2階を目指して(後)
パーティ内の連係と陣形の調整が終わったユウたち4人は、その翌日いよいよ2階に挑戦することになった。経験者であるハリソンの太鼓判もあって全員が自信を持って臨む。
早朝、二の刻の鐘と共に起きた4人は支度を済ませると魔窟に入った。最初の部屋に差しかかるとユウが地図を取り出して仲間に声をかける。
「それじゃ、左の通路に入るよ。みんな、ついてきて」
「ありゃ? ユウ、隠し扉の方に行くんじゃねぇのか?」
「同じ2階に行くのならこっちの方が安全なんだ。前にハリソンと相談して決めたんだよ」
「ハリソン、どういうことだ?」
わからないといった様子のケネスがハリソンに顔を向けた。すると、尋ねられたハリソンがユウに代わって口を開く。
「2階に行くだけならどこからでもいいんだが、落とし穴に引っかかったときのことを考えてこっち側にしたんだ。魔窟の西側だとどの部屋にも小鬼が3匹だけだから、万が一落ちても帰りに戦う魔物の数が少なくて弱いから助かりやすい。また、パーティの一部が落ちて助けに行くときもその方が楽だからな」
「はー、なるほどなぁ。罠に引っかかったときに備えてか。さすが経験者だな!」
「他にも、2階の敵は大体1階の2倍くらいの魔物が出てくるんだが、上がる場所によって魔物の種類や数が変わってくる。小鬼の大部屋から上がると2階も同じなんだよ。通路にも魔物が出てくるから最初はこっちで慣れた方がいい」
「確かにそうだな! それじゃ行こうぜ!」
納得したケネスが声を上げるとユウがうなずいて歩き始めた。地図を見ながら慣れた様子で進んでいく。
そうしてほとんど他の冒険者の姿が見えなくなった頃にとある大部屋にたどり着いた。開け放たれた扉から中に入ると魔物はいない。2階へと続く階段は正面の壁に張り付くようにある。
「ここが2階に続く大部屋らしいね。地図ではよく見かけたけど、実際に来たのは僕も初めてだな」
「あの奥にある階段だな。にしても、魔物がいねぇってことは、先に誰かが上がってるわけか。なら2階に上がってもしばらくは戦えなさそうだな」
「ケネス、そんなにがっかりしなくてもいいぞ。1階に比べて冒険者の数は少ないから、魔物のいる場所にすぐぶつかる」
肩を落としたケネスをハリソンが慰めた。一方、ジュードはユウに質問を投げる。
「ユウ、ここの階段を選んだ理由はあるのか?」
「問題が発生して魔窟から出るときに、出口までの距離が他よりも短いのが一番大きな理由かな。さっきハリソンが説明していたけど、罠にかかったときにすぐ帰れる場所にいるっていうのは大切なことだから」
「確かにな。戦うことや稼ぐことに意識が向いていたが、そうか、何かあったときのことも考えていたわけか」
「恥ずかしい話だけど、魔窟に入ったばかりの頃に1回迷子になりかけたことがあったんだ。それ以来、帰り道にはかなり気を遣っているんだよ」
まだあれから2ヵ月も経っていない出来事をユウは思いだした。随分と昔のことのように感じられる。
ともかく、ユウたち4人は大部屋の奥にある階段を登って2階に上がった。周囲は床、壁、天井を構成する石材がうっすらと光っているのでぼんやりと明るい。
ハリソン以外は全員初めてであるが、1階とまったく変わらない光景に体の緊張を解く。
「ハリソンの言う通り、魔窟の造りはまったく同じっぽいな。っていうか、階段がなけりゃ1階と見分けがつかねぇ」
「そうだな。俺ももう少し細かい違いがあると思っていたんだが、ここまで一緒なのか」
パーティの先頭に立つケネスと隣のジュードが周囲に顔を巡らせながら感想を口にした。一通り見ると背後へと振り返る。
「ここからは陣形を組んで行くぜ! しばらくは魔物が出ないかもしれねぇが、他のパーティがどこをどう通ったのかなんてわかんねぇからな!」
「ケネスの言う通りだ。ユウ、自分の位置からケネスに進む方向を指示してくれ」
「わかった。できるだけ安全な場所を探して進むからね」
「おう、任せたぜ!」
勢いよく返事をしたケネスはそのまま前を向いた。ユウが指示を出すと歩み始める。
魔窟は縦横10レテム、高さ5レテムの空間を基礎単位として構成されている。そのため、通路の幅はどこであろうと10レテムだ。魔物が現れる2階ではこの通路で戦うことになる。
問題なのはどう戦うかだ。幅は10レテムしかないので何人も横一列には並べない。2人または3人が並んで戦うのがこの魔窟では一般的だ。
ユウたち4人の場合、ケネスが前衛の中央に1人で立ち、ユウとジュードが中衛の左右、ハリソンが後衛の中央という陣形だ。これはケネスが広い範囲で存分に戦うためである。そのケネスの両脇を中衛の2人で守るのだ。
そうなるとハリソンは手持ち無沙汰になるわけだが、通路で戦うときの難点がこれである。1度に直接戦えるのは最大で3人までなのだ。このときパーティ側は主に2つの手段がある。1つは後衛が弓矢などの飛び道具で前衛を支援する、もう1つは適宜前衛と交代するというものだ。
ユウたち4人の場合は誰も飛び道具を持っていないので適宜前衛と交代することになっている。特にケネスとうまく交代できるかが重要だった。
事前にハリソンから2階の様子を聞いていたユウたちはジュードを中心に色々と対策を練っている。その結果が現状だ。
地図を持つユウの指示でケネスを先頭に大きな手は2階を進む。最初は通路にも部屋にも魔物はいなかった。最初は緊張していた面々も少しずつ気が抜けていく。
「次は、右側だけど、扉は開いていないね」
「やっとかよ。いつまで空振りが続くのかと思ったぜ。よーし、開けるぞ!」
「全員警戒! 次は魔物がいるはずだ!」
のんきなケネスの声にやや緊張したジュードの声が重なった。ユウとハリソンの顔つきが真剣なものに変わる。
扉の先は直線の通路だった。真ん中辺りに小鬼の群れが固まっている。ユウたちに気付くと走り寄ってきた。
その様子を見ていたケネスが思わず口にする。
「これ、部屋の中まで誘ったらいいんじゃね?」
「ばかやろう! 通路の魔物は部屋に入ってこないぞ! ぼさっとしてないで進め!」
「おっとそうだった!」
相棒に怒鳴られたケネスが目を見開いて通路に踏み込んだ。10匹程度の小鬼が一斉に突っ込んで来るがその目に怯えはない。ほぼ横一列に並んだ4匹の小鬼の中に勇んで迎え撃つ。
ケネスが戦斧を振るい始めたその直後、ユウとジュードは通路の両の壁際に沿って突撃してきた小鬼たちを迎え撃った。その数は常に1人当たり1匹か2匹だ。通路の壁のおかげで回り込まれることがないため前に集中できる。
程なくしてユウたち4人は小鬼の群れをすべて倒した。その様子を見ていたハリソンが感想を漏らす。
「この辺りの通路だとオレは必要なさそうだな」
「楽でいいじゃねぇか。部屋で戦うときは頼むぜ」
「そうだな。たまにケネスと交代してオレが前に出て戦った方がいいかもしれん」
「あー、休みすぎると体が鈍っちまうか。別にたまにならいいんじゃねぇの」
首を回しながらケネスがハリソンに返事をした。
一方で、魔石を拾い終わったジュードがユウに話しかける。
「部屋で戦ったときよりも戦いやすかったが、ユウはどう感じた?」
「僕も同じだった。回り込まれる心配がなかったからね」
「通路の方が戦いやすいのは意外だったな」
「でも、動きが制限されるのは僕たちも同じだよ。魔物の攻撃を大きく避けることができないから、強い敵と戦うとなると不安かな」
「確かに。ということは、格下の魔物が相手だったから戦いやすいと思えただけか」
「今はそれで良いんじゃないかな。2階でもやっていけるっていう証拠だし」
「そうだな。そういうことにしておこう」
ユウと意見を交換したジュードが大きくうなずいた。自分の見落としていた点を知ってたまに考え込む。その度にユウはじっと待った。
そんなユウたちにケネスが声をかけてくる。
「魔石は拾い終わったか? だったらそろそろ先に進もうぜ」
「お前も次からはちゃんと拾え。ともかく、次に進むのは賛成だ」
「ユウ、小鬼長のいる所にしてくれ。小鬼ばっかりじゃ飽きちまうよ」
「この要求は無視していいぞ。安全に稼げる所を優先してくれ」
「何でだよ、ジュード。ちょっとくらいいいじゃねぇか」
「罠のない所で戦う方がいいだろう。無理をする必要はない」
「罠のない所っていうのなら、近くに小鬼長のいる通路があるかな」
脇で地図を見ていたユウのつぶやきにジュードは目を見開き、ケネスが満面の笑顔を浮かべた。勝ち誇った笑みを浮かべるケネスに嫌そうな顔のジュードが半目を向ける。
2階に上がったばかりのユウだったが、早くも稼げる予感がした。




