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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第13章 町の外での場外乱闘

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眉をひそめる再会(後)

 裏路地を進むほどに血の臭いが満ちていく。両脇の店からかすかに聞こえる楽しげな声が別世界の出来事にしか感じない。


 その中を顔をしかめたユウは足下に気を付けながら歩いた。それほど遠くではなかったので現場にすぐ着く。狭い地面に6人が横たわっていた。


 1人ずつ見ていくと誰もが血だまりの中で動かずじっとしている。文字通り息すらしていない。ユウはかつて魔窟(ダンジョン)で会ったときのことを思い出そうとしたがほとんど思い出せなかった。


 その中で1人知っている顔の人物がいた。長めの髪を束ねた男だ。以前は曖昧な笑みを浮かべていたが今は苦しそうに息をしている。


 片膝を付いたユウは顔を近づけた。それから声をかける。


宝の回収者トレジャーレトリバーズのジェフですよね?」


「だ、誰だ?」


「冒険者のユウです。前に魔窟(ダンジョン)で冒険者の証明板を渡してもらったときに話をしたことを覚えていますか?」


「あのときの! こんなところで会うとは」


「偶然近くを通りかかったんですよ。それで、今エディーと争っていましたよね」


「見ていたのか。ぐっ!」


 話している途中でジェフが顔をしかめて呻いた。しばらく荒い呼吸を繰り返す。


 そばで片膝を付いているユウはじっと待った。その様子からもう長くはなさそうだが無理にしゃべらせるわけにもいかない。


「ここで会ったのも何かの縁だな。本当は自分でやりたかったが、お前に託そう」


「何をです?」


「幸福薬というのは知ってるか?」


「最近貧民街で出回っているということなら知っています。貧民の市場で売られているらしくて、貧民街の南部で広がりつつあるとか」


「なら話が早い。貧民の市場で売られてるのは確かだ。大体、商売がうまくいってない質屋や買取屋が副業で始めることが多いらしい。俺が贔屓にしてたイアンとランドンの店もそうだ。あのバカどもめ」


「質屋のイアンに買取屋のランドンですか。知り合いの評判は悪いですね」


「ハッ、クソみたいな連中さ。あいつらのせいで、エディーたちが薬に手を出しちまったんだ。おかげであいつらは仕事は失敗が多くなるし、取った品物までちょろまかすようになりやがった、ぐっ!」


 苦しんだジェフが再び呻いた。いよいよ危ない。


 思わぬ話を聞けたユウは先を急かせることにした。他に知っていることがあるのなら聞き出さなければならない。


「それで、他に何か知っていますか?」


「仲間に手を出された俺は、最初ランドンに詰め寄ったが話にならなかった。だから、あの薬がどこから来てるのか調べたんだ。するとどうだ、あの薬、町の中から南門経由でこっちに流れてたんだ」


「え、幸福薬が町の中から!?」


「さすがに町の中は無理だから、町の外だけを調べたんだ。そうしたらあいつら、貧民街に隠れ家を作って持ち込んでいやがった。ごほっ!」


 血を吐き出したジェフが苦しそうに呻いた。しかし、その力は弱々しい。


 肝心な話を聞けていないユウは焦る。


「隠れ家!? 誰がどこに!?」


「俺のクランの配下のパーティで幸福薬に手を出したヤツがいる。さっき逃げたエディーたちがそうなんだが、止めようとして」


「ジェフ、それよりも隠れ家の話を!」


 ユウの声に反応しているのか、ジェフの口はかすかに動いていた。しかし、それは声にならず、やがてジェフの動きはすべて止まる。


 息を飲んでじっとしていたユウだったが、もうジェフが何も答えてくれないことを知って大きなため息をついた。顔の苦悩の表情を浮かべる。


「失敗した。肝心なことが聞けなかった」


 最も聞きたかったことを聞けないままユウはジェフを逝かせてしまった。要点だけ聞けるよう誘導するべきだったのだが後で気付いても遅い。もっと自分の都合を優先するべきだったのだ。


 しばらく落胆していたユウだったが大きく息を吐き出して表情を引き締めた。これからどうするべきか考える。


 代行役人であるティモシーに連絡するのは当然だが、今は既に七の刻の鐘が鳴り終わっていた。冒険者ギルド城外支所は閉まっているだろう。扉を叩いて無理矢理開けさせて連絡することを思い付くが時間がかかるかもしれない。駄目な場合は換金所の職員を動かせば良いことに気付く。


 次いでこの裏路地に横たわる死体だがもちろん1人では運べない。しかし、放っておくとどうなるだろうか。金品だけならまだしも、何か重要なものを盗まれたら困る。


 そこで自分が今探せば良いことにユウは気付いた。とりあえずジェフの死体だけでも何かないか探してみる。まだ温かいその死体に不快感を感じるがそんなことは言っていられない。しかし、取り出せたのは冒険者の証明板だけだった。


 他の5人も調べてみたユウだったが、聞き出せなかった話に繋がる手がかりは見つけられない。立ち上がったユウはため息をつく。


「仕方ないか。まずは冒険者ギルドに行かないと」


 厳しい顔をしたユウは未練を断ち切るように脚を動かしてその場を離れた。貧民の歓楽街から抜けて貧民の道に出ると酔っ払いを機敏に避けながら先を急ぐ。


 冒険者ギルド城外支所にたどり着いたユウはすべての扉が閉じているのを目の当たりにした。表側の扉を叩いても出てくれる可能性は低そうなので裏手に回る。


 いつも老職員や代行役人が出入りしている裏口の前に立つとユウはその扉を叩いた。同時に叫ぶ。


「冒険者のユウです! 代行役人のティモシーさんを呼んでください! 殺人事件が起きました! 急いでるんです!」


 当然1度ですぐに裏口が開くわけがない。何度も繰り返し扉を叩きながら叫ぶ。


 そろそろ換金所の方に行こうかとユウが考え始めたとき、ようやく扉が開いた。そこから不機嫌な様子の職員が顔を出す。


「こっちの仕事はもう終わってんだ! わざわざ裏口に回って扉を叩くんじゃねぇ!」


「冒険者のユウです! 代行役人のティモシーさんを呼んでください! 殺人事件が起きました! 急いでるんです!」


「代行役人だぁ? あいつらなんぞとっくにみんな帰って」


「いないぞ。後は俺が聞く。お前は帰っていいぞ」


 しゃべっている途中で後ろから声をかけられた職員が目を剥きながら振り向いた。そこには無表情のティモシーが立っている。


 目を白黒とさせている職員の横を通り抜けて建物の外に出たティモシーは裏口の扉を閉めた。そこから少し離れた場所まで歩いて振り向く。


「随分と騒がしいな」


「ごめんなさい。でも、急いでるんです。冒険者ギルドも閉まっちゃってましたから受付カウンターも使えなかったですし」


「お前からそこまで急ぐ連絡があるとは思ってなかったな。今度からは換金所の連中に取り次いでもらえ。それで、殺人事件だと騒いでいたが?」


 問われたユウは貧民の歓楽街での出来事を伝えた。漁り屋(スカベンジャー)のクラン内で殺し合いがあったこと、幸福薬絡みであること、ジェフが伝えた内容などだ。最後に回収した冒険者の証明板をティモシーに差し出す。


「これがジェフたちの証明板です。他に重要そうなものはなかったのでそのままにしてきました」


「隠れ家の具体的な話が聞けなかったのは手痛いな。しかし、幸福薬が町の中から運ばれているのか。しかも貧民街に隠れ家を持ってるとなると、これはいよいよ本格的だ」


「そうですね。でも、あんなもの町の中でどうやって作るんでしょう?」


「さぁな。町の中には手を出せんから何とも。ただ、町の外なら我々の管轄内だ。見つけ出す必要がある。とりあえず、今からその場所に案内しろ」


 命じられたユウはティモシーを先導して来た道を引き返した。満月に近い月明かりのおかげで周囲は視界が利く。今になってそんなことに気付いた。


 2人は貧民の歓楽街に入ると路地を進む。代行役人の姿であるティモシーを見ると酔っ払った男たちは嫌そうな顔をして道を空けた。やがて裏路地に入る。ここは月明かりが届かないのでかなり暗い。奥に入って十字路に差しかかるとそこを曲がる。


「ここです」


「これか」


 ユウに案内されたティモシーは前に出て横たわる死体に目を向けた。たまに屈んで死体をまさぐる。


「金品の類いがないな。ユウ、お前が抜き取ったのか?」


「違います。僕が取ったのは冒険者の証明板だけです」


「そうなると、早速コソ泥が湧いたか」


 立ち上がったティモシーが顎に手を当てて黙った。少し間を空けてユウに顔を向ける。


「現場の捜査は明日本格的にする。それまでここをこれ以上荒らされるわけにはいかん。そこでだ、ユウ、明日俺がここに来るまでこの現場を見張ってろ」


「ええ!? 今から1人で? 一晩丸々ですか?」


「肝心なことを聞き出せなかった罰だと思え」


「そんなぁ」


 すっかり宿に帰る気でいたユウは目を剥いた。当然のように言い放ったティモシーは踵を返してその場を立ち去る。


 呆然とした顔のユウはしばらくのそのままだった。

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