今わかっていること
城外神殿に話を通したことを評価されたユウはティモシーに雇われることになった。条件の満額回答に喜ぶ。
最初は渋い表情をしていたティモシーだったがすぐに幾分か落ち着いたものになった。そして、そのまま話し続ける。
「これで話はまとまったわけだが、このままだとお前は何も知らないままだ。それではこれからの仕事に都合が悪い。よって、開示できる話を伝えておく」
「はい」
「まず、幸福薬からだ。先月辺りから販売されたらしいこの薬は、時間の経過と共に冒険者や貧民の間に広がりつつある。手を出してるのは主に人生がうまくいっていない者たちだな。例えば、蹴躓いた駆け出しの冒険者、仕事に失敗した漁り屋、仕事にあぶれた貧民などだ」
「前にティモシーさんから聞いた通りですね」
「そうだな。ま、そう言った連中は常に逃避先を求めてるものだから予想するのは難しくない。普段は大抵酒で憂さ晴らしをしてる連中だから予想もしやすいんだよ」
「この手のやつのお決まりだな。ひでぇ話だが」
横からウィンストンが口を挟んだ。それをちらりと見たティモシーは何も言わずにしゃべる。
「ただし、こういった連中にある程度広まると次は更に別の連中に広がる。だから何としても早急に幸福薬の販売を止めなければならん」
「でも、誰が売っているのかわかっているんですか?」
「ある程度はな。中毒者を何人か捕まえて吐かせた。すると、商売がうまくいっていない質屋や買取屋の一部、それに他の中毒者の名前が出てきたんだ」
「そういうのって簡単にしゃべるものなんですか。普通は黙っているものだと思っていたんですけれど」
「話したくなるように仕向けてやればいいんだよ。それはともかく、まだ出回り始めてそんなに月日が経ってないからか、売ってるヤツの名前は限られていた。放っておけばこれから増える一方なんだろうが、ともかくまだ売人の数が限られてるのは幸いだ」
「その名前って僕にも教えてもらえるものなんですか」
「もちろんだ。これから単独で捜査してもらうことになるから知っておく必要がある。今から教えるが他のヤツに絶対しゃべるなよ」
強く念押しされたユウはティモシーに向かってうなずいた。そうして教えてもらった質屋、買取屋、個人の名前を聞いて目を見開く。知った名前があったからだ。
口を閉じたティモシーに対してユウが遠慮がちに問いかける。
「イアンやランドンもそうなんですか」
「そいつらを知ってるのか?」
「名前だけですけどね。ああでも、ランドンは見たことあります。先日まで駆け出しの冒険者を知り合いと育てていたんですけれど、そのときに出会った漁り屋の得意先らしくて」
「なるほどな。あの界隈のことをある程度知っているのか。なら話は早い。買取屋のランドンは城外神殿と癒着してるという噂がつきまとってるヤツでな、買取品を売るときに色々とほのめかして相手を脅していたらしい。ただ、城外神殿が本格的に噂の調査と否定を始めてからはその反動で周りから相手にされなくなったらしくてな、恐らく商売に行き詰まって手を出したと見ている」
「あの人そんなことをしていたんだ」
「元々暴力的なヤツで腕にモノを言わせるところがあったようだから、それも祟ったのは間違いない。で、イアンの方だが、こっちは元々商売が苦しかったらしい。それを馴染みの漁り屋からの買取品で糊口をしのいでいたそうだが、そいつの足が途絶えたのが原因で一気に追い詰められたようだ」
「もしかして、宝の回収者ですか?」
「さすがに知ってるようだな。その通りだ。イアンとランドンを馴染みにしていたせいで、配下のパーティの一部が幸福薬に手を出したらしい。それで一時期まともに活動できなくなったようなのだ」
「それじゃ今はもうまともに活動できているんですね」
「どうだかな。薬を売ってる質屋と買取屋を避けて馴染みのない店に切り替えてからは、魔窟から持ち帰った物を買い叩かれているらしい。このままだとあのクランも長くはないだろう」
小さく首を横に振るティモシーの前でユウは目を見開いた。魔窟内で1度会ったクランの元締めはできる人に見えただけに、そんな人でもうまくいかないのかと驚愕する。どこで蹴躓くかなどわかったものではない。
そんなユウの様子を見ながらティモシーは更にしゃべる。
「幸福薬の売人とその関係者の一例はこれくらいにしておこう。ああそれと、この連中には不用意に近づくなよ。禍根は根から断つ必要がある。販売経路も抑えたいから捜査ではっきりとするまでは泳がせることになっているんだ」
「わかりました」
「これで冒険者ギルド側の話は大体できた。今度は城外神殿側の話をしようか」
「あっち側ですか?」
「そうだ。向こうと協力する以上は、あちら側のことも知っておく必要がある。もっとも、お前ならある程度知っているかもしれないがな」
「それで、どんなことなんですか?」
「灰色のローブの何者かについてだ」
ティモシーからその言葉を告げられたユウは納得顔になった。確かに城外神殿でネイサンから聞いているからだ。しかし、知らないこともあるはずなので真剣な顔のままである。
「この灰色のローブの何者かというのは、実のところこちらでも確認した。頭からフードを被っていて顔を隠してる信者は珍しいからな」
「あっちで聞いた話ですと、町の中に入った後は小さな家に入るんですよね。それから黒色のローブに着替えてモノラ教の教会に入るとか」
「そうだ。直接教会から出入りするのはまずいからだろうな。それにしたって、もう1つくらい間を噛ませた方がいいはずなんだが。ともかく、モノラ教の関係者なのは間違いないらしい。ただ、教会の中の誰なのかまではわからないままだ」
「直接話を聞いたら駄目なんですか?」
「町の中から出てきたそいつは確かに怪しいが、俺たちが確認した範囲ではまだ何もしてないんだ。貧民や冒険者と話をするだけではさすがにしょっ引けん。噂じゃ買取屋と金品のやり取りをしたそうだがその現場を見たわけではないし、喜捨を受けたと言われたらそれまでだ。それは、パオメラ教であってもモノラ教であっても変わらない」
「でも、その買取屋ってランドンだから買取品を売るときにパオメラ教を持ち出して脅迫しているんじゃないですか」
「ランドンが勝手にしているだけと言われたらそれまでだ。その灰色のローブの何者かが指示したという証拠がない限りはな。それにだ。金品のやり取りをしたのがランドンだとは限らない。ユウ、お前が見たときは話をしていただけなんだろう?」
「あ」
指摘されたユウは固まった。確かにそうだ。洗濯仲間の女の話では買取屋の名前までは出ていないことを思い出す。
「この灰色のローブの何者かが怪しいのは間違いないが、背景にモノラ教の教会が絡んでいる以上はうかつに手を出せない。我々は直接、その何者かと質屋や買取屋の接触を確認したわけではないからな。まずは確証を得てからだ」
「何がしたいのかわかりませんね」
「それだけにうかつには手を出せんのだ。決定的な証拠がない限り拘束しても短期間で解放しないといけないので、現在は泳がせている」
「もどかしいですね」
「こういった捜査は大体こんなものだ。ああ、この灰色のローブの何者かを見かけても近づくなよ。既に別のヤツを貼り付けているからな」
「わかりました。でもそうなると、僕はなにをすれば良いんですか?」
「それはこちらが毎日指示する。同じ指示が続くことがあったり、捜査の途中で切り上げることもあるだろうが、必ずこちらの指示に従うんだぞ」
「はい」
さしあたってユウが聞きたいことはすべて聞けた。既に自分が知っていることもあったが、新しい情報と合わせて頭の中で整理する。
「それで今日だが、城外神殿に行って顔合わせをしてこい。向こうの連絡役を紹介してもらうんだ」
「ネイサンさんではないんですか?」
「そこは知らん。お前相手の窓口はあちらが用意するものだからな。いつも城外神殿の外を歩き回れるとなると、恐らく助祭官辺りだろうとは思うが」
「わかりました。そうだ、今すぐ行かないと駄目ですか?」
「今日中ならいつでも構わないが、何かあるのか?」
「僕はいつもネイサンさんに会っているんですが、夕方だと城外神殿の裏でやっている炊き出しで会えるので確実なんですよ」
「その辺りは好きにしたらいい。他には何かあるか?」
「いえ、ないです」
「なら今日はこれまでだ。明日からは必ず三の刻の鐘が鳴る頃にここへ来るように」
話が終わるとティモシーはすぐに建物の中に入った。残されたユウはウィンストンに顔を向ける。
頑張れよと励まされたユウはうなずいて修練場を離れた。




