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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第3章 夜明けの森

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薬草採取の護衛(後)

 冒険者になってからのユウは古鉄槌(オールドハンマー)の仲間に稽古をつけてもらっていた。武器の使い方や格闘術など多岐にわたる技術を今も仕込まれているわけだが、そのために制限されていることもある。すべては修行のためだ。


 その制限は夜明けの森でも有効な場合があり、実際の戦いでも禁じられているものもある。もちろんこれはいつでも仲間がユウを助けられるという前提があるためだ。


 しかし、当然そんなことを言っていられない場合がある。豚鬼(オーク)を目の前にした今がそのときだ。可能な限り早く仲間の元へ駆けつけなければならない。


「ピギィ!」


 一向に攻撃をしてこないユウに対して豚鬼(オーク)は不用心なまでに突っ込んで来た。表情はわからないものの、態度は明らかに見下していることが見て取れる。


 真正面の敵からは目を離さずにユウは右手で腰から悪臭玉を取り出した。そして、無造作に槍を突いてくる相手の顔に退きながらその玉を下手で投げつける。


「ピギィィィイイィィィィ!?」


 鼻面で悪臭玉を受けた豚鬼(オーク)はハラシュ草の粉末をもろに吸い込んだ。その瞬間、豚鬼(オーク)は泡を吹いて倒れる。


 その強烈な効果を見てユウは安心した。効かなければほぼ詰んでいたのだ。体の力が抜けそうになる。しかし、気合いを入れ直すと、痙攣する豚鬼(オーク)の首元にダガーをねじ込んだ。


 一息ついたユウは戦う音の方へ顔を向けた。1つ息を吸って吐き出すと仲間の元へと走る。


 最も近かったのはジェイクだった。豚鬼(オーク)にいくらか傷を負わせているものの決定打に欠けているため戦いが長引いている。


「ジェイク、こいつは僕が引き受ける! レックスのところへ!」


「お前が? さっきの1頭は?」


「殺した!」


「わかった、なら任せるぞ!」


 簡単な会話でジェイクは引き下がった。ユウに自分の豚鬼(オーク)を任せるとレックスの元へと駆けていく。


 制限なしだとそこまで怖い相手ではないことを知ったユウは、錆びた剣を持って襲いかかってくる豚鬼(オーク)へ悪臭玉を投げつけた。怒り狂っていた豚鬼(オーク)はもろにその玉を顔で受け止めてしまう。


「ピギャァァァァァ!?」


 頭部を中心にハラシュ草の粉末が飛び散ったことで豚鬼(オーク)は悶絶した。悲鳴とよだれを垂れ流しながら地面を転げ回る。


 暴れる豚鬼(オーク)に近づくのは危険なのでそのままにしておき、ユウは仲間へと目を向けた。すると、アーロンとフレッドが上位豚鬼(ハイオーク)と戦い膠着状態になっており、ジェイクとレックスは豚鬼(オーク)相手に優勢に戦っている。


「アーロン! 僕も加勢する!」


「てめぇ、自分の豚鬼(オーク)はどうした!?」


「殺した! ジェイクのは悪臭玉を喰らわせたら地面に転がったよ!」


「ひでぇことしやがる! だがよくやった! ということはあと2匹だな!」


 話している途中でも上位豚鬼(ハイオーク)の攻撃は止まらない。アーロンに、フレッドに、そして新しくやって来たユウに太い木の幹を叩きつけようとする。


「僕に作戦があるんだ。フレッド、悪臭玉をあいつの真正面から投げてほしい。はいこれ。僕が離れたら好きなときに投げていいから」


「おっしゃいいぜ!」


「俺はどーすんだよ?」


「あいつが悶絶したらとどめを刺して!」


「いい作戦だな、乗ったぜ!」


 にかっと笑ったアーロンとフレッドからユウはすぐに離れた。上位豚鬼(ハイオーク)の左側へと回り込む。


 様子を窺っていたフレッドが、ユウが立ち止まるのを見てすぐに悪臭玉を投げつけた。それはとっさに後退する上位豚鬼(ハイオーク)に太い木の幹ではたき落とされる。ハラシュ草の粉末は飛び散ったがその範囲に上位豚鬼(ハイオーク)はいなかった。


 しかし、1つめの悪臭玉がはたき落とされる瞬間にユウが2つめを投げつける。ユウへは意識を向けていなかった上位豚鬼(ハイオーク)はそれを顔面に受けてしまった。


「ピガァァァァ!?」


 頭部全体にハラシュ草の粉末を浴びた上位豚鬼(ハイオーク)が悶絶した。太い木の幹を放り出して両手で顔をこすりつける。


「よっしゃ今だ!」


 かけ声と共にアーロンが飛び出してまずは足を切りつけた。次いでフレッドが戦槌(ウォーハンマー)で頭部を殴りつける。


 こうなるともう勝負は付いたも同然だった。後にジェイクとレックスも参加して上位豚鬼(ハイオーク)の息の根を止める。


「やったか? やったな。よっしゃ、上位豚鬼(ハイオーク)をぶっ殺したぞぉ!」


 動かなくなった上位豚鬼(ハイオーク)の死体を見たアーロンが吠えた。それに合わせて仲間も叫ぶ。大金星だ。


 興奮冷めやらぬ古鉄槌(オールドハンマー)の面々だったがすぐに仕事を思い出す。悶絶している残り1頭の豚鬼(オーク)にとどめを刺したユウたちは、討伐証明の部位を手早くそぎ落とした。そして、すぐに突撃雄牛(アサルトブルズ)を追いかける。


 最後にクレイグとダニーが去って行った方角へと5人は向かった。周囲を警戒しつつも小走りに進む。


 6頭いた豚鬼(オーク)のうち追いかけて行ったのは2頭、突撃雄牛(アサルトブルズ)で戦える冒険者は4人だ。戦力としては充分だが逃げながら戦えるのか。荷物持ち兼薬草採取の2名を守りながらとなるとどうなっているかわからない。


 追いかける方も追いかけられる方も周りに気を遣う余裕はないようで、6人と2頭の通った経路には何かしらの跡が残っていた。熟練冒険者ならば充分に追える。


「聞こえた。まだ戦ってるみたいだぞ。こっちだ」


 最初に察知したのはジェイクだった。仲間の先頭を小走りに進む。すると、戦う音が唐突に消えた。


 5人が更に進むと突撃雄牛(アサルトブルズ)のうち4人が立っている。いずれも疲労の色が濃い。


 4人の前に姿を現したアーロンはクレイグへと声をかける。


「他の2人はどうした?」


「あっちに隠れてる。こいつらと戦うときは邪魔になるからな。見ての通り、こっちは今終わったところだ。そっちは、うまく逃げてきたわけだ」


「いや、全部片付けてきたぜ!」


「は? 上位豚鬼(ハイオーク)豚鬼(オーク)4頭を殺したのか?」


「そうだぜ。切り札を使ったんでな。まさか本当にやれるとは思わなかったが」


「一体どうやったんだ?」


「獣の森の薬草採取のグループがよく使う悪臭玉ってあるだろ? あれをあいつらの鼻面に投げつけてやったんだ。こっちも驚くほど効いたぜ」


「よくそんなのを思い付いたな」


「うちの若手がやったのさ。な、ユウ!」


「え? あ、はい」


「その悪臭玉で、上位豚鬼(ハイオーク)込みの3匹を倒したんだぜ。もちろん俺たちも手伝ったが、今回の主役はこいつさ」


 突然声をかけられたユウは目をぱちくりとさせて固まった。それを仲間4人がにやにやして見ている。一方、突撃雄牛(アサルトブルズ)の面々は呆然としていた。ユウが今年から冒険者になったことを知っているのでその驚きは大きい。


 同じく呆然としていたダニーだったが、絞り出すような声でユウに話しかける。


「なぁ、お前本当にやったのか? あの豚鬼(オーク)だぞ? お前より強い。しかも上位豚鬼(ハイオーク)だって? 先輩の手伝いをしてただけだよな?」


「ダニーから引き受けた豚鬼(オーク)は僕1人で殺したよ。あと、クレイグの豚鬼(オーク)は悪臭玉で悶絶させて他の仲間にとどめを刺してもらったんだ」


上位豚鬼(ハイオーク)はどうだったんだよ?」


「あれはもう1人の仲間と一緒に悪臭玉を投げて悶絶させてから、みんなと一緒にとどめを刺したよ」


「お前、いつの間にそんなことができるようになったんだ?」


「いやいつの間にって言われても、やってることは獣の森でやっていたことと変わらないよ。最初に悪臭玉で怯ませて、それから殴って弱らせて最後にとどめを刺すって。ダニーも見たことあるはずだよ。っていうか、ダニーもやったことあるよね?」


 格上の魔物を倒したことはユウ自身も未だに信じられないところはあった。しかし、倒した戦い方自体は今までと同じやり方だ。誰でも知っていると言っていい。


 なのになぜダニーがそこまで驚いているのかユウには理解できなかった。てっきりさすがオレのダチと言って喜んでくれると思っていたのだ。


 ダニーの様子がおかしいことは周囲にも伝わったようで、アーロンたちもクレイグたちも困惑した。その中でクレイグが最初に口を開く。


「なんか驚きすぎてるみたいだな。まぁ上位豚鬼(ハイオーク)を討ち取ったんだ。無理もない。それより、今から町に引き上げようと思う。依頼内容は完全に達成できなかったが、まぁ言い訳できるくらいは採れたからこれで良しとするよ」


「そうかい。なら帰ろう。さすがに俺たちも疲れちまったからな」


 クレイグに応じたアーロンが肩をすくめた。疲れたというのは本当事実である。近年珍しい苦戦だったのだ。これ以上戦い続けるのは正しい選択とはいえない。


 何となく微妙な雰囲気になりながらも、2つのパーティは帰路についた。丘の上の森は厄介な場所ではあるが、アドヴェントの町からそう遠くないので帰るのは難しくない。


 その日の夕方、空が真っ赤になる時期にユウたちは町へと戻った。クレイグたちの問題はともかく、ユウたちは目的を達したので依頼料をもらって別れる。


 後は魔物の部位を換金して報酬を受け取り、安宿に戻って寝るだけだった。

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― 新着の感想 ―
ユウは自分に出来うることを必死にやってるだけなんだかなぁ〜…
[一言] 悪臭玉も大きな括りでは妖精さんみたいなもん 何かと先輩面していたダニーがショックを受けすぎて不穏なことにならないといいけど
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