良すぎる手際
冒険者ギルド経由で魔術師ギルドの捜索依頼を引き受けたユウたち6人は翌日集合場所へと向かった。集合時刻は三の刻の鐘が鳴る頃なので宿を出発する時間はいつもより遅い。
朝の混雑がましになった冒険者の道を歩きながらキャロルがため息をつく。
「仕事を引き受けたとはいえ、気が進まないねぇ」
「同感だな。特に責任者があの貴族となると尚更だ」
「自力で戻ってましたってことになってたらいいんだけどねぇ」
「今日一番聞きたい知らせだな。後はそのまま魔窟に入って稼げばいい」
やる気のなさそうな態度のハリソンが話し相手になっていた。冒険者ギルドとの関係がなければ引き受けていなかっただけに嫌そうな顔をしている。
雑談をしながら壁に設えられた門を潜ると道の西側に換金所が姿を見せた。更に進むと魔窟の入口がある。周囲の冒険者たちが次々とその中へ入っていった。
大きな手の面々はその流れから外れて換金所の北側にあるこぢんまりとした広場に入る。そこには既に何十人という冒険者たちが集まっていた。
その様子を見たユウたち6人は目を丸くする。
「これみんな魔術師の捜索をする人なのかな?」
「みたいだな。この辺は見知った顔があるから2階の担当組か? 3階の方は、あっちか」
ユウの疑問に答えながらケネスが周囲に顔を巡らせた。全体的に奥まったところにいるウィルコックスを中心に町の中の冒険者が集まり、その周囲に少し距離を置いて町の外の冒険者が立っている。
改めて周囲を見てみたユウは知り合いを見つけた。サンディ率いる怒れる大地だ。まだユウには気付いていない。他にも知り合いがいないかと更に目を凝らす。
パーティメンバー全員が周りを見ているとジュードの呻くような声が聞こえた。すぐに近くから声をかけられる。
「魔窟の外で会うのは初めてだよなぁ、ケネス」
「そうだぜ。そういや、まだあんたの名前を聞いてなかったな」
「オレは突進する猪のリーダー、フランクだ。よろしく」
「あんたたちも指名されたのか?」
「そうだとも。信じられねぇって顔してんな。けど、オレたちも誠実に仕事をこなしてるからな。こういう機会もあるってもんよ」
「これがそんないい機会とは思えねぇがな」
「そこは考えようさ。それだけギルドに貸しができるだろ?」
「向こうがそう思ってくれりゃいいんだけどな」
微妙な笑顔を浮かべたケネスが言い返すとフランクが肩をすくめた。そして、すぐに別の話題に切り替えてくる。
「その辺はうまくやるさ。ところで、ちょっとこっちに来いよ。面白いモンが見られるぜ」
「面白いモン?」
親指で誘われたケネスがフランクの後に続いた。それに釣られてユウたちも歩く。
理由もわからずに少し歩いた6人はフランクにウィルコックスの近辺を見るように促された。今回の責任者の周囲にはその護衛であるエルトンと鉄の大地がいる。これはいつもの光景だ。
他には何かと目を凝らしたところでユウは目を剥いた。そのエルトンの近くにガスが立っているのだ。それに気付くと巨大な角の面々の存在も認識できるようになる。
ガスたちの存在に気付いた他の5人も次々に目を見開いた。特にハリソンとキャロルは強い衝撃を受けている。
「いやおかしいだろう。なんであいつらがあんなところにいるんだ?」
「単に下っ端として仕事を受けてるだけじゃないのか? よく貴族様が許したな」
「ハリソン、よく見ろ。あの貴族様、ガスたちをたまに見ると顔をしかめてるぞ」
「だったら何で手元になんて置いてるんだ?」
ウィルコックスの態度とその周辺の状況に不可解さを感じたハリソンとキャロルがしきりに首を傾げた。
戸惑うユウたち6人を面白そうに眺めていたフランクがケネスに声をかける。
「例え自分の手駒でも貧民なんぞ近づけたがらない貴族様があいつらを手元に置いてる理由が、気にならねぇか?」
「なんか知ってんのか?」
「まさか。けど、どうにも怪しいよなぁ」
「フランク、余計なことは止めといた方がいいぞ」
「わかってるって。オレだって死にたくねぇ。バカ正直に探るもんかよ」
にやにやと笑いながらフランクがケネスに言葉を返した。
一方、ユウは別のことを気にかける。以前魔窟で見かけたような淡い光の線が今日は見当たらないのだ。あれは何だったのかと内心で首を傾げる。
そのとき、三の刻の鐘が鳴った。エルトンが注目するように促す。
「傾注! これより、行方不明となったドライヴァー卿の捜索を始める。話は聞いてるだろうが、もう1度簡単に説明しておく」
そこからエルトンの今回の捜索に関する説明が始まった。仕事の契約条件ではなく、捜索活動全体に関する決まりだ。特に遭難者の保護、荷物特に長杖の回収について強調される。参加者は知っていることなので質問もない。
「それでは、これから捜索範囲となる地図を渡す。受け取ったパーティから順に捜索を始めてくれ。以上だ!」
言い終えたエルトンは自分のパーティメンバーに3階の地図を、ガスたちに2階の地図を配らせた。受け取ったパーティから順番に魔窟へと入っていく。
広場から半分ほどのパーティがいなくなったところでユウたちも地図を受け取った。手渡してきたのはガスのパーティメンバーであるアダムだ。受け取ったユウを見て一瞬顔を引きつらせたがすぐににやにやと笑い直す。
渡された地図を目にしたユウは割と大雑把な描き方であることにすぐに気付いた。自分の地図と見比べて詳細を推測する。
「うーん、思ったよりも雑だなぁ」
「どんな感じなんだよ。これでわかんのか?」
「僕が描いたのと比べると、大体この辺りかな。今日1日で捜索できる範囲じゃないよ」
「近場から探して行こうぜ。パーティ単位で捜索地域が決まってんなら、魔術師のくたばった場所が枠内に入ってるかどうかで決まるしな」
「俺もケネスの意見に賛成だ。この様子だと金稼ぎのついでに捜索した方が良さそうだな」
地図を覗き込んでいたケネスとジュードの意見が一致した。なので方針が決まる。
他のパーティと同様にユウたち6人も魔窟に入った。渡された地図で示された場所を探すべく最寄りの階段へと向かう。
2階に上がった大きな手の一行は活動を始めた。一見すると限りなくいつもの魔物討伐に近い。ただ、この日は魔物や罠の有無を無視してしらみ潰しに部屋や通路を探さないといけないのが厄介だ。特に罠がきつい。
ともかく、地味に苦労しながらもユウたち6人は魔窟内の部屋と通路を1つずつ巡っていった。大体いつもの作業終了時間になると引き上げる。
外に出るとまだ周囲は明るかった。草の臭いが混じった空気を吸い込んだユウが口から息を吐き出す。
「結局手がかりすらなかったね」
「そうだな。ま、こういうときもある。それより、報告しに行こうか」
「エルトンって人も近づきたくないなぁ」
「なに、報告するのはケネスだ。俺たちはその後ろで黙って立ってるだけでいい」
のんきに返答したジュードの言葉を聞いたケネスが相棒に半眼を向けた。リーダーは大変だなとジュードが笑顔を向けると面白くなさそうに顔を背ける。
そうは言っても確かに報告はリーダーがするものなので逃げられない。仕方なくケネスは椅子に座るウィルコックスの隣に立つエルトンに近寄って声をかける。
「2階を担当した大きな手のケネスだ。今日捜索した範囲には何もなかった。途中出会った連中にも話を聞いたがそれらしいものは見なかったらしい」
「ご苦労。これが今日の報酬だ。それと、ドライヴァー卿のご遺体と長杖は見つかったので捜索は今日で終了だ。明日はもう来なくていい」
「は? もう見つかったのか?」
「そうだ。ドライヴァー卿は残念だったが、長杖だけでも回収できて何よりだとウィルコックス様はおっしゃっている。お前たちも、後で偉大なる魔術師の死を悼むといい」
結果を伝えられたユウたち6人は呆然とした。誰もがあっさりと捜索が終わったことに驚いている。
帰る途中、冒険者の道の手前でフランクと出会った。すると、またもや声をかけてくる。
「ケネス、結果はどうだった?」
「どうもこうもねぇよ。他の誰かが見つけておしまいって聞いたぜ」
「オレもだ。しかし、あの巨大な角が見つけたって聞いたときは驚いたぜ」
「ガスってヤツのところか」
「ああ。他のヤツに聞いたら、五の刻の鐘の辺りで戻って来たらしい。鐘2つ分の時間で特別報酬をもらえるなんて、出来すぎだよなぁ?」
問われたケネスは戸惑った。言われてみれば確かに首を傾げるが、しかしだからといって何かができるわけではない。
結局、ユウたちはその話を聞き流すことにした。フランクとは少し雑談をしてから別れる。しかし、どこか釈然としないものを抱えているのも確かだった。




