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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第13章 町の外での場外乱闘

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噛み合わない巡り合わせ

 六の刻の鐘がとうの昔に鳴り終わり、日が暮れるのもそう遠くない頃にユウは冒険者の歓楽街に向かった。予定よりもずっと遅れて入った酒場『青銅の料理皿亭』の中はほぼ満席だ。カウンターの席が1つだけ空いている。


 心身共に疲れていたユウはその席に体を滑り込ませた。そして、ふと右隣を見ると薄茶色の髪をした穏やかそうな青年が食事をしているのに気付く。


「あれ、キャロル?」


「ユウじゃないか。久しぶり。今から晩飯なの?」


「色々とあってね、いつもより遅くなったんだ。ぎりぎり席が空いていて助かったよ」


「この店も前より客が増えたよね。夏前だったらこの時間帯でももう少し空いていたのに」


「評判になったのかな?」


「それもあるんだろうけど、7月の事件が解決してから、2階で活動するパーティが増えたのもあると思う」


「え、どんな関係があるの?」


 質問した後、ユウはすぐに近くを通りかかった給仕女に酒と料理を注文した。それからまたキャロルへと向き直る。


「2階はヤバいって1階に留まっていたパーティが結構いたらしいんだ。そういう連中が7月の後半から一斉に上がってきて、羽振りの良くなった連中が多くなったんだよねぇ」


「へぇ、知らなかったなぁ」


「目立って増えたのは8月からだから、ちょうどユウが新人の面倒を見始めた頃と重なってるんだと思うよ。ずっと1階にいたんでしょ?」


「先月のいつだったかな。終わりくらいには2階の西側で少し修行させてた。けど、そこまで人が増えていた印象はないかな」


「東側は結構人が増えた感じがしたから、場所によって違うのかもね」


「東の方が稼げるしね」


 注文した酒と料理が目の前に置かれたユウはまず木製のジョッキを傾けた。喉元から胃にかけて通り抜けるのがよく感じ取れる。


「ぷはぁ、おいしい! やっぱり1日の終わりはこれだなぁ」


「そうだね。疲れを洗い落とすためにもこれがないとね」


「キャロルの方は最近調子はどうなの?」


「今は安定して2階を回ってるよ。最近人が多くなって遠くまで行かないとダメになったけど、言ってしまえばそれだけだから。稼ぎは充分にあるから、蓄えを増やすという意味でも当面はこのままかな。稼げるときに稼いでおかないといけないしね」


「そうだね。必要なときは本当にいくらあっても足りないくらいだから」


「確かに」


 肉の盛られた木製の皿から鶏肉を切り取ったユウはうなずいてからそれを口に入れた。口の中に広がるさっぱりとした油が幸せをもたらす。


「ところで、ユウの方はどうなの? ハリソンと面倒を見てる新人は順調に育ってる?」


「昨日独り立ちしたんだ」


「ええ!? 確かまだ1ヵ月だよね? それでもう独り立ちなの?」


「1階の東側の大部屋を6人で勝てるところまで面倒を見るっていうことになったからね、最終的には。それが昨日だったんだ」


「なんか中途半端なところで放り出したように聞こえるんだけど」


「基本的なことは教えて、後は自分たちで考えて攻略させるようにしたんだ。第一、1階の東側の大部屋を自力で突破できないと2階じゃ活動できないでしょ」


「あーなるほど。その大部屋は最初の試練ってわけなんだ」


「その通りだよ」


 話に一区切り付いたユウは木製のジョッキに口を付けてから黒パンをちぎってスープにひたした。何度かかき回してから口に入れる。柔らかくなった黒パンとスープの味が口の中に広がった。


 咀嚼しているユウに対して木製のジョッキをカウンターに置いたキャロルが尋ねる。


「そうなると、ユウとハリソンはこれからどうするの?」


「僕は今日次の仕事が決まったんだ。魔窟(ダンジョン)には入らない仕事なんだけど」


「良かったじゃないか。今度は稼げる仕事なの?」


「まぁね。何とか稼げるように交渉はしたよ。問題は、いつまでやれるかだけど」


「で、何の仕事をしたの?」


「冒険者ギルドの仕事なんだ。大きな声で言えないんだけど」


「指名依頼でもされたのかな?」


「うん。7月のときに僕1人だけ職員のお爺さんと一緒に魔窟(ダンジョン)に入ったでしょ? あれを評価されたみたいなんだ」


「あれかぁ。そうなるとまた魔窟(ダンジョン)に入るとか?」


「いやだから入らない仕事なんだって。貧民街の調査だよ」


「ああそうだっけ。でも魔窟(ダンジョン)に入った実績で街の調査に指名されるの?」


「あのとき僕は戦力としてじゃなくて地図要員として採用されたから、その関係かもね」


「そうだった! なるほどなぁ。それでいつまで?」


「冒険者ギルドの都合次第だって。今月中は続けられるんじゃないかな」


「不安定な仕事だねぇ。僕だったらやりたくないなぁ」


 首を横に振ったキャロルが自分の黒パンをちぎってスープにひたした。それをかき回してから口に入れる。


 その様子を見ていたユウは微妙に後ろめたい気持ちに襲われた。仕事の性質上、公開するのはまずいと判断してぼかしたり嘘をついたりしている。明日からのことを考えると仕方がないことなのだが、どうにも落ち着かない。


「ああでも、もし冒険者ギルドの仕事を引き受けていなかったら、今頃入れるパーティを探し回っていたかな。キャロルのところも入れてもらえないか頼むつもりだったんだ」


「そうだったんだ。ユウなら大歓迎だよ」


「ということは、今も4人パーティなの?」


「そうだよ。4人で安定してるからね」


「だったら僕が入るのはまずいんじゃないかな?」


「人数としてはそうなんだけど、罠が解除できるメンバーがあと1人欲しいんだ」


「何でまた?」


「そのメンバーが罠の解除に失敗して怪我をしたら活動しにくくなるからだよ」


魔窟(ダンジョン)の2階だと、そうか、部屋も通路も関係なく罠があるもんね」


「ユウみたいに罠のある場所をできるだけ避けて進むって難しいからね」


「他の人はあんまりできないんだ、あれ」


「そもそも地図をあそこまできっちりと描き写さないから、普通は」


「ええ!?」


 豚肉の薄切りを口に入れようと摘まんでいたユウは驚いて目をキャロルに向けた。ここで他人の地図を見たことがないことに気付く。


「資料室の地図を写すだけだよ? そりゃ全部写せとは言わないし僕もやっていないけど、必要な部分は描き写すでしょ」


「その必要な部分っていうのが人によって違うんだ。特に描き写すときは面倒がって描かないことが多いんだよ」


「みんな僕くらい描いていると思っていたのに。それじゃ、今はどうしているの?」


魔窟(ダンジョン)の構造はさすがに描いてあるから迷わないんだけど、罠の記載は結構ないことがあるから不意打ちを受けることがあるねぇ」


「どうりで他のパーティが罠で怪我をする話が絶えないわけだ」


 終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)に入ってからの疑問が氷解したユウは呆れた。ため息をついて木製のジョッキを呷る。


 そこで一旦話が途切れて2人は食事を進めた。ユウが次に何を話そうかと考えているとキャロルから話しかける。


「そうだ、ハリソンは今何をしてるの? ユウと同じく新人の面倒はもう見てないんだよね?」


「次に入れそうなパーティを探してるそうだよ。知り合いに声をかけているって聞いた」


「へぇ、そうなんだ。ああ確か、ハリソンも罠の解除ってできたよね」


「できたよ。たぶん僕よりうまいんじゃないかな。最初は僕も教わっていたし」


「だったらハリソンでもいいかな。ユウ、ハリソンに伝えておいてくれない? 俺が罠を解除できるメンバーを探してるって」


「いいよ。同じ部屋で寝泊まりしているから、この後帰ったら伝えておくね」


「ありがとう! 助かるよ」


「それで、落ち合う場所はここでいいの?」


「ああそっか、そうだね。それじゃ僕は当面ここで夕飯を食べることにしようかな」


「前に1度断られた知り合いに声をかけるそうだから、キャロルのパーティに入りたがるんじゃないかなぁ」


「だったらいいなぁ。いやぁ、こういうのって巡り合わせがあるもんだねぇ」


「巡り合わせかぁ」


 不足しているメンバーを補うあてができて喜ぶキャロルを見ながらユウはつぶやいた。確かに巡り合わせというものはあるのだろうが、この場合だとユウは噛み合わなかったことになる。その運に助けられることはあったが今回は駄目だったようだ。


 上機嫌なキャロルがユウに笑顔を向ける。


「今回は残念だったけど、ユウがまた入れるパーティを探すことがあったら相談に乗るよ」


「ありがとう。メンバーを募集しているパーティを紹介してくれたら嬉しい」


「いいよ。俺にだって知り合いはいるしね。いいところを紹介するよ」


「なんか定着できないんだよなぁ、僕」


「まぁそういう運なのかもしれないねぇ」


 愚痴を漏らしたユウはキャロルから哀れみの眼差しを向けられた。その後、しばらくして別の話題に移る。


 様々な話題でキャロルと盛り上がったユウだったが、心のどこかでこのことが燻り続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 豆な作業ができる人材は得難いでしょうな ユウが安定しないのは作者のせいなんだよなぁw
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