たまには馴染みの酒場で(後)
空になった木製のジョッキから新しいものへと交換したユウはそれに口をつけた。今日はいつもよりも飲んでいる自覚がある。酔っている感覚も強くなってきた。
しかし、まだお開きにするわけにはいかない。最近気になっている漁り屋関連の話を聞けたからだ。この際なので更に色々と聞いてみる。
「クランについては大体わかったよ。みんなが嫌っているのは漁り屋っていうよりも宝の回収者が嫌いだったんだね」
「そうだな。まぁ、あいつらを褒める冒険者はいないだろう」
「でもハリソン、そうなると、あのジェフやエディーと取り引きする人たちって平気なのかな? ほらこの前、質屋や買取屋で見かけたでしょ。嫌われている人と取り引きしているって知られたら、みんなに避けられるかもしれないし」
「イアンとランドンかぁ。あの2人も大概の嫌われ者なんだよねぇ」
ハリソンが口を開く前にキャロルが小さなため息と共に感想を漏らした。それを聞いてユウが目を丸くする。
「質屋や買取屋だからじゃなくて、その人たちも嫌われているの?」
「嫌われる方向性は全然違うけどね。ユウは2人のことを知ってるのかい?」
「ほとんど知らないよ。この前、質屋の近くを通りかかったらジェフって人が店から出てきたのを見かけただけだし、買取屋だってその前でエディーとその仲間が話をしているのを見ながら通り過ぎただけだから」
「なんだそりゃ。ということはイアンは見たこともないのか」
「うん。ハリソン、この前ジェフが出てきたあの質屋の店主が、えっと、あれ? そもそもイアンとランドンってどっちがどっちの店主なの?」
首を傾げるユウを見たキャロルがハリソンに目を向けた。少し苦笑いしたハリソンが肩をすくめる。
「そういえばきちんと教えてなかったな。イアンが質屋『刹那の安寧』の店主で、ランドンが買取屋『生者の善意』の店主だ。ランドンの方は話したかもしれないが」
「思い出した! あの禿げ頭の怖い顔の人だったよね! でも、イアンっていう人は見たことないな」
「店の中に入ったことがないからな。ま、知らない方が幸せなヤツなのは間違いないが」
「そうなんだ。でもその人、嫌われていたら商売が出来ないんじゃないの?」
「普通はそう思うよな。オレだってそう思うんだが、実際潰れてないんだから不思議だ」
「だよねぇ」
2人揃って首を横に振る姿を見たユウは小首を傾げた。木製のジョッキに口をつけて次の言葉を待っているとハリソンが口を開く。
「オレは前に知り合いに付き合ってイアンの質屋に行ったことがあるんだが、あいつ本当にイヤなヤツなんだよな。自分よりも弱い立場の人間をいびるのが好きだって顔にありありと出てるもんだから、つい殴りたくなっちまうんだよな」
「それで質屋が続けられるなんて不思議だよね」
「そうなんだよ。でもあいつ、この前出てきたジェフと繋がってるらしいから、それでやっていけてるのかもしれんぞ。魔窟から持ち帰った物を売ってもらってな」
「換金所で取り上げられないんだ。規制品じゃないから?」
「その通りだ。魔法の道具じゃないなら持ち帰りは自由だからな」
「ということは、ジェフにとっては質屋に持ち込む方が得なんだね」
「そういう取り引きなんだろう。他にも、傷んでいて換金所が拒否したり、そもそも換金所が取り扱ってなかったり、いくつか考えられるが」
「逆に質屋のイアンが何でそれで潰れないのかやっぱりわからないなぁ」
「そこは商売のからくりがあるんだろう。腐っても商売人だからな、あいつも」
わからないといった様子のハリソンが木製のジョッキに口をつけて傾けた。ユウも質屋ではないのでその裏側の仕組みについてはわからない。
次いでキャロルがユウに顔を向ける。
「買取屋のランドンの方はとても暴力的なんだよ。相手の足下を見て取り引きするっていうのはともかく、自分の意に沿わないことは暴力を使ってでも従わせようとするんだ。そのために雇ってる用心棒を使うことがよくあるんだよ。ランドンを見たことがあるなら、その隣にでっかい傷だらけの顔の男を見なかった? マークっていうらしいけど」
「あー、あの大きな人ね。うん、いたよ」
「で、嫌われて商売がなんでできるのかなんだけど、ランドンの方はまだわかるんだ。というのも、一部の後ろ暗い冒険者たちにとっては、ああいう誰とでも取り引きしてくれる買取屋が便利だからなんだよ」
「後ろ暗い、もしかして漁り屋?」
「そう。他にも、普通の店じゃ売りにくい物なんかね」
「例えば?」
「盗品なんかが代表的かな。他はぱっと思い付かないけど」
話を聞いたユウは微妙な表情を顔に浮かべた。ランドンが半分裏社会の人間のように思える。それに比べるとイアンがまだ真っ当に思えてくるから不思議だ。
頭の中で聞いた話を整理したユウが口を開く。
「この前エディーがランドンに何かを売ろうとしていたのは、後ろ暗い品だったからということでいいのかな」
「その通りだ。大方魔窟で盗ってきたやつなんだろう。イヤな話だ」
「同感だね。ところでハリソン、ランドンが買い取った品を高値で売って儲けているらしいって話は知ってるかい?」
「聞いたことはある。相場よりも高値っていう話だろう。でも、なんでそんなことができるのかまでは知らないな」
「それがさ、ついこの間知り合いから聞いたんだけど、どうも城外神殿と癒着しているかもしれないそうなんだよね」
「マジかよ!? あそこが?」
「俺も最初は信じられなかったんだけどね、高値で買わされた売人がそんな風なことを愚痴ってたらしいんだよ」
キャロルの話を聞いたハリソンは言葉を返せなかった。表情からとっさに返せなかったことが窺える。3人とも話さなくなったので周囲の喧騒がやけに耳についた。。
絶句するハリソンに代わってユウがキャロルに話しかける。
「城外神殿って、あの冒険者の道と貧民の道がぶつかる所にある建物?」
「そうだよ。パオメラ教の信者のね。あっちにも色々と思惑はあるらしいけど、貧民の救済ってのを実際にやってくれてるからかなり助かってるのは確かなんだ」
「前にあそこの祭官をしている人に会ったよ。悪いことをしているようには見えなかったけどなぁ」
「みんながみんな悪かったら誰も近づかないって。癒着してるのはたぶん一部のヤツなんだろうね」
「そうなんだぁ」
「ところでユウ、あの城外神殿が病気や怪我の治療もやってるのを知ってる?」
「初めて聞いたよ。でも、やっているんだろうね」
「それがさ、冒険者の怪我の治療も受け付けてるんだよ」
「いくらするの?」
「最低金貨1枚」
気軽に聞いたユウは木製のジョッキに口を付けかけて離した。改めてキャロルの顔を見る。苦笑いしていた。
渋い顔をしたユウが尋ねる。
「高すぎない? 治す怪我の程度にもよるんだろうけど」
「魔法を使って治療するそうなんだけど、治せる範囲ならかすり傷でも骨折でも治療をしてくれる。だから、高いかどうかは怪我の具合によるね」
「ということは、傷薬や水薬で治せるならそっちの方が絶対いいな」
「みんなそう思ってる。だから、この治療を受ける冒険者はほとんどいないんだ」
「どうしてそんなに高いの?」
「神への祈りだとか慈悲への感謝だとか色々とあるらしいけど、つまるところ魔法を使うことに対する代金らしい。まぁ、身に付けるにしても相応の修行が必要だからね。わからなくはないんだけど」
渋い表情を浮かべたキャロルが口を閉じた。
魔法にしろ技術にしろ、それが高度であるほど高額の対価が必要になるのは当然である。それを会得するまでにかかった時間、労力、金銭は相当なものになるからだ。ましてやそれが生み出す価値が高いのならば尚更である。
しかし、対価を要求される側からすると二の足を踏んでしまうのも確かだ。より安い代替手段があるのならば尚更である。この場合だと、銅貨数枚で治せる怪我に金貨をかける必要などないのだ。
肩を落としたユウがぽつりと漏らす。
「結局はお金かぁ」
「そうなんだよねぇ」
「あんまり言いたくはないんだが、普段こういうことをやり過ぎていると、いざというときに疑われるんだよな」
「さすがに貧民相手の救済でお金は要求していないのが救いだね。お布施くらいならするけども」
「そうだな。ああでも、貧乏人相手のときは魔法を使ってるところは見たことないな。キャロルはあるか?」
「ないかな。ああそっか、そういう線引きはしてるんだ。そっかぁ」
何かに思い至ったキャロルが大きくため息をついた。釣られてハリソンも息を吐き出している。
杯を重ねるごとに酔っ払っていく3人の話はその後もあちこちに飛んだ。たまに同じ話題を繰り返す。
この日、ユウは珍しく深酒をした。




