城外神殿の繋ぎ役
精神的に疲れる代行役人ティモシーとの話が終わったユウは次いで裁縫工房で洗濯をする。気分はすっかり1日が終わって寝る前の状態だ。しかし、実際にはまだ昼下がりと1日は半分もあったので更にげんなりとする。
仕事に関係する有力な噂話を聞けないまま洗濯が終わったのは夕方だ。同じ時間帯でも日の入りが早くなっているので空が朱くなるのも早くなってきている。
そろそろ酒場に行きたいなと思いつつもユウは冒険者の歓楽街とは反対方向へと足を向けた。貧民の工房街からはそう遠くない。
程なくしてユウは手入れの行き届いたきれいな城外神殿へとたどり着いた。そのまま建物の裏手に回るといつぞやのときと同じようにパオメラ教の信者による炊き出しが行われている。
「ネイサンさん、こんにちは」
「おや、ユウではありませんか。あちらで少し待ってください。オーウェンも呼びますね」
振り向いた白っぽい金髪の爽やかな信者が笑顔で返答した。今自分でやっている作業を別の信者に任せてから離れた場所にいる童顔の信者を呼びに行く。
以前と同じく炊き出しから少し離れた所に移ったユウはネイサンの姿を追った。城外神殿に勤める信者は全員が灰色のローブを身に付けているので見分けが付きにくい。しかし、近づいてくる2人組の信者の顔はどちらも知っているのですぐに判別できた。
柔らかい笑みを浮かべたネイサンが近づいてからユウに声をかける。
「お待たせしました。今回、あなたは冒険者ギルドから遣わされたということでよろしいですか?」
「はい。代行役人ティモシーの元で働くことになりました。幸福薬と灰色のローブの何者かについての調査と城外神殿との連絡役をすることになります」
「それは素晴らしいです。聞いていた通りで安心しました。こちらはオーウェン、前にも1度挨拶をしたかと思いますが」
「助祭官のオーウェンです。ネイサン殿のお手伝いをしています。そして、今回城外神殿側の連絡役となりました」
「ユウです。冒険者をしています。ということは、次からはこちらのオーウェンさんに話をすれば良いのですね」
新しい連絡役と挨拶を交わしたユウはネイサンに顔を向けた。すると、うなずかれる。
「その通りです。最初は私がする予定でしたが、冒険者ギルドとの協力が非公式なものということになりましたので、こちらのオーウェンが連絡役を担当することになりました」
「どうして公式ではないのでしょうね?」
「大きな組織同士で正式な取り決めを交わすのはどうしても時間がかかるからです。非公式ならばほとんど事務作業だけでの対応で済みますから早く対応できるんですよ」
大きな組織に勤めたことのないユウにはよくわからない感覚だった。しかし、小さい組織よりは大きな組織の方が動きが鈍いということくらいは知っている。なので、そういうものだと思うことにした。
曖昧にうなずいたユウに対してネイサンがそのまま話を進める。
「それにしても、今回のことは本当に腹立たしいことであり痛ましいことです。私たちに対してありもしない悪評を流す者がいるかと思えば、人々を破滅させる薬を広めようとする輩がいるとは!」
「僕もそう思います。普通に働けば良いと思うんですけどね」
「まったくです! 犯人は捕まえて重い処罰を与えねばなりません」
いつも温厚そうなネイサンが珍しく憤っているのを見てユウは少し気圧された。余程立腹していることを理解する。
「私もそう思います! よくもこんなひどいことが思い付くものだと呆れています! こんな悪いことをする者たちを一刻も早く暴かねば!」
「そのために僕とオーウェンさんが連絡役になったんですから、その気持ちは仕事の方に向けてもらえれば」
「もちろんです。初めて任された重要な仕事ですから、是非ともやり遂げてみせますよ!」
怒っているといえばオーウェンもそうだが、その怒りをネイサンとは別の形で表していた。熱心に仕事に取り組んでくれそうなのは結構だがいささか暑苦しそうだ。初めて会ったときの物静かなようすとはかなり違う。
ただ、以後窓口となるオーウェンとその上司であるネイサンがこれだけやる気を見せているは結構なことだった。積極的に捜査に協力してくれそうなのだから期待もできる。
この先の仕事のやりやすさに安堵しつつ、ユウは確認するべきことを頭の中で整理した。まとまると目の前の2人に尋ねる。
「ネイサンさん、オーウェンさん、今回の件で知っていることについてお互いに確認しておきたいのですが、いいですか?」
「確かにそうですね。特にオーウェンはユウと直接やり取りするのですから重要です」
「私も話は一通り聞いていますが、冒険者ギルド側の話はすべて知っているわけでないでしょうし、意識のすり合わせはしておきたいですね」
どちらからも積極的な意見を聞けたユウは1つうなずくと早速知っていることを伝えた。灰色のローブの何者かについては城外神殿からもたらされた話もあるが、幸福薬については知らないこともあったようだ。たまに驚いた顔をしていた。
ユウの話をすべて聞き終えたネイサンは眉を寄せる。
「おおよその話は知っていたことばかりですね。ただ、細かい話はこちらに伝わっていませんでした。恐らく、上の取り決めではそこまで必要ではなかったからでしょうが」
「僕は代行役人に雇われていますが、その代行役人と繋がっている人はいないのですか?」
「いることはいるのですが、何しろ非公式の協力ですからね。あまり大っぴらに会うわけにはいかないのです。そうなると、どうしても情報に齟齬が出てきてしまう」
「だから、僕とオーウェンさんの繋がりも必要というわけですか」
「そうです。ユウならば表向きは一介の冒険者ですから、私たちと会ってもそれほど怪しまれることはありませんからね。これがオーウェンとでしたら、単に個人的な悩みを相談しているとほとんどの人が受け取るでしょう」
「いっそのこと、大っぴらにして犯人側を萎縮させたらどうなんですか?」
「萎縮させられても捕まえられるわけではないですから、結局ほとぼりが冷めた頃により悪質な手段でもっとひどいことをしてくるかもしれません。それを考えたら、今ここで根本的な解決をしておいた方が良いでしょう」
いくつか疑問をぶつけてみたユウは納得できる理由を聞いてうなずいた。やることにもやらないことにも事情があることを知る。
ネイサンと話をしているユウは次いでオーウェンに話しかけられた。その顔は憤懣やるかたないといった様子である。
「それにしても、灰色のローブの不埒者には本当にもどかしいです。いっそ捕まえてしまえればとも思うのですが」
「そういうわけにもいかないそうですね。どうせ捕まえてもすぐに釈放しないといけなくなるらしいですから」
「まったく巧妙な奴です。しかし、貧民街に出回っているだけで何かをしている様子がないのも変なんですよね。一体何がしたいのやら」
「町の中にある教会に変装して入って確認はできないのですか?」
「城内神殿の方々もそれは実行したそうですが、やはり一般の信徒がいる場所ではフードは取らないそうなんですよ。そして、確認のできない奥へ入られるとお手上げでしてね」
「そうなると、何とか外で1度気付かれずに顔を見ないといけないわけですか」
「ええ。しかし、今度はうまい方法が見つからなくて困っているんです」
見るからに気落ちしたオーウェンが困り果てていた。パオメラ教側も色々とやっているようだが有効な手立てはないらしい。
自分が考える程度のことはすべて実行するか検討されていることをユウは知った。そして、そんな程度ではどうにもならないのだということを実感する。
次第に質問することのなくなってきたユウは黙った。そこへネイサンが話しかけてくる。
「ユウ、こちら側としましては、当面は噂の広がっている範囲の確認、噂を打ち消す宣伝、そして町の中での調査を続けます。そちらはそちらで捜査を続けてもらい、何か新しい発見がある度に話をしましょう」
「わかりました。オーウェンさんがいないときはどうしたら良いですか?」
「私を呼び出すか、誰か他のアグリム神の信者に伝言を頼んでいただければ良いでしょう」
「でも、この炊き出しのときは大抵2人ともいるんですよね?」
「私はいるでしょうね。オーウェンは調査次第になりますが」
「大体はいると思います。調査は朝から夕方までの予定ですから」
「それじゃ、今まで通りこの炊き出しのときに来ますね」
面会の方法が今まで通りでも大丈夫だと知ったユウは安心した。これでようやく知りたいことをすべて知る。
話を終えたユウたちは別れの挨拶を交わしてその場で別れた。




