだって長期間放っておけば怪しいがな。たまに宿主が開けて入ることもある」
にやにやと笑うティモシーの前でユウは肩を落とした。こうなると何としてもウィンストンに預かってもらうしかない。
「俺からの話はこんなところだな。おっと、大切なことを忘れていた。今日の日当を渡してやろう」
「ありがとうございます」
「それともう1つ、こっちは城外神殿から預かっている滞在費だ」
「そんなのがもらえるんですか? うわ、大金ですね」
「町の中はとにかくカネがかかるからな。知っているかどうかは知らんが、あそこだと鉄貨は使えんぞ。注意しておけ」
意外に重い革袋を受け取ったユウは中を見て目を見開いた。銀貨がぎっしりと詰まっている。つまり、それだけ滞在するかもしれないということだ。ますますウィンストンに荷物を預かってもらうことを決意する。
話を終えたティモシーにウィンストンを呼ぶように頼むとユウは修練場で待った。すぐに裏口から呼ばれた老職員がやって来る。
「久しぶりだな。元気にこき使われているか?」
「はい、今度は町の中に行くことになりました」
「ほう、町の中にか。冒険者があんな所に行って何をさせられるんだかなぁ。ああ、しゃべんなくていいぞ。聞いてるわけじゃねぇからな。で、何の用なんだ?」
「どのくらい町の中で仕事をするかわからないんで、外に出てくるまで荷物を預かっておいてほしいんです」
「なんだと?」
「ティモシーさんからできるならそうしておけって言われたんです」
「あの野郎」
眉をひそめたウィンストンがつぶやいた。冒険者にとって自分の物は自分で何とかするのが原則だ。信頼できる人物に預けるということは確かにあるが、冒険者から職員個人というのは一般的にはない。
「ギルドの保管制度を利用しろって普通は言うんだが、信用できねぇしなぁ」
「金目の物は危険で、道具は案外しっかり預かってくれるそうですね」
「盗んで目立つかどうかってのが正確な目安だな。小物だと道具でもなくなりやすい」
「うわぁ」
「しゃぁねぇ。預かってやる。荷物はいつ持ってくるんだ?」
「これから宿に戻って部屋を解約しますからその後すぐです。元々は背嚢の中に入っていた物を外に出してあるんで、また詰めてから持ってきます」
「そうしてくれ。細かいのは困る」
「これから荷物を取りに帰ります。トビーさんに呼び出してもらったらいいですか?」
「それでいい」
承知してもらえたユウは笑顔で踵を返すと宿に戻った。部屋に入るなり、机の下に置いてある荷物を引っ張り出して背嚢に詰めてゆく。アディの町に来てから増えた道具は麻袋に入れて武具共々背嚢に縛り付けた。
準備ができると背嚢を部屋から引っ張り出して宿の受付カウンターまで持って行き、そこで部屋の鍵をアラーナに返した。契約解除の件を伝えると驚かれる。契約の期限は明日なので1日早いが仕事の都合でこの場で契約を終了すると改めて伝えた。
女宿主と雑談をしている間にユウは背嚢を背負う。少し重い。しっかり背負えたことを確認すると別れを告げて宿を出た。




