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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第9章 魔窟で潤う町

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地図の作成とその方法

 初めて魔窟(ダンジョン)に入った翌朝、三の刻の鐘が鳴ると同時にユウは冒険者ギルド城外支所へと向かった。途中まで魔窟(ダンジョン)に向かう冒険者の流れに沿って歩き、建物の中に入る。


 受付カウンターには早速冒険者が並んでいた。ユウはトビーの列に並んで順番を待つ。しばらく待ってから受付カウンターの前に立った。若干眠そうなトビーに声をかける。


「おはようございます。ウィンストンさんはいますか?」


「またお前か。最近よく来るな。で、爺さん? そりゃいるが」


「地図について相談したいんです。別にトビーさんでもいいですけど」


「わかった今すぐ呼んでやるよ。ウィンストンの爺さん、こっちに来てくれ!」


「トビー、てめぇ朝っぱらから何をやらかした?」


「なんもやらかしてねぇよ! こいつが爺さんをご指名なんだ。面倒を見てやってくれ」


「なにぃ? またてめぇか」


 しわくちゃの顔をユウに向けたウィンストンが眼光を鋭くした。しばらくじっと見つめる。今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。


 睨まれたユウは3度目ともなると老職員の態度に慣れてくる。口調と態度がこういう人なのだ。じっと待っていれば良い。


 小さくため息をついたウィンストンがユウを見つめる。


「何の用だ?」


「地図について相談したいんです。昨日魔窟(ダンジョン)に入って必要だって知ったんで」


「お前さん、儂の魔窟講習は受けたのに地図なしであそこへ入ったのか」


「浅い場所を少し巡って感触を掴んでから色々と考えるつもりだったんです。でも、浅い所は他の人がたくさんいて全然魔物が出てこなかったので仕方なく奥へ行ったら、帰りにちょっと道に迷ったんですよ」


「よくある話だな。けどそれなら、別にトビーに聞いてもいいだろ」


「構いません。ただ、トビーさんがウィンストンさんを呼んでくれたので」


 話をしながらユウがトビーに顔を向けた。同時にウィンストンの細めた目も突き刺さる。


 目を見開いたトビーが首を横に振った。慌てて口を開く。


「爺さん待ってくれ。最初にこいつが爺さんを指名したんだってば」


「この場で説明してやりゃいいだろ」


「けどほら、俺って受付の仕事で忙しいから。こいつを見てくれよ。並んでる冒険者をいつまでも待たせるわけにはいかねぇだろ?」


「いつもはお構いなしに待たせるくせによ」


「みんな朝は特別忙しいんだって。だからそいつを頼むよ」


 情けない表情を浮かべたトビーに泣きつかれたウィンストンは嫌そうな顔をした。ちらりと受付カウンターの向こう側を見る。列に並ぶ冒険者の数は次第に増えてきていた。


 渋い顔をしたウィンストンがユウに声をかける。


「ついて来い。2階で話を聞いてやる」


「はい」


「あー忙しい。次の方どうぞー」


「いつもそうやって仕事をしてりゃいいのによ、まったく」


 呆れたウィンストンのつぶやきが室内の喧騒の中に消えた。ユウはその後を追って受付カウンターの南端にある階段を登る。


 2階には階段の脇から東西に伸びる通路の北側にはいくつもの木製の扉があった。それ以外は飾り気のない殺風景な石の表面が見えるばかりだ。


 階下の喧騒を耳にしながらユウはウィンストンに続いて部屋に入って扉を閉めた。前と同じ狭い打合せ室だ。


 奥の丸椅子をたぐり寄せた老職員がそれに座り、顎でユウにも勧める。背嚢(はいのう)を下ろしたユウはテーブルを挟んでウィンストンの正面に座った。


 わずかな沈黙の後、ウィンストンが口を開く。


「で、地図の話だったか。地形や罠の話に絡めて簡単には話しておいたはずだが」


「地図そのものの説明はそうなんですけど、いざ道具を揃えて描こうとしたらどうやったらいいのかわからなくて。何しろ魔窟(ダンジョン)の中を動きながら描かないといけないですから」


「その辺は試行錯誤するもんなんだが、確かに知ってりゃ避けられる失敗もあるわな」


 右手で顎をさすりながらウィンストンは半ば独りごちた。しばらくの間目を閉じて考え込む。その間ユウはじっと待った。


 1度肩を鳴らした後に目を開いたウィンストンがユウに話しかける。


「いいだろう。こっちとしちゃ冒険者が生きて魔石や出現品を持って帰ってくれるのは大歓迎だからな。儂の知ってることは教えてやる」


「ありがとうございます」


魔窟(ダンジョン)で使う地図ってのは、今の自分がどこにいるのかを知るためのものだ。他に気付いた情報を色々と書き込むことはあるが、これが基本だ。だからできるだけ正確に描いた方がいいし、それができたら帰り道で迷うこともなくなる」


「そうですね」


 早速指摘されたユウは苦笑いした。ウィンストンがにやりと笑って話を続ける。


「そんな地図の情報だが、昔は冒険者がそれぞれ独自に作って利用していた。中は迷路だから迷子になるのを防ぐためにだ。更にはこれを他の冒険者に売ってカネにしていた」


「前に話してくれましたね。今はみんな冒険者ギルドに地図の情報を提供しているって。確か魔窟(ダンジョン)の中は定期的に変化するからって」


「多少のカネと引き換えにな。他にもあの無限に広がる場所を個人や1パーティで調べ尽くすのは無理だとわかったからってのもある。だから今じゃ地図の情報は冒険者全体の共有財産という認識だ」


「お金を払ってもらえるなら、いい加減な地図を描いて冒険者ギルドに売ろうとする人もいそうですよね」


「バレたらギルドが公開してる地図を描き写せなくなるからな。それを考えると明らかに損だから、ギルドを騙そうとする奴はいねぇ」


 冒険者の手綱をうまく握っている冒険者ギルドにユウは感心した。確かに損失が圧倒的に大きいとなると相手を裏切りにくい。


 小さくうなずいたウィンストンが更に説明していく。


「それでその地図なんだが、きっちりと細かく描くのが理想だ。が、魔窟(ダンジョン)の中でそんなことをのんきにしてる暇はねぇ。だから、できるだけ簡略化して地図を描くことになる。例えば、通路も部屋も縦横10レテム四方が1単位っていう規則性を利用して、□を積み重ねて地図を描くとかだな。他には┼を重ねてあるやつも見たことがある」


「なるほど」


「これは、たまに魔窟(ダンジョン)の中が変化するから細かく描いても意味がないからってのもある。ともかく、自分なりの略式記号を作って記入の手間を省くのが大切だ。ちなみに、ギルドにある地図は□を使って描かれてるぞ」


「それじゃ僕もそうしようかな」


「好きにしたらいい。罠や他の特別な情報も書いてあったら買取価格もわずかに上がるから、なるべく書いておくといい」


「わかりました。そうなると、筆記用具を買わないといけないですね」


「そうなるな。質の悪いやつは買うなよ。使ってる途中でペン先が折れたりインク瓶が割れたりしたら面倒だからな」


「うわ、そんなことがあるんですか」


「特にインク瓶が割れると悲惨だぞ。服やら鎧やらが真っ黒になっちまう。服なんて染みが落ちねぇんだ」


 インクで服が染まってしまうところを想像したユウは顔をしかめた。確かにインクの黒はなかなか落ちてくれない。


 ウィンストンの話はまだ続く。


「逆に地図を書き込む羊皮紙はできるだけ安い物を買っておけ。早けりゃ数ヵ月で使い物にならなくなっちまうからな」


魔窟(ダンジョン)の中って変わりますもんね」


「中が変わらないなら質のいいやつを使うのもいいんだろうけどな」


「それで、冒険者ギルドにある地図ってどこにあるんですか?」


「2階の資料室だ。後で連れて行ってやろう。そうだ忘れた、下敷きも手に入れておけよ。魔窟(ダンジョン)内で地図を描くときにあれがあると便利なんだ」


「下敷きって何ですか?」


「羊皮紙と同じくらいの大きさの木の板のことだ。何か描くときに羊皮紙のしたが机の上みたいにしっかりとしてる方が描きやすいだろ」


「でも、あんまり大きい板を持っていると動きにくそうですよね」


「そこが難点なんだよなぁ。持ちにくいのを嫌って下敷きを使わない奴も多いんだ」


 難しい顔をしながらウィンストンは言いにくそうにユウへと説明した。あれば便利でも持ち運びに不便だと利用者も少ない。


「大体はこんなもんだな。今から資料室に案内してやる」


 椅子から立ち上がったウィンストンはそのまま打合せ室から出ていった。背嚢を持ったユウがそれに続く。


 廊下を西の端まで歩いて端の部屋に入るといくつもの棚が並んでいた。そこには書物や羊皮紙が並べて置いてある。部屋の隅には机がいくつか置いてあり、今も使っている人が何人かいた。


 振り向いたウィンストンがユウに顔を向ける。


「この手前の棚に魔窟(ダンジョン)の地図が置いてある。使ったら元通り置いておけよ。後が面倒になるからな。今からこいつの読み方を教えてやる」


 説明しながら1枚の羊皮紙を手に取ったウィンストンが地図を広げた。ユウはそれを覗き込むようにして眺める。


 ここからしばらく地図の読み方についての講習が始まった

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