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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第1章 冒険者未満
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貧民と平民の生活の違い

 懸念事項はあったものの、ユウにとって今日は新たな仲間に迎えられた記念すべき日である。自分の能力を示して歓迎されたのだから嬉しかった。


 長机を囲んでユウたちは丸椅子に座る。チャドとアルフだけは台所へ向かい、大きな鍋の下で火を(おこ)した。


 2人の様子を見るためにユウが振り返ると、エラが話しかけてくる。


「これからまた鍋を温めるのよ。適当に切った野菜とか豆とかを水に入れて朝から昼間で1度煮込んでるんだけどね。もちろんパンもこれから入れるわよ!」


「パンも入れるの?」


「そうよ。あんなのそのままじゃ硬くて食べられないもの」


 意外な話をエラから聞いてユウが目を丸くした。すかさずダニーが尋ねてくる。


「ユウ、町の中じゃ何を喰ってたんだよ?」


「たぶんみんなとそんなに変わらないと思うよ。野菜や豆をたくさん入れたスープは僕も毎日食べてたし。ただ、パンは硬かったけどスープには入れなかったなぁ」


「上等なパン喰ってたんだな。オレたちの喰うパンなんてそのまま口に入れたら歯が欠けちまうぜ」


「そんなに硬いの?」


「チャド、鍋に入れるパンをユウに見せてやれよ!」


 声を上げたダニーが声をかけると、チャドが台所の脇に置いてある麻袋から円盤型の何かを1つ取り出した。それを手にしてユウのところへやって来る。


 円盤型のパンを受け取ったユウは驚いた。直径20イテック程度のそれは思った以上に黒く、そして軽い。手で軽く叩いてみると軽快な音がした。皿型のパンがあることは知っていたが実物をみたのはこれが初めてだ。


 しばらく裏表を見ていたユウはそれをチャドに返す。


「確かにあのままじゃ食べられそうにないね。ナイフでも切れないんじゃないの?」


「あたしは試したことはないわね。ダニーはやったことある?」


「ねーよ。1回だけ噛んでみたことはあるけど、歯形も付きやしなかったな」


「そーよねー、あんなのそのまま食べる人なんていないわよねー」


 感想混じりのユウの問いかけにダニーが肩をすくめ、エラが首を横に振った。


 そこへニックが入ってくる。


「いつもあのスープなんだけどな、獣の森で2頭以上獲物が狩れたときは、一番いいやつ以外は持って帰れるから鍋に入れるんだ」


「お肉が入ることもあるんですか!?」


「その様子だと町の中じゃ珍しいのか?」


「珍しいですよ! お祭りのときくらいしか食べられなかったですし、いつも食べられるのは貴族様だけです」


「いつもは無理だけど、月に何度かなら食べられるぞ。獣の森で作業をしていたらよく襲われるからな」


「襲われるのはごめんですけど、お肉が食べられるのは嬉しいなぁ」


「意外だな。町の中の連中よりも俺たちの方がいいもん喰ってることもあるのか」


 予想外の実情を聞いたニックは小さく何度もうなずいた。これにはユウも驚く。


 楽しそうに話すユウに対して今度はビリーが声をかける。


「ユウ、それじゃぁさ、普段は何を飲んでるの? 獣の森で水袋を渡したときに変な顔をしてたでしょ。あれが気になっててさ」


「うわ、見てたんだ。えっとね、エールかな。もちろん薄いやつだけどね。あとは、手に入ったら牛の乳とか果物の果汁かなぁ」


「ちょっと違うんだなぁ。僕たちだと酒場で買う薄いエールとか、市場で買うバターミルクとかだね。牛の乳だけは同じだけど」


「薄いエールなんだ、あれ」


「やっぱり町の中のよりも薄かった?」


「少なくとも町の中で飲んでいたものよりかは」


「そうなると水で薄めてるんだろうなぁ、絶対」


 普段飲んでいるエールの正体を推測したビリーはため息をついた。


 今まで仲間の様子を見ていたテリーが会話に入ってくる。


「町の中とここじゃ何もかも全然違うと思ってたけど、そうでもないんだね。ユウ、他に何か気付いた点や気になることはあるかい?」


「そうですねぇ。気になることと言ったら、ここに来るまでに結構小さい子を見かけましたけど、裸足の子が多いですね」


「みんな貧乏だからね。靴を買えない子はここだと珍しくないんだ」


「故郷の村だとそういう子もいましたけど、町の中ではさすがに見かけなかったなぁ。でもそうなると、家に戻ったら足は拭かないといけないですよね。この辺りの道には色々落ちてましたし」


 貧民街に入ってから見た光景をユウは思い出した。それら強烈な臭いの元を平気で踏む子供の姿も一緒にである。


 そういえば、あのめまいのするような臭いがいつの間にか気にならなくなっていた。慣れたらしい。


 ぼんやりとしかけたユウだったが、ダニーの呆れた口調で現実に引き戻される。


「何言ってんだ。拭くわけねーだろ。オレたちだって靴履いてそのまま家ん中に入ってるだろーがよ。それに拭いたって、どーせすぐ汚れるんだし」


「そ、そうなんだ。だったら体は洗わないのかな? お風呂には入らないの?」


「風呂? 入るわけねーじゃん。大体そんなカネ持ってねーし」


「あたし知ってる! お風呂ってパン屋がついでにやってるやつよね!」


 目を輝かせてエラが会話に入ってきた。ダニーが若干目を丸くしてその姿を見る。


 目を見開いたのはユウも同じだった。意外にも知っているらしいエラに顔を向ける。


「そうだよ。僕もたまにだけど使っていたんだ。パン屋は薪を使って長い時間強い火を(おこ)し続けるから、ついでに蒸し風呂もやっているんだよ」


「蒸し風呂? お湯に入るんじゃないの?」


「お湯に入るところはまた別のところらしいけど、僕は行ったことないや。蒸し風呂は閉じこもった部屋の中で水を蒸発させて体を温めるんだよ。そして、たくさん汗を流して体をきれいにするんだ」


「なんか面倒そうねぇ。あたしらみたいに川に飛び込んでさっぱりした方が簡単じゃない?」


「そんなことしてるの!?」


「そーよ。夏なんて冷たくて気持ちいいし、服を着たままだと一緒に洗えるから楽よ!」


「待って、冬はどうするの?」


「冬はさすがに寒いから入らないわよ」


 違うところは本当に全然違うことにユウは驚いた。こうなると不安になることがある。どうしても聞いておかないといけないことだ。


 やや深刻そうな顔つきをしたユウがテリーに顔を向ける。


「あの、用を足すときはどうするんですか?」


「あそこに桶があるからそこの中にしたらいい。みんな路地裏に持って行ってやってるよ」


「ユウ、ちゃんとケツを拭くやつを持って行けよ! 葉っぱでも草でも何でもいいからな。なけりゃそこら辺の石でも使っとけ」


「ダニーあんた汚い!」


「うるせーな、必要なことだろーがよ!」


 からかうように忠告してくれたダニーがエラに非難されて怒った。しかし、今回に関してはダニーが正しい。


 とりあえず想定の範囲内の回答だったのでユウは安心する。これで未知すぎる方法であったらここでの生活を真剣に考え直す必要があった。


 なんだかんだで皆で楽しく話をしているとアルフが声をかけてくる。その奥へと目を向けると、鍋が盛んに湯気を上げていた。チャドが中身をかき回していないところを見ると温められたらしい。


 全員が台所へと顔を向ける。


「できたぞ。テリー、ニック、取りに来てくれないか」


「わかった。ケント、そろそろ明かりをつけてくれ。暗くなってきた」


 立ち上がったテリーがケントに向かって声をかけた。無口な少年はうなずいて蝋燭(ろうそく)を持って台所へ足を向ける。エラも一緒について行った。


 狩猟組の2人が持ってきた鍋は大きい。翌朝の分もまとめて作っているのだ。チャドが持ってきた木の皿にアルフが煮込みスープを入れて各人に回していく。


 火のついた蝋燭をケントが持ってきて蝋燭台に乗せた。動物油を固めた物だから臭いがきつい。


 蝋燭の近くに座るビリーが顔をしかめる。


「これ好きじゃないんだよね。ユウ、町の中じゃどんな明かりを使ってたの?」


「変わらないよ。僕のところもこれと同じだった。大きい商会だと植物油の蝋燭を使っているそうだからましだって聞いたことはあるけどね」


「あーあ。魔法でも使えたらなぁ」


「僕も同じことを何度も思ったよ。でも、魔法使いなんて滅多にいないし、いても弟子入りなんてできそうにないや」


「町の中にはいないの?」


「僕は見たことないな。まだ神官様の方がよく見かけるくらいだよ。そういえば、冒険者ギルドでは見かけないの?」


「それこそいるわけないよ。僕らみたいに日銭を稼ぐ必要なんてないんだし。神官様が神殿にこもってるのと同じように、どこか書物が山のようにある部屋に引きこもってるんじゃないかな」


 目の前の木の皿に木の匙を入れたままのビリーが肩をすくめた。夢のない話ではあるがユウはそんなものかと受け入れる。


 2人が話をしている間に食事の用意は揃った。全員が湯気の出ているスープの前に座る。そうして、アルフの声と共に食事が始まった。

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[一言] なろう異世界を読んで長いですが、トイレ大をどうするか考えている作者様は初めて見ました。これは本当に凄い。 異世界でメートル法とか地球の単位を使う頭痛系小説が溢れ返る中、 この小説は単位系もキ…
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