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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第6章 南方辺境の旅

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砂漠の中に流れる川

 デソアの村に到着するまで魔物1匹出会わなかったのが幸運ならば、村を出発してからはその幸運を使い果たしてしまったのだろう。


 砂蚯蚓(サンドウォーム)と戦ったのを皮切りに、ウーゴの隊商は毎日のように獣や魔物に襲われるようになった。


 砂蠍(サンドスコーピオン)は砂漠に住む(さそり)の魔物だ。反り返った尻尾を伸ばすと全長6レテムにもなる。これの厄介なところは、普段は砂の中にじっと隠れているので気づきにくい点だ。そして、獲物が目の前を通りかかるとしっぽの先端にある毒針を刺しに来る。


 異変を察知したウーゴの指示でアダーモたちがあぶり出したところ、危うくユウが毒針に刺されかけた。また、固い殻はユウたちの攻撃を寄せ付けないため、脚の関節を切断して動けなくしてからさっさとその場を離れる。襲われなくなればそれでいいのだ。


 他にも砂蛇という全長20レテム以上の蛇に襲われたこともあった。口に入るものは何でも飲み込むのだが、ある程度の大きさの獲物を襲う場合は巻き付いて絞め殺そうとしてくる。恐ろしいのは砂蛇の標的は駱駝(らくだ)ではなく人間だということだ。砂の丘の上から飛び出してきた砂蛇に巻き付かれそうになったユウが慌てて逃げている。


 このように日々危機に曝されながらも、ウーゴの隊商はどうにか細かい砂の丘を抜け出した。道らしきものの上を隊商が進む。


 大きく変化した景色にユウは安堵のため息を漏らした。そして、そのまま喜びを口にする。


「やった、ついに砂漠を越えたぞ」


「この先に竜汗の川という大きな川があるが、その流域に出ただけだ。灼熱の砂漠自体はまだずっと東に広がっているぞ」


「えぇそんなぁ」


 踏破したつもりが実は全然できていなかったことを知ったユウは膝から崩れ落ちた。


 立ち止まったアダーモが振り返る。


「何をしている、上リヴァンクの村はもうすぐそこだぞ」


「はい」


 大きなため息をついたユウが膝を突いて立ち上がった。そして再びのろのろと歩き始める。その歩みは砂に埋まったかのように遅かった。


 やがて前方に行く手を遮る川と小さな村が姿を現す。竜汗の川と上リヴァンクの村だ。


 もう少しの辛抱だとユウは自分に言い聞かせながら足を動かした。




 空が赤く染まる頃にウーゴの隊商は上リヴァンクの村へ到着した。久しぶりに何人もの他人の姿を見て全員が気を緩める。


 その中で、ユウは空気が乾燥していないことに気付いた。アダーモの言う通りならばこの辺りはまだ砂漠の中である。にもかかわらず空気に湿り気があるということは竜汗の川には大量の水が流れているということだ。


 何となくわずかに生き返った気がしたユウは駱駝が止まったことに気付く。少し間を置いてからウーゴの集合がかかった。アダーモ、ユウ、カルロの順でウーゴの周りに集まる。


「今回はいつも以上に獣や魔物に襲われたが、それでも何とか無事にここへたどり着いた。日が暮れるまであまり時間がないから、船着き場に荷物を下ろすのは明日にする。アダーモ、カルロ、駱駝は宿の脇に繋いでおいてくれ」


 指示を出されたアダーモとカルロはうなずくと、先頭の駱駝の手綱を引っぱってこの場を離れた。


 残されたユウはウーゴに顔を向ける。


「ユウ、お前とはここまでだったな。契約は終了だ。よくやってくれた。これは報酬だ」


「ありがとうございます。結局逃げ回っていただけですけどね」


「砂漠の魔物は強いからな。慣れないうちは仕方がない。それでもお前は囮としての役目を果たしたんだから立派なものだ。ところで、お前は本当にこの砂漠を渡りきるつもりなのか?」


「はい、そうですけど」


「だったらまずは下リヴァンクの村に行くべきだな。そこから竜汗の川を渡って砂漠を渡ればフロンサートの町にたどり着く」


「まだ先は長そうですね」


 肩を落としたユウがため息をついた。今までの苦労をまだ続けないといけないと理解してしまったからである。魔物もそうだが、砂の上を歩くのは地味にきつい。


 そんなユウを見たウーゴが珍しく苦笑する。


「そうだな、長い。ただ、下リヴァンクの村へ行くのは金さえ払えば楽ができる。船を使うんだ。竜汗の川は物を運ぶための川が行き来しているが、金を払えば人も乗せてくれる」


「いくらなんですか?」


「リーアランド銀貨2枚だ」


「銀貨!? 2枚も! 高いですね!」


「確かに。ただ、それだけの価値はある。少なくとも、歩き疲れはしないからな」


 他の3人とは違い、歩くだけで疲れていたユウは赤面した。面と向かって指摘されると何も言えない。


 ただ、いつまでも恥ずかしがっているわけにはいかなかった。ユウは聞きたいことをウーゴに質問していく。


「ここから下リヴァンクの村、できればフロンサートの町までの隊商護衛の仕事ってありますか?」


「一気にフロンサートの町までというのはないな。というのも、上リヴァンクの村と下リヴァンクの村はほとんどの品物を船で運んでるからだ。一部は川沿いの街道を使って運ぶこともあるが、これは護衛する者は決まってる」


「ああ、そうですか」


「だから、下リヴァンクの村までは自力でいくしかないだろう。ただ、下リヴァンクの村とフロンサートの町の間には砂漠があるから仕事は見つかると思う。護衛の足りない隊商は常にいるからな」


 話を聞いているユウはうなずいた。あれだけ危険な砂漠越えなので、死傷者が常に出ることは想像しやすい。それならば、その穴埋めは常に必要とされている可能性は高かった。


 次の質問をユウは口にする。


「今使っているリーアランドの通貨ですけど、これってどの辺りまで使えますか?」


「俺の知ってる範囲だと、フロンサートの町では使えたな。ただ、それより東でも使えるとは聞いたことがある」


「あれ? フロンサートの町からはもう国が違うんですよね? どうして別の国の通貨が使えるんですか?」


「人があんまり住んでいないせいで国に力がないからだ。通貨を発行できるっていうのは、それだけ国に勢いがあるってことなんだ」


「でも、そんなことをしていたら、通貨を発行している国にやられちゃいません?」


「普通なら飲み込まれるだろうな。けど、リーアランド王国と東の国の間には灼熱の砂漠がある。どう頑張ってもリーアランド王国は手を出せないことを知っているからできることだと思う」


 通貨の流通にそんな事情があったことをユウは初めて知った。みんな色々と考えていると改めて感じる。


 次第に周囲が暗くなる中、ユウがウーゴと話をしているとアダーモが戻って来た。


 ちらりとユウを見たアダーモがウーゴに声をかける。


「駱駝を繋いでおいた。カルロが荷物番をしている」


「わかった。なら、お前は交代の時間まで好きにしていていい。ユウ、それじゃここでお別れだ。縁があったらまた会おう」


「はい、ありがとうございました」


 去って行くウーゴとアダーモに礼を述べたユウはこれからどうするか考えた。




 翌日、ユウは宿屋の寝台で目覚めた。昨日までの砂漠越えの疲れが完全に癒えていないことを実感する。ただ、デソアの村のときよりもいくらかましには思えた。


 朝食を食べて二度寝を決め込んだユウは昼頃に起きる。とりあえず動ける程度にまで体力が回復したことを確認すると宿を出る準備をした。完全に起きるまで体がやけに重い。


 宿の店主にユウが教えてもらったところ、暦は既に6月を過ぎていた。南方辺境では6月は夏だとも教えてもらう。故郷ではまだ春の範囲だったのでその際に驚いた。


 ようやく宿を出たところで、ユウはほぼ真上から強烈な日差しを注いでいる太陽をちらりと見る。


「それにしても、暑いな。冬だったらもっと涼しかったのかなぁ」


 つばあり帽子と全身を覆える外套に守られたユウは背嚢(はいのう)を背負いながら歩いた。空気が乾燥しきっているので汗濡れになることはないが、簡単に脱水症状に陥ってしまうということでもある。水袋はこまめに口に含んだ。


 ユウが向かったのは冒険者ギルドで、下リヴァンクの村までの護衛の仕事がないか尋ねてみる。しかし、まったくないと返答された。ユウの経験上、冒険者ギルドで仕事がないと言われたら本当にない。


 念のためにユウは船着き場へ行ってみる。船の上で待機していた船頭に船賃を聞いてみると確かに銀貨2枚だった。


 ここで上リヴァンクの村から下リヴァンクの村まで歩いたときの費用を計算する。徒歩だと8日かかる距離なので、干し肉なら24食、飲み水なら水袋が8袋必要だ。上リヴァンクの村での相場は干し肉なら3食で銅貨1枚、飲み水なら水袋2袋で銅貨1枚となる。


「8日だと銀貨1枚と銅貨2枚、となると差は銅貨8枚か。うーん、どうしよう」


 自分の体力と秤にかけてユウは考えた。ここで長くは迷えない。


 強烈な日差しが降り注ぐ中、ユウはため息をついて決断した。

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護衛アダーモの、間の悪い心配性や不器用な優しさがすごくあーこんな人いるいるってキャラで嬉しくなりました 好きだわー 出会う人出会う人みんなキャラ立ってて印象深いので、読み返すとまた再会できた喜びに浸れ…
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