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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第12章 貧民街の新人冒険者たち

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出現品と手入れ

 ユウとハリソンによるアントンたち4人の育成は少しずつ実を結んでいた。2人組による連係はある程度形になってきている。アントンが突出しがちという問題はあるものの、全体的には順調だ。


 近頃は魔窟(ダンジョン)に入って昼食まで1階の東側で活動し、昼食後に西側の大部屋に挑戦するようになった。実力の向上という意味では大部屋で戦う方が良いのだが、日々の生活費を効率良く稼ぐには東側の方が好都合だからである。


 ただ、大部屋で戦うようになってからはユウとハリソンも収入を得られるようになった。一緒に戦う場合のみ魔石の収入を一部もらうのだ。それでもまだ赤字だがないよりはましである。


 更にもう1つ変化があった。ハリソンがコリーに罠の解除を教え始めたのだ。4人の中で最も器用なことから選ばれたわけだが、当人も前から宝箱を自分で開けてみたかったという理由で応じてくれた。


 尚、地図の作成については当面教えるのを見送っている。筆記用具などの道具を買う費用を出せないからだ。今は魔物との戦いを優先し、武具の充実を図っているのである。


 昼食後の現在、ユウたち6人は大部屋で戦っていた。最大で小鬼(ゴブリン)15匹が出現する場所で全員が武器を振るっている。扉近くの壁を背景に、ユウとハリソンの組が中央で、その左右にアントンたち4人のペアが陣取っていた。


 以前は4人から負傷者が出るほど厳しい戦いだったが、最近はとりあえず数を捌けるようになってきている。それに比例してユウとハリソンが倒す魔物の数も減っていった。


 最後の小鬼(ゴブリン)をドルーが倒すと戦いは終わる。雰囲気が一気に弛緩した。魔窟(ダンジョン)にいるときで最も落ち着く瞬間でもある。


「お前ら、魔石を拾えよ!」


「ハリソン、今回はすげぇぞ! 盾と鎧がいっぺんに出てきたぜ!」


「どうするのさ?」


 騒ぐアントンと冷静なコリーに問われたハリソンが顎に手をやって黙った。そして、ドルーへと顔を向ける。


軟革鎧(ソフトレザー)はドルー、丸盾(ラウンドシールド)はバイロンだな」


「なんでだよ?」


「鎧は、アントンがどうしても前に出がちだからそれを追いかけるドルーの守りを固める必要があるからだ。盾の方は、バイロンのが1番傷んでいるからというのが理由だ」


 半ば抗議するような勢いで尋ねたアントンの勢いは急速にしぼんだ。少し離れた場所でコリーがうなずいている。


 出現品は基本的に換金所で換金をして利益を分配することにしているのだが、たまに使えそうな出現品を手に入れた場合は順番に装備させていくのがハリソンの方針だった。稼ぎから生活費を差し引くと蓄えはなかなか増えないので、出現品を積極的に利用するのだ。もちろん、出現品を手にしたメンバーから他のメンバーに本来の分配金を支払わせている。こうして、低品質ながらも4人の装備を充実させていくのだ。


 出現品で沸いたアントンたち4人が落ち着いた後も魔窟(ダンジョン)での活動は続く。1階西側の通常の部屋の魔物はさっさと倒して次の大部屋に向かった。


 新しい大部屋に入ってもやることは変わらない。再び壁を背に6人は戦う。ユウとハリソンはできるだけ戦いを長引かせ、アントンたち4人が多くの魔物を倒せるように工夫した。しかし、戦っていると思わぬことが発生することがある。


 一見すると調子良く戦えているように見えるアントンたち4人だったが、その中で1人、アントンが首を(かし)げるようになった。今までのような余裕ある表情ではなく、真剣なものに変わる。戦いが終わっても剣の刃を見ては首を(かし)げていた。


 他の4人が魔石を拾う中、それに気付いたハリソンがアントンに声をかける。


「アントン、どうかしたのか?」


「なんか急に切れにくくなったから、一体どうしたのかなって思ったんだ」


「貸してみろ」


 怪訝な表情を浮かべたハリソンがアントンから剣を受け取った。全体を見てから刃の部分を丁寧に見ていく。


「これはだいぶ刃がダメになってきてるな。剣の手入れはしてないのか?」


「毎日ピカピカに磨いてるぜ。それじゃダメなのか?」


「磨いてるだけなのか? それじゃダメだな。刃を研がないと」


「でも、武器屋にやらせたらカネを取られるだろ。それに、品質の低いやつは使い潰しては換える方がいいってみんな言ってるし」


「出現品としていつも自分の使う武器や防具が出てくるならそれでもいいが、望んだヤツがうまく出ることなんてないから期待したらダメだ。それに、品質の低い武器だって手入れをすれば比較的長く使える。武器屋にカネを取られるのがイヤなら自分でやるしかない」


「あの研石(とぎいし)ってヤツを買うんだよな。そこら辺の石じゃダメなのか?」


「ダメに決まってるだろう。いずれ自分の気に入った武器を手に入れるときがくる。そのときすぐに使い潰さないように今から刃を研ぐ練習をしておくべきだ」


「そっか、そうだね。うーん、カネがなかなか貯まらないなぁ」


「最初はそんなもんだ。かなりもどかしい思いをするだろうが、後でこの差は出てくる。だから今のうちに慣れておくんだ」


 真剣な表情のハリソンに諭されたアントンは力なくうなずいた。この手入れを怠る冒険者は少なからずいる。そして、ここ一番で武具を失う者もいるのだ。ハリソンとしては疎かにできなかった。


 魔石を拾い終わり、途中から話を聞いていたユウがハリソンに声をかける。


「ハリソン、せっかくだから他の3人のも見ておこうよ。良い機会だから」


「そうだな。そうしよう。ドルー、お前の剣を見せてくれ」


「それじゃ僕はコリーのを見るよ」


 ハリソンの同意を得たユウは早速近くにいたコリーの剣を手渡してもらった。話を聞けば、店で比較的状態の良いものを探し出して買ったのだという。


 刃先から根元まで見たユウは刃の部分に目を近づけてゆっくりと動かしていった。2度ほどその行動を繰り返してから顔を剣から離す。


「思ったほどひどくはないね。それでも1度刃の手入れはしておいた方が良いけど。刃研ぎってやったことある?」


「一応見よう見まねで。それも1回やったんだけど、すぐダメになったのさ」


「品質の良くない剣だから仕方がない面はあると思う。ただ、僕の経験だとしっかり刃研ぎしたらこれでもまだ使えると思うよ。良かったら教えようか?」


「助かる。正直どうやったらいいのかわからないところがあるんだ。ユウに教えてもらえるなら万全さ」


 持っていた剣をコリーに返すと次いでバイロンの剣を見た。こちらの状態もそれほどひどくはない。ハリソンにも2人の剣の状態を伝える。


 4人の剣の状態を知ったハリソンはしばらく黙って考えていた。その後、意を決して4人に向かって告げる。


「今日は少し早いが外に出よう。それで、刃の研ぎ方をみんなに教える。このままだと剣が折れかねないのもあるしな。問題はどこで教えるかだが」


「ハリソン、それだったら冒険者ギルドの打合せ室で教えない? 僕、あそこで道具の手入れをしたことがあるんだ」


「なるほど、あそこでやるのか。よし、そうしよう」


「今回は僕とハリソンの道具を使って刃を研ぐけど、今度からは自分で買ってやってね」


 提案が受け入れられたユウはアントンたちに向かって告げた。ましな状態の剣もあるとはいえ、いずれも早めに手入れをやっておいた方が良いことに変わりはない。


 方針が決まると全員揃って入口に向かって戻った。外に出て換金所で換金を終えるとすぐに冒険者ギルド城外支所へと入る。2階に上がると打合せ室の扉がいくつか開いていた。中から声が盛んに聞こえる。不思議に思いつつユウたち6人も打合せ室に入って理解した。窓もなく換気ができない打合せ室の中は猛烈に暑いのだ。他と同じくユウたちも扉を開けっぱなしにした。


 顔をしかめつつも荷物を床に下ろして椅子に座ったユウたちは準備を始める。


「うっ、夏の打合せ室は暑いんだった。でも仕方ないや。このまま始めるよ、みんな」


「アントンとドルーはオレが教える。コリーとバイロンはユウに教えてもらえ。しかしたまらんな、この暑さは」


 魔窟(ダンジョン)にいたときよりもつらそうな表情をした6人が普段より精彩を欠いた動きで作業を始めた。


 刃物研ぎ道具一式を取り出したユウはコリーの剣の片側だけをゆっくりと研いだ。その際に気付いた点を両脇のコリーとバイロンに説明してゆく。片側を研ぎ終えたら、次はコリーにやらせた。改善点があればその都度指摘していく。バイロンにも同じ事を繰り返した。


 熱のこもる打合せ室での作業は予想以上に気力と体力を消耗することになったが、それでも4人ともやり遂げる。特にアントンの剣の手入れは最も大変だったので、当人は戦いよりも疲れ果てていた。


 こういう細かい点もいざというときに大変なことに繋がりかねない。なのでユウとハリソンはしっかり4人に教え込んだ。

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