砂漠の脅威
1日休憩した翌朝、まだ薄暗いうちにユウは宿屋を出た。目指すはデソアの村の東端だ。村はそこまで広くないので目的の場所にはすぐに着く。
「ユウ、来たか。駱駝の点検をしてくれ」
「わかりました」
ウーゴに声をかけられたユウは返事をすると地面に座っている駱駝に近づいた。先頭から順番に荷物をまとめている紐を確認し、手綱を結びつけていく。それが終わると、今度は最後尾から順番に駱駝を立たせた。
近づいて来たウーゴにユウは先頭の駱駝の手綱を手渡す。
「点検終わりました。問題ありません」
「よし、それじゃ明るくなってきたら出発だ。それと、村を離れるとき、日が出たら右の方を見るといい。きれいな光景を見られるぞ」
「きれいな光景ですか?」
珍しくウーゴから仕事以外の話題を振られてユウは首を傾げた。何のことが尋ねようとしたが、アダーモに呼ばれてそれきりとなる。
周囲の闇が少し晴れてきた。うっすらと周囲の景色が見えてるようになる。すると、ウーゴが出発の号令をかけた。駱駝も順番に歩き始める。再び隊商の旅が始まった。
隊商の中程をユウはアダーモと歩く。次第に視界は明瞭になっていく中、ユウは思い出したことをアダーモに尋ねる。
「さっきウーゴさんから日が出てから右の方を見るように言われたんですけど、何かあるんですか?」
「まぁそうだな。もうすぐ日の出だから待ってるといいぞ」
思い当たる節のあるそぶりを見せるアダーモは曖昧に返事をした。こちらも珍しい。
悪い印象はなかったのでユウはそのまま黙って待つことにする。
デソアの村からすっかり離れた頃、周囲にはうっすらとした暗さが残っていた。しかし、それも次の瞬間に姿を見せた太陽によって完全にかき消される。
真東に進んでいた隊商は朝日をまともに浴びた。ユウもつばあり帽子を下げてその日差しを避ける。冷気が急速に薄くなっていくのが感じられた。
そのとき、アダーモがユウに声をかける。
「ユウ、右の方を見て見ろ!」
「はい? あ!」
隊商の歩く南側には潤いの湖が広がっていた。その湖面に朝の日差しが差し込んで湖全体が輝いている。
ここしばらく黄色い砂漠ばかり見ていたユウはその美しさに呆然とした。そよ風により湖面が揺れると輝きが乱反射して日差しのように眩しい。
みんなが勧めた理由をユウは理解した。これはずっと見ていても飽きない。
しかし、よそ見をしながら砂漠を歩くのは危険である。少し砂山ができていたところで足を取られたユウは蹴躓いて頭から砂に突っ込んだ。
砂漠の道はあってないようなものである。平地などと同じ感覚で周囲の地形を目印にはできない。何しろ砂嵐1つで風景が激変してしまう場所なのだ。
ところが、隊商の商売人たちはそんな砂漠の中でも目印となる地形を把握している。世代を重ねて伝えられ、当人たちも何度も繰り返し往来することで身に付けた知恵だ。そのため、砂漠に道はないが隊商がよく往来する場所が存在する。
これだけなら現地で生きる人々の生活の知恵なのだが、世の中は良いことばかりではない。生きるには厳しい環境の砂漠だが、そんな所にもわずかながら生き物がいる。彼らも生きるためには糧が必要であり、それを効率良く捕食できる餌場は貴重なのだ。
デソアの村を出発して3日目、ウーゴは周囲の地形を確認しながら砂漠を歩いていた。この辺りも過去に何度も往復した場所である。なので、今回もいつものように通り抜けるつもりであった。しかし、突然立ち止まり、駱駝も歩みを止めさせる。
「アダーモ、カルロ、ユウ、来てくれ!」
「どうした、ウーゴ?」
「何かいる。俺は一旦下がるから、お前たちでこの先に何がいるか確認してくれ」
必要なことを伝えるとウーゴは駱駝を連れて来た道を戻った。
残った3人のうち、ユウが最初に口を開く。
「何かって、何だと思います?」
「わからん。ただ、ウーゴの勘はよく当たる。こういうときは大体魔物がいるんだ。まずは何がいるか探そう。俺とユウが前に出る。カルロはこの場で全体を見ていてくれ」
問いかけられたアダーモは2人に指示を出した。更にユウには今いる位置から10歩右に進んでから前を歩くように命じる。当人は反対の左へ10歩進んで前進した。
指示に従って歩くユウは、どこに何が潜んでいるかわからない魔物相手に緊張感を強いられる。こういった索敵はあまりやったことがないので得意ではない。
「普通に見える場所だったら、たぶんウーゴはあの辺りとかって言うだろう。そうなると見えない場所の何かに気付いた? 空なら見えるし、ん?」
上を見てから下に顔を向けたとき、ユウは自分の足以外の振動を感じ取った。見える範囲には何もいない。なのに自分以外の振動がある。猛烈に嫌な感じがした。
しばらくじっとしていると、振動をより強く感じるようになる。もう疑いようがない。何かが地面から近づいて来ているのだ。すぐ目の前の地面が盛り上がる。
ユウは横へ転がり込んだが、背負った背嚢が邪魔で思うように地面を転がれない。その直後、幅1レテム程度の筒状の何かが地面から飛び上がってくる。
「砂蚯蚓か! カルロ!」
「引きつけてくれ!」
地面を1回転したユウが立ち上がるまでの間に、アダーモとカルロが自分たちの役割を確認した。砂蚯蚓が地面に潜っている間に弓に矢をつがえたカルロが下がる。
「ユウ、俺たちで砂蚯蚓を引きつけるぞ! カルロが矢を射やすいところに誘導する! 俺の指示に従え!」
「ええ? あ、はい!」
驚きつつも立ち上がったユウはアダーモを常に視界に入れた。砂蚯蚓は恐ろしいが、砂漠での魔物狩りはアダーモとカルロの方が手慣れている。ならば、その2人を信じるべきだと判断したのだ。
捕食に失敗した砂蚯蚓は地面に潜ったが、深くは潜らなかったようで地表に這いずる筋が浮かび上がっている。それがユウへと向かってきていた。急速に近づいてくる。
「ユウ、次は俺の方へ飛べ!」
返事をしている余裕はユウになかった。次の瞬間、砂蚯蚓の牙と触覚が多数うごめく口が襲いかかって来たのだ。恐怖で顔を引きつらせながらアダーモの方へと地面を転がる。
「よし! そのまま俺の方へ向かって走れ!」
立ち上がったユウはすぐに指示通りにアダーモに向かって走った。距離は近いのですぐに合流する。
「次はどうするんですか?」
「俺の後ろに回って、ゆっくりとカルロの方へ向かって歩け。あいつは地面の震動を察知して向かってきてるからな。地面を派手に蹴るとそっちへと向かうんだ」
「アダーモさんはどうするんです?」
「カルロの毒矢が当たりやすいところへ誘導する。いつものことだ。気にするな」
何気なく言われたユウは目を見開いたが、今は何もできないことも確かだった。アダーモの背後に回ると、指示通りにゆっくりとカルロの方へと歩き始める。
その間にも、砂蚯蚓は向きを変えてアダーモへと向かってきていた。地面に筋を引き、アダーモの足下から地面を飛び出る。
いつも通りの表情のアダーモは顔色を変えずにその突撃を躱した。そして、派手に地面を転げ回ると立ち上がり、そのまま方向を調整しながら逃げて行く。
未だゆっくりと歩いているユウは自分のところに向かってこないか不安そうに後ろを振り返った。すると、砂蚯蚓は大きな音を出しているアダーモへと向かっているのを見る。
砂蚯蚓が再び地面から飛び出て口を広げた。カルロがつがえていた矢を放つ。アダーモが横へ飛び退く。そして、砂蚯蚓の口の中に矢が吸い込まれるようにして入った。
再び地面に潜った砂蚯蚓だったが、しばらくすると誰もいない場所に飛び出してその場でのたうち回る。全長15レテムの長い体をくねらせる度に地面の砂が四方に飛び散った。しかし、その動きは次第に弱まる。
戦いの様子を見ていたユウは呆然としていた。矢1本の毒があそこまで効くのも驚きだが、アダーモとカルロの連携にはもっと衝撃を受ける。
「すごいですね。あんな危ないことをするなんて。一歩間違えたらアダーモさんに当たりますよ」
「当たらないよ。もう何度もやっているからね」
「その通りだ。俺たちの連携は完璧だからな。このくらいは当然だ」
戻って来たアダーモがユウに向かって笑った。珍しい表情を見て目を見開く。
「さて、今のうちにここを通り過ぎよう。ユウ、ウーゴを呼んできてくれ」
「あれはいいんですか? まだ死んでいないみたいですけど」
「ここを通るのが目的であいつを殺すことは目的じゃない。だからこのまま通り過ぎる」
「わかりました。呼んできます」
説明に納得したユウはうなずくと踵を返した。遠くでウーゴが駱駝と一緒にこちらを見ている。
雇い主に早く結果を知らせようとユウはいつもより足早に進んだ。




