修行の終わり
前のパーティ解散後、ユウがハリソンと共にアントンたち4人の面倒を見て1ヵ月が過ぎた。最初は小鬼1匹にすら苦戦していた駆け出しの冒険者たちは、今や20匹以上の犬鬼と戦うところまで成長している。
近頃は魔窟1階の東側の大部屋でのみユウとハリソンはアントンたちと一緒に戦っていた。しかし、それでもなかなか数の脅威には対抗しきれずに通路へと逃げ込む日々が続く。
今も1度通路へと逃げ戻ったところで、扉の手前で騒ぐ犬鬼を尻目に4人で作戦会議を開いていた。
悔しそうな表情を浮かべるアントンが唸る。
「いけると思ったんだけどなぁ。これでダメか」
「あんな数、どうやったら相手にできるんだろう。困ったねぇ」
頭をかきむしるアントンの隣でバイロンが首を捻った。最近動きに積極性が出てきて反撃回数が増えてきている。
顔を歪めているのはコリーも同じだった。それまで黙っていたが厳しい顔でしゃべる。
「もっと動かないといけないのかな? いや、一撃で倒さないといけないのか。ということは、攻撃力不足? うーん、どうすればいいのさ」
「6人でもこれっていうことは、4人だともっと厳しいよね」
先のことを考えたドルーが悲観論を口にした。みんな一様に黙る。
その様子を少し離れた所で見ていたハリソンがユウに顔を向けた。4人に聞かれないよう小声で尋ねる。
「あいつらのどこが悪いと思う?」
「アントンが前に出すぎてその間に犬鬼が割って入られるのがまず問題だね。あと、コリーは動きすぎ。不用意に動いて隙を突かれているときが何度かある」
「それさえ直したらいけそうか?」
「6人ならね。4人になったら本格的に陣形について考える必要があるかな」
「それはあいつらの課題だな」
既に突破した者からするともどかしく見えるアントンたち4人の話し合いだが、これも自分たちで乗り越えないといけないことだった。今の段階では教えてもらったことを実践するだけでは足りないのである。
やがて話し合いが終わった4人はユウとハリソン抜きで再び大部屋へと向かった。魔物の減った大部屋はもはや通常の部屋と変わらないので4人だけで戦うのだ。手早く魔物を片付けると魔石を拾い、次の大部屋へと向かう。
魔窟内の移動は今までユウが先導していたが、今はバイロンとドルーがパーティを誘導していた。それぞれ自分の描いた地図を使っている。間違えば迷ったり危険に曝されたりするので、移動先を指示するときはどちらも緊張していた。
罠の解除については今やコリーが専任となっている。宝箱を開けるときだけでなく、部屋の罠の解除もこなすようになっていた。
収入に関しては悪くない額を稼げるようになっている。一通りの装備を調えるにはまだ時間はかかるものの、既に現実的な話の範囲内だ。
このように、1階の東側の大部屋攻略以外は一応の目処が付いていた。残るはこれだけである。
今回はドルーの指示でユウたち6人は大部屋の手前までやって来た。4人のうち誰もが真剣な表情だ。
扉の前に立って振り向いたアントンが仲間3人に声をかける。
「みんな、準備はいいか?」
「緊張するなぁ」
「今度こそやってやるさ」
「ボクたちならできるよね」
ユウとハリソンの目の前でアントンたちが気合いを入れていた。そして、扉を開けて大部屋へと入っていく。アントンとドルーが扉の右へ、コリーとバイロンが扉の左へと回って壁の前に立った。最後にユウとハリソンが扉の前に進み出て構える。
20匹以上の犬鬼が6人に襲いかかった。まずはユウとハリソンの2人と接敵し、そこから後続が左右に分かれてアントンたち4人へと向かってゆく。
「ぉおらぁ!」
「ギャン!」
突っ込んで来た犬鬼にアントンが短剣を振り下ろした。相手の左肩を大きく抉り斬って転倒させる。まだ動いているが無視して次に向かって来る魔物へと顔を向けた。
特に大部屋で戦うときのアントンは最近敵である魔物を1匹ずつ殺しきるよりも、行動不能にすることに重点を置いている。そうでないと数の多さに対処できないと悟ったからだ。動けなくすればとどめは後でも構わないという考えである。
そのアントンの横あるいは背後で戦うのがドルーだ。基本的にはアントンの背中を守るのが役目である。しかし、最近は瀕死の魔物にとどめを刺すという作業もこなしている。動けなくなったとはいえ、まだ生きている以上は危険だからだ。もちろん本業は相棒であるアントンを守ることである。その優先順位は変わらない。
「コリー、そっちに2匹行ったよぉ!」
「すぐに倒してやるさ!」
もう一方のペアであるコリーとバイロンの戦い方はアントンとドルーとはまた違った。最初にバイロンが魔物を複数受け止めて、コリーがその魔物たちを倒していくのだ。守り重視のバイロンと動き回るのが得意なコリーとの連係である。
中央から流れてきた犬鬼に対してバイロンが真正面から立ち向かった。次々と犬鬼の爪や牙が盾や鎧を傷つけていく。
致命傷を避けながら対応しているバイロンが第一撃を受けきるとコリーが群がる魔物たちを横から仕留めていった。的確に首筋を狙って葬っていく。
いつもならば時間の経過と共に薄く広がっていく魔物に側面や背後を突かれて退散していた4人だったが、今回は様子が違った。危ない場面は何度もあるが何とか持ちこたえている。アントンは前に出すぎないように踏ん張り、コリーはバイロンと並ぶような位置取りで戦い続けていた。
倒しても倒してもまったく減らないように思われる犬鬼の数だが、それでも限りはある。ある時点を境に魔物の群れの圧力が急に弱くなった。
それでも4人は気を抜くことなく目の前の魔物を倒していく。最後の1匹になるまで油断しない。
「はっ! よし! 次! ってあれ? ドルー、敵は?」
「こっちにはいないね。もしかして終わった?」
「バイロン、周りに犬鬼は?」
「いない、と思うんだけどねぇ」
すべての犬鬼を倒したアントンたち4人は剣と盾を構えながら周囲に顔を巡らせた。立っているのはパーティの6人だけで、床にいくつもの魔石が転がっているだけだ。魔物の姿は見当たらない。
尚も信じられない様子の4人に対してハリソンが声をかける。
「この大部屋の犬鬼は倒せたな。逃げることなく」
「マジで? オレたち、勝てた? マジで!?」
「マジだ。おめでとう、アントン」
「いぃやったあぁぁ!」
ようやく状況を飲み込めたアントンが雄叫びを上げた。それに釣られるようにして他の3人も歓声を上げる。初めて逃げずに東側の大部屋を攻略できたのだ。
その様子を見ていたユウがハリソンに話しかける。
「ついにやり遂げたね、あの4人」
「そうだな。いけそうでいけなかったのが続いてたからもどかしかったが、やっとだ」
「僕は2匹倒したけど、ハリソンは何匹倒したの?」
「3匹だ。1匹は殺すつもりはなかったんだけどな。つい勢いでやっちまった」
「まぁそれくらいはいいんじゃない。ともかく、20匹くらいは自分たちで倒せるようになったわけだね」
「これからが本番なわけだが、今はとりあえずこれで良しということにしておこう」
飛び跳ねて喜ぶアントンたち4人を見ながらハリソンが顔に笑みを浮かべた。この1ヵ月間の修行がようやく実を結んだ瞬間でもある。喜びもひとしおだ。
しばらく眺めていたハリソンだったが、いつまでも喜んでいる4人に対して魔石を拾うように指示する。実力の向上も重要だが日々の糧を得るのも大切なのだ。
すべての魔石を拾い終わった4人がハリソンの元へと集まってきた。その4人にハリソンが声をかける。
「お前ら、ついにやったな。1階の東側の大部屋を逃げずに攻略できた1ヵ月程度でここまで進んだというのは大したものだ。まずはおめでとうと言おう」
「へへ!」
「お腹空いたなぁ」
「ふふ、当然さ」
「嬉しいよね」
先輩からの褒め言葉に4人は顔をほころばせた。いつもと違って誇らしげである。
「これで、お前たちは実力的には駆け出しから抜けたわけだ。しかし、やるべきことはまだ多い。今度は4人だけでこの大部屋を突破しないといけないからな。まだ大変な日々は続くだろう。ただし、お前たち4人ならばやっていけるとオレは信じている。だからこれからも頑張ってほしい。ユウ、お前からも何か言ってやってくれ」
「おめでとう。この短期間でここまで来るとは正直思っていなかったよ。大したものだと思う。これで僕たちの元での修行は終わりだけど、学ぶべきことはまだたくさんあるよ。だから油断しないでこれからも活動していってほしい」
ユウとハリソンが祝辞を述べた。アントンたち4人はそれにうなずいて返す。
こうしてユウが手伝っていた駆け出し冒険者の修行は終わりを告げた。




