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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第12章 貧民街の新人冒険者たち

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城外神殿の噂(後)

 四の刻の鐘が鳴ると共に老職員との稽古が終わったユウは汗だくのまま宿に戻った。そして、昼食の干し肉を食べ終わると裁縫工房『母の手縫い』に向かう。そのまま工房内に入ったが誰もいない。隣の部屋から子供の声が聞こえてきた。


 一声掛けたユウは裏に回ると洗うべき古着を洗濯たらいへと入れていく。最後に服を脱いで適当な古着を着てから井戸へと向かった。昼時がまだ終わっていないのか、いつもの女たちの姿はまだ見えない。特に気にすることでもないのでそのまま洗濯を始めた。


 ぼろ布ほしさに始めたこの洗濯労働は春以来続いている。ここまでする気はなかったユウ自身驚いていた。今では洗濯する姿もすっかり板に付いている。集まる女たちともすっかり顔なじみだ。


 井戸から汲んだ水に灰汁(あく)を混ぜて衣服を()けてよくこする。特に汚れの目立つ所は丁寧に繰り返した。それである程度きれいになると今度は石で擦り付ける。これを何度も繰り返した末に水で洗い流してよく絞った。後は洗濯紐を使って干すだけだ。


 これを繰り返していると洗濯をするために女たちが少しずつ集まってくる。挨拶を交わすと洗濯と雑談の始まりだ。


 最初にやって来た女が灰汁(あく)を混ぜた水に衣服を()けてこすりながらしゃべる。


「まだまだ、暑いねぇ」


「まったくだよ。何をしても、汗だくに、なっちまうん、だから」


「この時期の、料理は、暑くて、たまらないわ」


「冬は、いいんだけど、ねぇ」


 最後にやって来た女が言葉を受けて返した。衣服を石でこすっている。納得いかないのか、先程から同じ所で何度も繰り返していた。


 重労働をしながらの会話なので言葉が頻繁に途切れる。それはお互い様なので誰も気にしない。


 茶色いズボンを濁った水の中で揉んでいる女が話題を変える。


「それにしてもさ、最近の質屋ってケチくさくなったと思わない? この前なんて、ちょっと足りなかったから鍋を質に出したんだけどさ、買ったときの10分の1しか貸してくれなかったんだよ?」


「ひどいねぇ。それじゃ、大した額に、ならないじゃ、ないかい」


「そうなのよ。そのせいで1度家に戻らなきゃいけなくなってさ、ホント腹が立ったよ」


「昔は、いくら、借りられた、んだい?」


「10年くらい前だと5分の1だったかねぇ」


「半分に、なっちまった、んだ。ひどいわねぇ」


 憤懣やるかたないといった様子の女が口を尖らせていた。聞き手の石で衣服をこする女は淡々と作業をしている。


 女たちの話を聞きながらユウも作業していた。基本的に話しかけられないとしゃべらないようにしている。あまり話が合わないというのもあるが、下手にしゃべって質問攻めにされて困ったことがあったからだ。性別も年代も違いと興味の対象となるのはいつでもどこでも変わらない。


「ユウはさ、質屋に通ったことはあるかい?」


「僕は今のところはないですね。冒険者なんて不安定な仕事をしていますからいつ必要になるかわかりませんけど」


「ないのが一番だよ。不安定な仕事をしてるんなら、いざというときのために蓄えはしっかりとしとくんだね」


「でないと、質屋通いから、抜けられなく、なっちまうよ」


「あたしみたいにね!」


「あっはっは!」


 そこで女たちが一斉に笑った。ユウも力なく笑う。


 ひとしきり笑った後、しばらくの間洗濯をする音だけが聞こえた。話をしつつもやるべきことはこなさないといけない。この後も仕事はあるからだ。


 何枚目かの洗濯を洗い終わった女が腰を延ばしてから手で叩いた。まだ洗い物は半分ほど残っている。大きく息を吐き出すと適当に掴んで濁った水に()けた。それから顔を上げて周りに話しかける。


「そうそう、こんな話を聞いたんだけど、知ってるかい?」


「なにさ?」


「城外神殿がどこぞの買取屋とつるんで荒稼ぎしてるって話だよ」


「なんだいそれ? あそこの神殿がそんなことをしてるって?」


「そうなんだよ。あたしも最初は相手にしてなかったんだけど、ウチの旦那が現場を見たっていうんだよ」


「あんたの、旦那って、酔っ払い、じゃないか。その日も、飲んでた、んじゃないかい?」


「それがね、その日は珍しく飲んでなかったんだよ」


「なんでまた?」


「前の日に飲み過ぎてカネがなかったからだよ」


 話を聞いていた他の女たちが呆れていた。しかし同時に、飲兵衛の旦那が飲んでいなかった理由に納得する。


「それで話を戻すけど、珍しく飲めなかったもんだから、その日は早く家に帰ろうとしてたんだって。けど、途中で見慣れた灰色のローブを着た神官様が路地に入っていくのを見かけたんだって」


「あんたの旦那、やっぱり酔っ払ってたんだって。神官様なんてそんな偉い人がこんな貧民街に来るわけないじゃない」


「ちょっと待ってあたしにケチつけないでよ。そのくらいあたしだって知ってるんだから。神官様だって言ってたのはウチの旦那なんだからね」


「飲んで、なくても、酒が、抜けて、なさそう、じゃないか」


 力強く石で衣服をこする女が力説した。他の女たちもうなずいて同意する。


 話の腰を折られた女は頬を膨らませた。しかし、強引に逸れかけた話を戻そうとする。


「それ言われると言い返せないんだけど、とにかく続けるよ。でね、気になったウチの旦那が後を付けたんだって」


「酒の臭い、以外にも、釣られるん、だね、あんたの、旦那」


「そうなのよ。珍しいこともあるもんだってあたしも思ったわ。でも、もっと驚いたのは、人の後を付けるなんて器用なことができたってことだね。普段あんなにやかましいのに」


「音が歩いてるみたいだもんね、あんたのところ」


「そうなのよ。そのせいでウチの子が赤ん坊の頃はせっかく寝かしつけてもすぐに起こしちまって大変だったんだから」


「旦那に子守りをさせりゃ良かったのよ」


「冗談じゃないわ。あれだけ酒の臭いをさせた人を赤ん坊に近寄らせたら、あの子も飲兵衛になっちまうよ」


「あー」


 それぞれ洗濯をしていた他の女たちが一斉に声を上げた。反論する女は1人もいない。


「あれ、どこまで話したっけ? あ、そうそう、灰色のローブを着た誰かさんをウチの旦那が追いかけたってところだったね。それで、しばらく待ってると、反対側から買取屋の男が来たんだって」


「どこの買取屋だい?」


「さぁ、そこまでは聞いてなかったよ。でも、ウチの旦那はどこかで見たことのある男だったんだろうね」


「それで、その灰色のローブの人と買取屋の男は何をしてたんだい?」


「それがだね、買取屋の男が懐から金の入った袋を取り出すと、灰色のローブの誰かさんに手渡したんだって!」


「いくら入ってたのさ?」


「あたしは見てないんだからそんなの知らないよ。でも、ウチの旦那は袋の膨らみから結構入ってたんじゃないかって言ってたのよ」


「あるところには、あるもんだねぇ」


「まったくだよ。こっちにも分けてほしいくらいだね」


 うらやましさを滲ませた女の声に他の女たちも同調した。質屋通いの女は特に力強くうなずいている。


「で、この話にはもうちょっと続きがあるのよ。2人はしばらく話をした後、カネを渡した買取屋の男が先に来た道を戻っていったんだって。それで、灰色のローブの誰かさんなんだけど、来た道を戻るんじゃなくて別の道を歩いて行ったそうなんだ」


「戻って、来られたら、絶対、見つかって、たよね」


「あたしもそう思う。けど、そうはならなかったのよ。で、ウチの旦那、またその後もついて行ったんだけど、その灰色のローブの誰かさん、どこに行ったと思う?」


「わかるわけないでしょ。イイところなんじゃない?」


「勘が鋭いじゃない。そうなの、いいところだったのよ」


「だからどこなんだい?」


「町の中よ。その灰色のローブの誰かさん、西門から町の中に入っていったのよ」


「あんたの旦那、やっぱり酔っ払ってたんじゃない? ゲロぶちまけながら道端で倒れてさ」


「やめてよ! あんな汚いのもう洗いたくないんだから! 臭いのなんのって! あーもー思い出しちゃったじゃない! うぇ」


「やだ、やめなさいよ、こんなところで!」


 えずき始めた女を見た周りの女たちは悲鳴を上げて止めにかかった。洗濯どころではなくなる。


 そんな中、ユウは1人黙々と洗濯をしていた。正直なところ、自分が話題にならなくて良かったと安堵している。たまに話題にされて受け答えに困ることがあるのだ。


 話題に入らないときはひたすら陰に徹しているユウだが、今日は興味深い話を聞けた。本当にそんなことがあったのかは不明である。しかし、城外神殿に関係する噂が広がっているのを確認できた。この様子だと思っている以上に広がっている可能性がある。


 ユウには直接関係ないことだが、知り合いに問いかけてみようと思えるくらいの興味は湧いた。

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