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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第11章 やり過ぎた者たちの末路

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老職員と3階で活動するパーティ

 5月もほぼ終わりという時期になると朝晩の冷え込みはすっかりなくなる。体を動かし酒を飲み明かした冒険者たちにとってはむしろちょうど良い涼しさだ。


 小岩の山脈の麓にあるアディの町も事情は平地と変わらない。魔窟(ダンジョン)での活動による熱気で涼しさなど吹き飛ばしていた。


 とある休養日、ユウは三の刻の鐘が鳴る頃に定宿である『大鷲の宿り木亭』を出る。目的地は冒険者ギルド城外支所だ。しかし、目的はいつもの地図の模写ではない。


 建物の中に入るとユウは受付カウンターにいくつもある行列の1つに並んだ。順番がやって来ると受付カウンター越しにトビーへと声をかける。


「トビーさん、おはようございます。ウィンストンさんはいますか?」


「いるよ。ウィンストンの爺さん、こっちに来てくれ!」


「トビー、てめぇまた何かしくじったのか?」


「大丈夫、完璧だって。それより、ユウのご指名だよ。相手をしてやってくれ」


「ああ?」


 しわくちゃで偏屈そうな顔をした白髪の老人がトビーの隣にやって来た。割と良い体格をしており、トビーよりも明らかに強そうに見える。


 老職員の鋭い眼光を受けたユウだったが既に何度も経験済みなので自然体だ。そのまま見返していると声をかけられる。


「何の用だ?」


「3階で活動している冒険者の人の話を聞きたいんで誰か紹介してほしいんです。ウィンストンさんは顔が広いから誰か知っているかもしれないって聞いたんで」


「誰から聞いたんだ?」


「トビーさんです。先日酒場で相談したときに教えてもらったんです」


 目を見開いたウィンストンがトビーへと顔を向けた。同時にトビーに思い切り顔を逸らされる。しかし、そんな程度で追及の手を緩めるウィンストンではなかった。低く唸るような声を口から吐く。


「トビー、てめぇ何を口走ったんだ?」


「何だったかなぁ。酒の席だったし、あんときゃ結構飲んでたからよく覚えてねぇ」


「そうかい。そいつぁ残念だ。仕方がねぇから思い出せるようにしてやろうじゃねぇか」


「え!? ちょ、ちょっと待った! 爺さん、オレ今仕事中だから! ほら、な? 忙しいんだよ。客を待たせるわけにゃいかねぇ。爺さんもユウの接客をしないと!」


「ちっ、余計な知恵ばっかり回りやがって。後で覚えとけよ。ユウ、修練場で待ってろ」


 やや頼りなさそうな顔の受付係を睨みながらウィンストンが言い放った。そうして踵を返す。トビーが露骨に安心していた。


 受付カウンターから西側には回り込めないユウは一旦城外支所の外に出ると南回りで修練場に向かう。以前罠の解除について教えてもらった場所だ。青く生い茂る草原の中に散った冒険者たちが訓練をしている。


 建物の西側の壁辺りにユウがたどり着くと同時にウィンストンが修練場に出てきた。今回は話だけなので手ぶらである。


「さて、3階で活動してる冒険者を紹介してほしいってことだったな。結論から言うと無理だ」


「無理、ですか? 紹介したくないではなくて?」


「そうだ。お前さん、3階で活動する冒険者が町の中に拠点を移すってのは知ってるか?」


「この前トビーさんに教えてもらいました。手に入る武器や防具の質が良くなるし、規制品の魔法の道具も買えるようになるそうですね」


「その通りだ。他にも、引退後を見据えて町民の知り合いを作るヤツもいる。何にせよ、色々といいことがあるんだ、あっちにはな」


「でも、そのうち町の中に染まる人も多いらしいですね」


「ああ、冒険者なんてしょせん貧民扱いなんだが、少し扱いを変えられると簡単に転ぶ連中が多いんだ。それで自分が町民になったみたいに勘違いしやがる」


 小さいため息をついたウィンストンが一旦言葉を区切った。しばらく沈黙が訪れる。


 ユウは自分が町の中で生活していたときのことを振り返った。売り飛ばされて突然町の中に入ったということもあって、よくわからなかったというのが正直な感想だ。あまり周囲と積極的に関わらなかったこともあって町の中に馴染みきらなかったというのもある。


 ただ、あの町の貧民と関わったのは商店を解雇されてからだったのは覚えていた。それまで2年間1度も町を出なかったことも思い出す。貧民に対しての差別意識は特になかった。心優しかったのではない。まったく認識していなかっただけだ。


 そんなことをユウが考えているとウィンストンが再び口を開く。


「最初のうちは形だけ従ってりゃいいと言ってた連中も、しばらくすると大抵はあっち側に染まっちまう。そうでなきゃ向こうに長く居続けられねぇからな」


「そうなると、耐えられない人は戻ってくるんですか?」


「それが困ったことによ、耐えられねぇヤツはこの町を出て行くんだ」


「え、どうしてです?」


「この町の貧民街出身の冒険者は生活費が稼げたらそれでいいから、わざわざ3階にゃ上がらねぇんだ。だから町の中に行くヤツはいねぇ」


「ああなるほど、確か町の中に移るのは大抵が町の外から来た冒険者でしたっけ」


「その通り。恐らく居づらくなって他の町に移るんだろうな」


 町の外で3階の情報が全然集まらない理由の全貌がユウにも見えてきた。以前トビーが冒険者ギルドとも縁が薄くなると話していたが、ウィンストンの話でもまったく同じようだ。


 少し気遣わしげな表情をしたウィンストンが肩を落としたユウに語りかける。


「資料室にゃ一応3階の資料もあるからそれを見ればいい。文字の読めるお前さんならいい情報を見つけられるだろう」


「はい。それにしても、縁が薄くなるのに情報は提供してくれるんですね、3階で活動する人でも」


「確かにな。けど、きちんとあっちにも利がある。やっぱり1人や1パーティで集められる情報には限界があるってことだ。3階で活動する連中の数は全体に比べてわずかだが、それでも何十というパーティがいる。その情報をまとめて手に入れられるってんだから悪くねぇ取り引きだろう」


「2階の冒険者と縁が切れても、冒険者ギルドと縁が切れない理由はそれなんですね」


「そういうことだ。だから儂は今回お前さんの力になってやれねぇ」


 はっきりと言われたユウは返事ができなかった。そもそも縁がないのであればどうしようもない。


 こうなるともう独力で何とかするしかないのだが、ユウはそこでかつての記憶を引っ張り出す。以前、このウィンストンから3階についての話を聞いたことがあるのだ。


 顔を上げたユウがウィンストンに尋ねる。


「ウィンストンさん、以前僕に3階のことを教えてくれましたよね? お金を取って」


「ああ、教えたな」


「ということは、ウィンストンさんも3階で活動したことがあるんですか?」


「資料室の資料を読みあさって覚えただけかもしれねぇぞ」


「ウィンストンさんって文字が読めないんですから、そんなことできないでしょう」


「そういやそんなことも言ったっけなぁ」


 苦笑いしたウィンストンが言葉を漏らした。まだユウと出会ったばかりの頃だ。


 次第に目を輝かせるユウが更に尋ねる。


「もしかして、2階の大部屋を楽勝で突破できる方法なんて知ってます?」


「そりゃ簡単だ。強くなりゃいい」


「え?」


「単純に強くなりゃいいんだよ。そうしたら襲ってくる魔物なんざ全部ぶった切れる」


「えぇ。もっとこう、陣形の妙とか連携の技とかってないんですか?」


「あそこを突破するにゃ、地力を上げるしかねぇんだよ。小手先でなんとかなるほど甘くねぇ。その様子じゃ、陣形をいじったり、もっとうまく連係できるように練習したりしてんだろう。それも大切だが、自分の実力を上げねぇとダメだぞ」


 あまりに真っ正面からの回答を受けたユウは絶句した。もちろんそれは重要ではあるが、最も難しい事柄でもある。


「最近の若いヤツぁ、魔窟(ダンジョン)から出てくると酒を飲んで寝るばっかだ。2階で稼ぐのが目的ってんならまぁそれでもいいんだが、3階に上がろうって連中も似たようなもんになっちまってるってのは、どうにもなぁ」


「あー」


「ユウ、お前さんはどうなんだ?」


「僕ですか? 毎日一の刻の鐘が鳴る頃に起きて走り込みと武器を使った鍛錬はしていますけど」


「そう! そういうのだよ! かぁ、いいねぇ! 貧欲に強さを求めるその姿勢! 大丈夫だ、お前さんはそのうち2階の大部屋を突破できるぞ」


 急に機嫌良く肩を叩かれたユウは目を白黒とさせた。自主鍛錬をここまで褒められたのは初めてなので戸惑いの方が大きい。


「たまにでいいんだったら、この修練場で稽古を付けてやるぞ」


「いいんですか?」


「おう、いいぞ。冒険者ってのは腕っ節が強くてなんぼだからな」


「お願いします!」


 老職員からの突然の申し出にユウは目を見開いた。またとない機会に飛びつく。


 こうして、本来の目的は果たせなかったユウだが別の幸運に巡り会えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おじいちゃん優しいやん! いつかここを出てまたいろんなところを見に行く旅に出る時も、強いことにこしたことはないですからねー!
[一言] やはりできる爺さんだった
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