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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第6章 南方辺境の旅

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草原の旅

 翌朝、まだ日の出前の薄暗い中をユウは歩いていた。ニーノの荷馬車にまでもうすぐである。準備万端の背嚢(はいのう)は重いが今は気力体力が充実しているので気にならない。


 昨日と同じ場所にユウがたどり着くとニーノの荷馬車があった。御者台に座っている青年に向かって声をかける。


「おはようございます、ニーノ」


「おはよう。荷物は荷台のどこでもいいから置いてくれたらいいよ。それと、君はこっちの御者台に座ったらいい」


「え、いいんですか? 荷台でも構わないですよ?」


「そっちがいいっていうのなら荷台に座ればいいよ」


「だったら御者台に座ります! 僕、そこに座ったことがないんで」


 目を輝かせたユウが荷馬車の裏に回って背嚢を荷台に突っ込むと、小走りで前に戻って来た。そして、右側から御者台に乗り込む。


 座ったユウがやけに嬉しそうなのを見てニーノが苦笑いした。同時に馬を歩かせる。


 今まで遠ざかる景色しか見たことのないユウは初めて迫ってくる風景に感動していた。どちらで見ても景色に違いはないが、往くか来るかの違いは今のユウにとっては大きいのだ。あちらこちらに首を振って眺める。


 苦笑いからにやにや笑いに変わったニーノがユウを見て楽しんでいた。それを気付かれると先に口を開く。


「そんなに荷馬車の前が珍しいかい?」


「珍しいです。わかっていたんですけど、やっぱり実際にここへ座ってみると違いますね。へぇ、こんな風に見えるんだなぁ」


「楽しんでいるところ悪いけど、リーアランド銀貨1枚を用意しておいてくれ。清浄の川を渡る船賃が必要なんだ」


「わかりました。あ!」


「どうしたんだい? もしかして船賃がないとか?」


「いえ、そうじゃないんです。銀貨はなくて、銅貨ばっかりなんで」


「なんだいそりゃ。まぁでも銅貨なら10枚はあるんだろう? だったら問題ないけど」


「ありますよ。そっか、川を渡るんですよね」


 話をしているうちに清浄の川の船着き場に着いた。どちらも御者台から降りて船頭に船賃を支払う。銅貨10枚を渡された船頭は変な顔をした。


 清浄の川を渡ってから、ニーノは竜鱗の街道の脇で馬首を東向きにして荷馬車を停めている集団に近寄る。そこの商売人と話をして同行させてもらうためだ。


 すぐに話がまとまると、ニーノが参加した隊商が動き始めた。竜鱗の街道をひたすら東へと荷馬車を走らせる。ときおり羊の群れが草原を歩いていた。


 あっさりと話がまとまったことに驚いたユウがニーノに尋ねる。


「随分と簡単に同行させてもらえましたね。知り合いなんですか?」


「違うよ。俺が遊牧民出身だからなんだ。この辺りは護衛を遊牧民がすることになっていることは知っているだろう。だから、向こうは話を付けやすい奴を引き込みたかったんだ」


「なるほど、護衛料を安くしてもらうとかですか」


「まぁ、そんなところだよ」


 得意げに説明するニーノにユウは感心したようにうなずいた。


 昼頃には一旦停止して昼食を食べるが、その間に馬に乗った集団が隊商に近づいてくる。御者台でのんびりとしていたニーノは呼ばれるとそちらへと向かった。


 暇だったユウが後を着いていくと、馬から下りてきた者たちとニーノが抱擁を交わして親しげに会話をしている。聞き慣れない言葉なので何を言っているかはわからなかった。


 やがて話が終わるとニーノが戻って来る。


「ユウ、来てたのか」


「暇でしたから。あの馬に乗った人たちって知り合いなんですか?」


「そうだよ。別の部族だけど付き合いがあるんだ。ここからノマの町まで護衛してくれることになったよ」


「へぇ。あ、護衛をしてくれるってことは、僕もあの人たちと一緒に夜の見張り番なんかをするんですね」


「何を言っているんだい? きみはお客なんだから何もしなくてもいいんだよ」


「え、お客? 僕が?」


「そうだよ。まさか護衛のつもりで乗っているのかい?」


「でも僕、お金を払ってないですよ?」


「ユウは面白いなぁ。それじゃ教えてあげよう。毎日買ってもらうって約束した水と干し肉だけど、実はあれって少し値段を高めに設定しているんだ。そして、旅が終わるまで買い続けてもらうと運賃になるって寸法なんだよ」


「ああ、なるほど!」


 からくりを聞いたユウはうまくできていると声を上げた。さすが商売人と感心する。


 旅を始めてから、ユウは大半を荷馬車の護衛として過ごしてきた。あるときは冒険者として、あるときは仮の傭兵としてなど立場は違ったが、やった仕事に変わりはない。また、歩いて町から町へ移動したときは充分に眠れなかった。


 それを思うと、草原の旅は驚くほど快適である。何しろ、一切の仕事から解放されてただ待っているだけでいいからだ。野営の準備も夜の見張り番も食事の用意すらしなくても良い。本当に移動しているだけだった。


 ところが、それでもついて回る問題がある。暇だ。やることがなくなったユウは手持ち無沙汰になってしまう。


「お金の力ってすごいなぁ」


「どうしたんだい、いきなり」


 夕食の支度をしていたニーノが振り向いた。パンと干し肉を羊の乳で煮込んだ粥だ。


 円状に停められた荷馬車の外では遊牧民の護衛が篝火の支度をしていた。その作業音やかけ声を背景にユウが語る。


「今まで町から町へと渡って来たんですけど、お金を払って運んでもらうってことはしたことがなかったんです。今回初めて運賃を支払って運んでもらっていますけど、お金があったらこんなに色々としてもらえるんですね。貴族ってこんな感じなのかなぁ」


「ははは。なるほど、いつも働く側だったわけだね。今回はどうして払う気になったんだい?」


「フィサイルの町から東の護衛は遊牧民がやっているって冒険者ギルドに聞いたからですよ。獣や魔物が多くて歩くのも危険だっていうし」


「船で行けば良かったじゃないか」


「ここまで歩いてきたんで、最後まで街道を進みたいんですよ」


「そういうものか。おや、できたみたいだ」


 鍋の中の煮えた乳粥をおたまで木の皿に移したニーノはユウに手渡した。


 木の皿を受け取ったユウはゆっくりと冷ましながら乳粥を食べる。体が火照って汗が滲むが悪くない。


 夜は寝るだけとニーノに教えられたユウは落ち着かなかった。町の宿屋以外で熟睡できる環境などなかったからである。一応理解して眠るものの、体は護衛のときの癖が抜けなかったようで夜中に目が覚めた。周囲を見ると遊牧民の男たちが見張り番をしている。ときおり近寄ってくる獣などを追い散らしていた。


 翌日、よく眠れたユウは気持ち良く起きる。まだ薄暗いが起き上がった。荷馬車の円陣の外を見るとすぐ近くでニーノが馬の世話をしている。


「おはようございます、ニーノ」


「やあ、早いじゃないか。もっと寝ていればいいのに」


「寝過ぎて目が覚めたんです。何か手伝うことはありますか?」


「お客に仕事はさせられないよ。そこら辺に座っていたらどうだい」


「落ち着かないんですよ」


「ユウは貧乏性だね」


「そうかなぁ」


 首を傾げるユウに対してニーノが笑いかけた。その横で世話されている馬が小さくいななく。少しずつ周囲が明るくなっていった。




 その後2週間近くかけてユウたちはノマの町にたどり着いた。トラデルの町を彷彿とさせるような天幕が一塊になって組み立てられている。違う点は、町のすべての建物が天幕であるということだ。


 荷馬車を停めるとニーノがユウに告げる。


「この町で1日休憩するよ。今日と明日は町で泊まるといい。ああ、通貨はすべてリーアランド銅貨だから気を付けて。鉄貨は通用しないよ」


「わかりました。それじゃ行ってきます」


 御者台から降りたユウは天幕の集まる町へと足を向けた。


 町に着いたユウが最初にすることは食べることである。普段は干し肉ばかりだが、食事を楽しみにして生きている面もあるので町の料理は見逃すわけにはいかない。


 そこでユウは酒場に入って料理を確認してみて目を剥いた。なんとはるか西のトラデルの町と同じなのである。下手をすれば川を1つ越えれば別の味ということもあるのに、これだけ離れた2つの町の料理が同じだというのは不思議なことだった。


 料理の共通点が同じことには首を傾げるばかりのユウだったが、料理は目一杯楽しんだ。頼んだ料理は馬乳酒、黒パン、ウルム、アーロル、肉入りスープである。特に気に入っていたクリーム状のウルムと乳製品を干したアーロルを食べられたのには喜んだ。


 こうして真夏の草原でユウは充分に楽しむ。ニーノに勧められて初めて馬に乗って怖い思いをしたのも良い経験だ。これがきっかけで後日荷馬車の操作を教えてもらう。


 出発の日、心身共に全快していたユウは元気いっぱいに御者台へ乗り込んだ。そして、日の出と共に一路ペニンの町へと向かった。

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