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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第12章 貧民街の新人冒険者たち

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たまには馴染みの酒場で(前)

 パーティ解散後、ユウが誘われて駆け出しの冒険者の面倒を見るようになって2週間以上が過ぎた。蓄えがじりじりと減っていく生活に不安を覚えながらも、教え子が成長していくことに喜びを見い出すようになる。やりがいというのを初めて実感していた。


 今は魔窟(ダンジョン)で3日間活動し、1日休養日を挟むという日々を繰り返している。もちろん休養日は休む日なのだが、その1日でアントンたち4人の問題点を矯正することも忘れない。


 他にも、怪我の治療方法や武具の手入れなどを教えていく。資金不足で道具が買えない場合もあるが、先に知識と技術を身に付けておいて悪いということはない。道具選びの目を養えるという意味ではむしろ重要だ。


 一方、教えを請うているアントンたち4人は食らいついている。魔窟(ダンジョン)での活動で疲れ果て、休養日に知識と技術を詰め込まれて目を回しているが、楽しげでもある。全員が早く1人前になりたくて必死なのだ。


 そんな割と楽しい日々を過ごしているユウだったが、収入以外で悩みはないのかというと実は1つある。行きつけの酒場に最近行っていないことだ。客観的に見ると大した悩みではないし、行こうと思えばいつでも行ける。しかし、自然と足が向かないのだ。生活圏が変わると行く場所も変わるということである。


 ただ、そうはいっても酒と料理の質は貧民の市場よりも冒険者の歓楽街の方が上だ。1度肥えてしまった舌がより良い食事を求めるのは仕方がない。


 とある休養日の夕方、アントンたち4人との模擬戦が終わった。いつものように貧民の市場にある串屋『肉汁のたれ串』で夕食を楽しむ。


「食った食った! バイロン、お前ももう腹一杯だろ?」


「どうかな? もう少し行ける気がするんだよねぇ」


「マジかよ。お前の腹ん中ってどうなってんだ」


「アントン、バイロン、これから1杯引っかけに行くかい?」


「いいね! 行こうぜ! ほら、ドルーも早く全部食っちまえよ」


「みんなが早すぎるだけなんだよね」


 愚痴りながらもドルーは最後の肉を串から引き取った。そうして空になった串を屋台の横に置いてある串入れに入れると仲間の元に戻る。


 その後、4人は貧民の歓楽街に向けて歩き始めた。初めて酒を飲んで以来、休養日の夕方は最後に安酒場『ふらつく熊亭』へ行くという習慣ができたのだ。


 4人を見送ったユウは串入れに空の串を入れてハリソンに向き直る。


「ハリソン、久しぶりに『青銅の料理皿亭』に行く? 最近行ってないし」


「ユウから誘うなんて珍しいな」


「ここの串も悪くないけど、やっぱりあっちの方に慣れちゃったからね」


「確かにな。オレもだ。だったら行こうか」


 にやりと笑ったハリソンがうなずいたのを見て、ユウは笑顔で北に向かって歩き始めた。


 酒場『青銅の料理皿亭』は冒険者の道の西側に面した一角にある。そのため、その建物自体はユウも日頃もよく目にしていたが中に入るのは実に半月ぶり以上だ。今日も盛況らしく丸テーブルは既に満席である。


「出遅れちゃったかな」


「カウンターの席なら空いているようだぞ。行ってみようか」


 目を丸くしていたユウはハリソンに促されてカウンターの席へと近づいた。確かにこちらはいくらか空いている。どこに座ろうか迷っていると見知った横顔を目にした。近づいて声をかける。


「キャロルじゃない。久しぶり」


「やぁ、ユウか。ハリソンも。久しぶりだねぇ」


「まだ別れて半月くらいなのに、もう随分と会ってないように思えるな」


 元仲間に会えて喜ぶハリソンも嬉しそうにキャロルへと声をかけた。その両隣の席が空いていたので右にユウ、左にハリソンが座る。給仕女がやって来ると2人ともエールを注文した。


 先にキャロルへと向き直ったユウが声をかける。


「キャロル、今日は1人なの? いつもボビーと一緒にいたから珍しく思えるんだけど」


「今日は休みなんだ。だからみんなバラバラなんだよ。ボビーは今家に帰ってる」


「休養日だったんだ。だったら、僕たちと同じだったんだね。そっちのパーティの活動はうまくいってるのかな?」


「いってるよ。最初はちょっと連係が大変だったけど、最近はようやく慣れてきたんだ」


「確か4人だったよね」


「ああ。全員知り合いだからやりやすいよ。安定して稼げそうなんだ」


 嬉しそうに語るキャロルが手にしていた木製のジョッキを傾けた。そのとき、ユウとハリソンが注文したエールが届く。2人とも木製のジョッキに口をつけた。


 旨そうに息を吐いたハリソンに今度はキャロルが話しかける。


「ところで、そっちはどうしてるの? ケネスたちとまた3階を目指してるんだよね」


「ん? そうか、キャロルは知らないんだったな。オレとユウはケネスたちと別れたんだ」


「ええ!? なんでまた!?」


 木製のジョッキに口をつけるのを止めたキャロルが目を剥いてハリソンを見た。先月末で抜けたキャロルがその後の大きな手(ビッグハンズ)について知らないのも無理はない。その後、ハリソンから今月にあったことを教わる。


 話を聞き終えたキャロルは大きくため息をついた。首を横に振りながら言葉を漏らす。


「あれからそんなことになってたんだ。わからないもんだねぇ」


「まったくだ。オレもこうなるとは思ってなかった。まぁ、ある意味一番とばっちりを受けたのはユウなわけだが」


「あはは」


 収入面を見ると正にその通りなのでユウは笑いながら黙った。


 それからしばらくは3人でお互いの近況や噂話に花を咲かせる。別れて3週間程度でしかないが話すことは割とあった。


 杯を重ね、話も一段落した頃、ユウは前から気になっていたことを2人に尋ねてみる。


「嫌な話になるんだろうけど、ちょっと聞いておきたいことがあるんだ」


「そう聞くと身構えてしまうねぇ」


「どうしたんだ、ユウ?」


「アントンたちの修行に付き合うようになってから気になったんだけど、みんな漁り屋(スカベンジャー)のことを随分と嫌っているのはどうしてかな? もちろん冒険者の死体を漁る人たちだから嫌われるのはわかるんだけど、どうにもそれだけとは思えなくて」


「ん? ハリソン、なんかあったのか?」


「うん、ちょっとな。あったというか、前に魔窟(ダンジョン)宝の回収者トレジャーレトリバーズの連中に遭遇したんだよ」


「あー、あそこかぁ。いい噂は聞かないよねぇ」


 尋ねられたハリソンとキャロルが渋い表情を浮かべて黙った。


 またもや知らない言葉が出てきたユウは質問を重ねる。


宝の回収者トレジャーレトリバーズ? あのとき出会ったのは2つのパーティだったけど、どっちの名前なの?」


「いや、パーティ名じゃない。クラン名なんだ。エディーって呼ばれてたヤツがいただろう? あいつは偉大な牙(グレートファングス)のパーティリーダーなんだ。そして、エディーを黙らせたヤツがジェフですばしっこい鳥(クイックバード)のパーティリーダーなんだよ。更にこのジェフがクラン宝の回収者トレジャーレトリバーズの元締めなんだ」


「クランって確か、いくつかのパーティをまとめた集団だったよね。あのジェフって人、そんなに偉い人だったんだ」


「うん、まぁな。ただ、あそこは同じ漁り屋(スカベンジャー)でも悪い噂が多いんだ。普通なら漁り屋(スカベンジャー)は死体を漁るだけなんだが、あいつらは半死半生だがまだ生きてる冒険者も襲うことがあるらしいんだよ」


「それってもうこの前の事件みたいじゃない」


「そうなんだが、あいつらは魔窟(ダンジョン)内だけでしか悪事を働かないんだよ。狙うのはあくまでも死んだかあるいは死にかけの冒険者だけ。しかも、状況証拠は揃っていても決定的な証拠は残さない。中には暗黙の了解があるから好き勝手して、外ではおとなしくしてやがる。だから未だに捕まらないんだ」


 嫌そうな顔をしたハリソンがユウの疑問に答えた。それから木製のジョッキを傾ける。


 説明を聞いたユウはみんなが嫌っている理由を知って納得した。しかし、すぐに首を(かし)げる。


「でもそんなに悪いことをしていたら周りに恨まれるよね。復讐されたりしなかったの?」


「もちろん恨んでるやつは多いよねぇ。あいつもそれを知ってるから、クランなんてのを作って対抗してるんだ。自分に手を出すと痛い目を見るぞ、って」


「それじゃ、仕返しされたことがないんだ」


「最初の頃はあったらしいんだけど、全部返り討ちにしたと聞いてるねぇ。ハリソンはどうだい? 何か知ってる?」


「オレも同じだ。あいつら2階を這い回る実力があるのは確かなんだ。おまけに慎重なヤツらでな、今も2パーティ単位で行動してるんだ」


「あれ今も続けてるんだ」


 憤懣やるかたないといったハリソンとキャロルが木製のジョッキを呷った。空になったそれを置くと通りかかった給仕女に2人同時で注文を出す。


 半ば興味本位で聞いたユウは思った以上にひどい話で驚いた。そして、そんな冒険者と同じ魔窟(ダンジョン)に入っていることに身を震わせる。


 ユウは木製のジョッキを傾けてから空だったことに気付いた。

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