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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第7章 帰らずの森

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1人で遠征する覚悟

 ターミンドの町にやって来て初めての仕事をユウは終えた。


 町に戻ってきたユウは背嚢(はいのう)以外に膨らませた麻袋を背負って薬草買取カウンターの建物に入る。夕方にもかかわらずカウンターはあまり混んでいない。


 何人か立っている薬師のうち、面識のあるやや神経質そうな青年の前に立つ。


「薬草を換金したいんですが」


「ひどい顔つきだな。何か悪いことでもあったのか?」


「あれ? そんなに顔に出てます? 気合いを入れ直したつもりだったんですけどね」


「だとしたら入れた気合いはすっかり抜けているんだろう。まぁ、換金するのに気合いは必要ないからな。採ったやつを見せてみろ」


 背嚢を下ろしたユウはくくり付けていた麻袋二つをカウンターの上に置いた。どちらも膨れ上がっており、口を開けた途端に中身があふれ出てくる。


「これはまた結構採ったじゃないか。ん? なんだ、ハラシュ草ばかりだな」


「もう1つの袋にベスティ草もありますよ。見た目だけならたくさんあるんですけどね」


「他にはなかったのか?」


「声をかけたパーティの冒険者に教えてもらった場所に行ってきたんですけど、思った以上に採取できなかったんです。しかも、魔石採掘パーティや他の薬草採取パーティがいたせいで、採りたい所で採れなかったんですよ」


「よくあることだ。残念だったな。にしても、これは数えるのが大変だ」


「最初に僕が小分けして数えますから、それを確認してもらえますか?」


「いいぞ、それは助かる」


 わずかに憂鬱そうだった薬師の表情が明るくなった。


 早速ユウが10ずつ取りまとめては薬師に手渡していく。その手作業は素早く正確で1袋目のハラシュ草が速い速度で減っていった。


 ユウが2袋目を開けているときに薬師が声をかける。


「随分と慣れてるな。何かやっていたのか?」


「小さい頃に町の商店で働いていたんですよ。そのときに色々やっていました」


「なるほどな。しかし、そんな奴が冒険者に、いや、今のは忘れてくれ」


「いいですよ。そこはもう割り切りましたから。それじゃ、次行きますよ」


 微妙な表情をした薬師に構うことなく、ユウは再び薬草を数えた。途中でハラシュ草からベスティ草に変わる。


 すべて数え終わるとユウは麻袋を片付けた。一緒に麻の紐も手早くまとめる。


「数は合ってましたか?」


「ああ正確だ。ハラシュ草が400株にベスティ草が120株、合計で銅貨6枚だ。お前数えながら採取していたのか?」


「はい。もっといろんな種類の薬草が採れるなら計算は怪しくなっちゃいますけど、2種類だけなら覚えていられますよ」


「大したもんだ。ほら、これが代金だ」


「ありがとうございます。けどこれ、赤字なんですよね」


「ハラシュ草とベスティ草だしな。かさばる割には稼げない薬草だ。他の薬草はなかったのか?」


「どこに行ってもきれいに採られていましたよ。中には雑な採られ方をされていた所もありました。あれじゃ高く売れないと思うんだけどな」


「その辺りを気にしない連中はたまにいる。こっちも状態がひどいと買い取りを拒否しているぞ」


「そうでしょうね。でもこれじゃじり貧だな。パーティには入れてもらいたいけど、このままじゃ蓄えがなくなっちゃいます」


 渋い表情をしたユウが小さくため息をついた。とりあえず1度薬草を採取してみたが、食っていける未来が想像できない。


 そんなユウに薬師が尋ねる。


「さっき別の冒険者から勧められたと言っていたが、どこに行ったんだ?」


「町から北東の方角です。ここから一番近いから通うパーティも多いんで仕事ぶりを見てもらいやすいと言われたんですよ」


「確かにそうだが、あの辺りだと稼げないだろう」


「ええ、収入がきついとも言われました。けど、想像以上だったんで、まずは稼げる場所から探さないとこの仕事を続けられません」


「あてはあるのか?」


「ないです。話によると、人の多さは北東に次いで東と南東が多くて、それに北側が続くそうですね。ただ、比例して森までの移動距離が遠くなるとも聞きましたけど。そうなると北側が一番稼げるのかな?」


「まぁな。しかし、単純に稼ぐとなると南に向かうのも手かもしれん」


「南? 町の南は海ですよね?」


「東から湾をぐるっと回って真南に向かうんだ。その先にも帰らずの森があるんだが、たどり着くまでに確か3日くらいかかるんだったか」


「3日!? 往復で6日じゃないですか。そこに行く人なんているんですか?」


「最近は聞かないな。お前の考えてる通り、平原を歩くだけで6日もかかる。よっぽど準備して1週間くらい入るつもりでないと割に合わないとみんな避けてるんだ」


「ですよね。だったら僕が行ってもまた赤字になっちゃいますよ」


「普通はそうなんだが、誰も行かないからこそ薬草が手つかずで残っているとも考えられる。例えばマギィ草なんかを見つけたら割に合うだろう」


 魔法薬を作成するのに利用される薬草はユウも知っていた。白地に銀の砂をまぶしたかのような花びらを持つ植物だ。


 久しぶりに思い出した薬草を思い浮かべながらユウが返答する。


「確か、あれなら1株で銅貨4枚でしたっけ」


「そうだ。大抵は何株かまとまって生えているから、見つけられたら結構な収入になる」


「でも、見つけられなかったらまた苦しいですよね」


「だからどうするかは自分で決めてくれ。こちらで強制はできん」


「わかりました。考えておきます」


 新たな選択肢を提示されたユウは迷いながら薬草買取カウンターの建物を出た。


 夕闇が迫る道を歩きながらユウはターミンドの町の南に向かう提案を検討する。話によれば片道3日、往復だと6日だ。今日まで行っていた薬草採取の仕事が5日間なので移動だけでそれ以上かかる。


「往復の移動分だけで銅貨12枚か。冷静に考えると完全に博打だよね」


 今回の稼ぎが銅貨6枚なのでその倍を稼がなければならないのだ。麻袋がまったく足りないわけだが、不足しているのはそれだけではない。


「今持っている水袋が8つ。ということは、帰らずの森で動けるのは2日だけ。いやさすがにそれは無理すぎる。なら、買い足さなきゃいけないのか」


 森での活動日も含めると2日で最低銅貨16枚分を採取しないといけないわけだが、マギィ草をまとめて採らない限りはとても無理だろう。例え手つかずの場所があったとしてもである。


 では何日森で活動するべきかであるがそれがわからない。長いほど良いのは間違いないが全部を用意できるほどの余裕は今のユウにはなかった。


 人にぶつかりそうになりながらもユウは考え込む。


「仮に3日間仕事をするとなると最低銅貨18枚、1日当たり銅貨6枚か。4日間だと1日当たり銅貨5枚。6日間だと1日当たり銅貨4枚。しかも日々担ぐ薬草の量は増えるわけだけど、森の中を歩いて夜は守って、最後は3日間運んで帰るんだよね。きついなぁ」


 先日木の上で寝たときのことをユウは思い出した。苦労して自分の体と背嚢を木の幹にくくり付けて眠ったのだが、いつ落ちるか気が気ではなく眠りが浅かったのだ。あれを何日も繰り返すと考えて顔をしかめる。


「うん、3日が限度かな。収入云々以前に僕の身が保たないや。1日に銅貨6枚は正直きついけど、本当に稼げるのかなぁ」


 考えながら徐々に行く気になっているユウだったが、それでも不安はかなりあった。今のところもらった助言はどれも正しかったものの、どれもまだ利益をもたらしていない。頼れる者のいない町で赤字が続くのは何としても避けたかった。


 宿屋街に差しかかったところでその後のこともつぶやく。


「もし南が駄目だったら次はどうしよう。北がいいかな。それとも、いっそのこと魔石の採掘にしようか。ここまで薬草を採りにくいとなるとねぇ」


 ユウとしては面白くない話ではあるが背に腹は代えられなかった。手持ちの蓄えを大きく切り崩してしまう前に収入源を確保しないといけない。


「あー駄目だ。どうしても考えが後ろ向きになっちゃう」


「おい危ねぇぞ!」


「ごめんなさい!」


 正面から歩いてきた人にぶつかりそうになったユウはとっさに謝った。そこで立ち止まった大きなため息をつく。


「もっと前向きにならないと駄目だ。とりあえず、足りない物は何かな。水袋は2ついるし、麻袋もほしいな。水と干し肉もほとんどなかったっけ。またまとめ買いしないと。ああ、お金がどんどん減っていく」


 心を奮い立たせたばかりのユウは次の遠征の準備費用を計算してまた弱気になった。見通しが立たない中なので仕方のないことだが浮き沈みが激しい。


 ターミンドの町にやって来て以来使っている安宿にたどり着いた。木造の家屋は暗くてその全体が見えなくなりつつある。


 独り言をつぶやくユウがその宿の中に入っていった。

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― 新着の感想 ―
猪やウサギを倒したら自分で干し肉に加工すれば食費が浮くんじゃないかな?
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