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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第1章 冒険者未満
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もう1人の新人

 リーダーがニックに代わって2週間が過ぎた。初日にダニーの戦力不足が露呈したものの、それ以外は安定している。


 そのダニーだが、先週の休息日に念願の剣を手に入れた。冒険者を目指す少年にとってそれは夢に一歩近づいた具体的な証である。


「へへへへ、いいなぁ。たまんねぇぜ、へへへへ」


「ダニー、あんた気持ち悪いわよ」


 剣を手に入れてご満悦のダニーの態度を見て、エラはおぞましい虫に向けるような視線を突きつけた。もちろん今のダニーにそんなものは効果がない。


 この日は10月2度目の安息日だ。ユウはビリーと勉強会をしている。単語もある程度覚えたビリーには文法や文章を教えているところだ。今は降臨祭のときに手に入れた古い羊皮紙に書かれた文章を解読している。


 その脇でビリーに教えられた通りに薬を作っているユウは手を休めていた。獣の森に行く日は早朝に走り込みをしているので安息日の朝は体がだるい。さすがに初日のように時間いっぱいまで走ることはしていないが、それでも疲労は少しずつ溜まるのだ。


 手が止まっているユウを見たビリーが声をかけてくる。


「さすがに毎日走ってると疲れるよね」


「先週ほどじゃないけどね。今朝は走ってないからましだよ」


「それでも夕方は素振りをするんでしょ?」


「今日も含めてやらないと週4日にならないからね。あんまり少ないと効果が薄いし」


「冒険者になるわけでもないのに大変だねぇ」


「獣の森が危険すぎるんだ。獣は採取組だからって見逃してはくれないし」


「確かに。ああそうだ、ここを教えてほしいんだけど」


 古い羊皮紙を差し出されたユウはビリーの示す一文を目で追った。こうして安息日の朝は過ぎていく。


 昼前になるとチャドとパットが帰って来た。台所で鍋の中身をかき回していたエラを手伝う。続いてアルフも姿を見せた。右足を庇うように歩いて丸椅子に座る。


「ダニー、ユウ、こっちに来てお鍋をそっちに移してー!」


 台所からエラの元気な声が室内に響いた。製薬の道具を片付けていたユウと自分の剣を眺めていたダニーがすぐに立ち上がる。


 いつものスープを木の皿によそって皆が食べ始めた。そこでユウがつぶやく。


「ニックとケントはまだ帰って来ていないんだ」


「冒険者ギルドに行くって朝に言ってたね。俺とは別に新しい子を探してくれているみたいだよ」


「アルフさんの方は順調に進んでいるんですか?」


「うちに来たいっていう子なら結構いるんだけどね。実際に迎え入れるとなると難しいよ」


「早く来てほしい」


 口の中の物を飲み込んだパットがぽつりとつぶやいた。ユウとアルフに目を向けていたが、すぐに目の前の木の皿へと戻す。


 その様子を見て2人は苦笑いした。今新人を探しているのはパットの要望でもあるからだ。早く迎え入れられると良いが焦るわけにもいかない。


 普段とあまり変わりのない話をしながら皆が食事をしていると、家の中に人が入って来た。全員がそちらへ顔を向けるとニックとケントと茶髪の不安そうな顔をした少年が立っている。その少年はときおり顔をしかめかけては表情を元に戻そうとしていた。


 食事をしていた中でアルフが代表して問いかける。


「ニック、その子は誰なんだい?」


「マークっていうんだ。さっき冒険者ギルドで誘ってきた」


「あの、マークです。先月まで町の中で宿屋の雑用係をしてました」


「この2週間ずっとギルドで仲間探しをしてたがうまくいかなくて、手持ちの金がもうないんだそうだ」


「い、行くところも帰るところもないんです。だから、もうここ以外に頼るところがないんです」


 そばかすのある顔を不安そうにさせたマークが訴えた。悲壮感のある言葉だ。


 しかし、そのマークの紹介を聞いていた側の反応は微妙だった。周りの顔色を伺っているように見えて感じが良くない。


 今度はダニーが口を開く。


「町の中で働いていたって、町民なのかよ?」


「いえ、違います。元々は父さんが旅人だったんですが、この町の宿に泊まったときに置いてけぼりにされたんです。それ以来その宿で働いてたんですが、主人が代替わりしたときにお前はもういらないって言われてしまって」


「うわー、色々ひっでーなー」


 尋ねたダニーはマークの返答を聞いて顔をしかめた。親の顔を知らない子も珍しくない貧民街だが、だからといって子供の扱いに対して何も思わないわけではない。


 ひたすら食べているチャドの隣のエラが、次いで首を(かし)げながらマークに尋ねる。


「さっきから顔をしかめたり戻したりしてるけど、どうしたの?」


「いえ、それは、あの」


「たぶん、貧民街の臭いがきついからじゃないかな。僕もやって来たばかりのときは鼻がひん曲がりそうだったもん」


 言いよどむマークに代わってユウが説明した。おびえの混じった顔をしていたマークが目を見開く。他の仲間は納得した表情になった。


 目をユウに向けたアルフが尋ねてくる。


「ユウは臭そうな顔をしてなかったよね?」


「我慢していたんですよ。僕も町の外に出たばっかりで、行くところも帰るところもありませんでしたから必死だったんです」


「なるほどね。でもユウは算術で買取担当者のごまかしを防いでいたから、そこまで気にしなくても良かったんじゃないのかい?」


「グループに入ることで働く場所は確保できましたけど、あのとき寝床はまだ決まっていませんでしたから。お金をかける余裕は今以上になかったんです」


「きみも色々と考えているねぇ」


 感心したかのようにアルフが何度もうなずいた。他の仲間は意外そうな表情で目を向けてくる。


 その中で、1人マークだけは驚きの目をユウに向けていた。わずかに震える声でユウに話しかける。


「あんたも町の中で働いていたんですか?」


「うん。僕は半年くらい前に解雇されたんだ。町民じゃないからこっちに出てくるしかなくて、あの城外支所っていう冒険者ギルドで仲間を探しているときに拾われたんだ」


「僕と同じですね。でも、算術ができるんですか」


「小間物商の商店で商品の在庫管理をしていたんだ。数を数えるのが仕事だから算術は必須だったんだよ」


「すごいです。僕なんて宿の雑用しかできないのに」


「あはは」


 尊敬の念を向けられたユウは体を揺らして椅子に座り直した。無条件の賞賛は何とも落ち着かない。


 挙動不審になりつつあるユウをよそに、周りはマークの話で盛り上がりつつあった。しかし、そこでニックが一言申し入れる。


「なぁ、俺もケントも腹が減ってるんだ。座って飯を食ってもいいか?」


 そこでようやくニックたちが立ちっぱなしであるということを皆が思い出した。


 マークも含めて丸椅子に全員が座ると食事が再開される。食べ始めたばかりのニックとケントは無言でかき込んでいた。食事を勧められたマークは木の匙でスープを掬って口に入れると意外そうな表情をする。


「おいしいですね」


「だろ! ユウが言うには町の中のもんとそんなに変わんねーらしいぜ?」


「そうですね。もっとこう、なんというか」


「まずいって思ったか? ところが違うんだよなぁ! 獣の森で獲物が手に入ったら肉だって入ることもある。これが俺たちのメシだぜ!」


「なんでお前が偉そうに言ってるんだ」


 自分の食事を自慢げに話すダニーに対して一息つけたニックが小言を入れた。料理を作っているのも肉を手に入れているのも今のところダニーではない。


 食事をしているマークをじっと見つめていたパットがアルフに顔を向ける。


「アルフ、これから僕とマークが毎日交代で仕事をするんだよね?」


「来月からになるけどね。最初に2週間くらいは留守番組の仕事を覚えてもらうつもりだから。パットもそうだったろう?」


「思い出した。来月からか」


 話を聞いたパットは天井に目を向けてつぶやいた。さすがに無茶は言えないことくらいは理解している。


 何度かお代わりをして空腹を満たしたニックが木の皿から顔を上げた。そのままマークに話しかける。


「ここでの生活と仕事について話しておくぞ。それとお前にやってもらうこともな」


「はい、わかりました」


 かつてユウが教えてもらったことをニックは1つずつ説明していった。覚えることはそれほど多くはないが、町の中と外で違うこともあるのでマークの反応は様々だ。ニックの説明でマークが理解しきれないところはユウが補足する。


 真面目に話を聞いていたマークだったが、特に自分が担当する仕事については真剣に耳を傾けていた。唯一肩の力を抜いた話は宿屋での仕事である。少し前までやっていたことなので自信があるのだ。


 最後まで話を聞いていたマークの表情は、室内に入ってきたときよりも明るくなっていた。ここでやっていく目算がついたのだろう。


 その様子を見ていたユウは我が事のように喜んだ。

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