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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第1章 冒険者未満
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貧民街にある我が家

 アドヴェントの町には、町の南門に繋がる西端の街道と町の東門に繋がる境界の街道を結ぶ貧者の道がある。元は関所の役目も果たしていた町の検問所を抜ける非合法の道だったが、貧民が周囲に住みついて取り締まりが不可能になった。これが貧民街の始まりだ。


 その状況を悔しく思った町民が揶揄して非合法の道を貧者の道と名付けたわけだが、冒険者ギルド城外支所の設置で貧民からの徴税が可能になると一転して黙認となり現在に至る。以来、町の防衛上の要請から貧者の道の外側に非公式な街が広がっている。


 西端の街道の分岐点から、冒険者が宿泊する安宿街、怪しい物品の多い市場、貧しい人々が暮らす貧民街、貧民や旅人の憩いの場である安酒場街、旅人が宿泊する安宿街と東西に延びる街道の分岐点まで続いている。


 ユウたちの一行は貧者の道を通って貧民街までやって来た。そして、そのまま街の中へと入っていく。


「ユウ、お前ここに来るのは初めてなんだろ? オレたちとはぐれるんじゃねぇぞ。何されるかわかんねぇからな」


「いちいち脅かすんじゃない、ダニー」


 先輩面をするダニーにニックが注意をした。もちろん効果はない。


 一方、ユウの方は話しかけられる前から顔をしかめていた。町の中もそれほど清潔ではなかったが、貧民街はそことは比較にならないほど不衛生だったからだ。糞尿、吐瀉物、ごみなどが狭い道に散乱し、臭いが強烈である。町の中の方がはるかにましだ。


 建物はすべて木造の平屋だ。町の軍事上の必要性から制限されているのだが、縦に伸ばせないので横に密集している。ここでは他の場所よりも喧噪が一層ひどかった。しかし、子供の声がやたらと多いのが他とは大きく違う。


 狭い道の両脇には詰め込まれたかのように家屋が密集していた。隣家との間に隙間はほぼない。似ているがどれも違うそれらの家屋が延々と連なっており、ときおり枝道や裏路地が分かれていた。


 そんな路上に立ったり座ったりしている老若男女がユウへと目を向けてくる。


「テリー、僕たち見られてないですか?」


「俺たちじゃなくてユウを見てるんだ。ここじゃ初顔だからね。新入りはみんな気にするものだよ。でも、俺たちと一緒にいたら大丈夫。しばらくしたらみんな慣れるから」


「そういえば、町の中に入ったばかりのときも周りの人に見られていたなぁ」


「だろう? どこもそんなものさ」


 小さく笑ったテリーが肩をすくめた。


 何度か枝道を曲がりつつ貧民街の中を進んで行くと一軒の家屋に着く。周りと同じで粗末な木造の掘っ立て小屋だ。すぐ右脇が裏路地で得体の知れない不快な臭いが漂っている。


 扉を開けてケントやダニーが先に中へ入る中、テリーが振り向いた。騒がしくなる室内の声を背にユウへと声をかける。


「入ってくれ。ここが俺たちの家だ」


「お邪魔します」


 最後に家屋へ入ったユウは中で視線を巡らせた。


 室内は広くない一間のみで玄関側に台所があり、床は木の板で敷き詰められているが泥だらけだ。中央には6人用の木製で軽そうな長机が2台くっつけられていて、その周囲に丸椅子がある。物はあまりないが壁際に物が乱雑に寄せられていおり、奥にはわらを敷き詰めた平たい麻袋が重ねられていた。


 故郷の村にある掘っ立て小屋の方がまだ清潔だなというのがユウの第一印象だ。更に言うと納屋よりも埃っぽい。


 室内の有様に出入り口の前で立ち尽くすユウに見知らぬ3人が顔を向けてきた。最初に反応したのは先程から元気に騒いでいた幼い少女である。


「ダニー、あいつ誰よ?」


「ユウってんだ。今日からオレたちの仲間だぜ。町から出てきたばっかりの世間知らずだから、色々と教えてやんなきゃなんねぇぞ、エラ」


「いいとこの出なんだ?」


 好奇心が強い幼い女の子のようで、ダニーの説明を聞きながらもユウの近くに寄ってきた。背はユウより頭1つ低く、肩で乱雑に切った茶色い髪が丸見えだ。大きな薄い青色の目でユウのあちこち見る度に脛まである茜色のチュニックワンピースが揺れる。


 その姿を見ていたユウはエラが頭巾をしていないことに目を見開いた。そういえば、貧民街の女性の中には被っていない人もいたことを思い出す。


 ともかく、これから世話になる子には違いない。ユウは目を向けて挨拶する。


「初めまして。僕はユウだよ」


「うわ、しゃべったぁ!」


「当たりめーだろ、バカかお前は」


「なによぉ、アンタだってバカじゃないの!」


 声をかけた途端に目を見開いて戻っていったエラが呆れたダニーに突っかかった。そのまま口論になるが誰も気にしていない。


 その間にニックがユウへと声をかける。


「あれは放っておいて他を紹介するよ。奥の椅子に座ってるおじさんがアルフ、この家の全体のとりまとめをしている」


「初めまして。アルフだ。怪我で右足があまり動かなくなってからは、家の中のことをしたり子供の世話をしたりしている。ここにいるみんなに血の繋がりはないが助け合って生きているんだよ」


「僕はユウです。これからみんなと一緒に薬草採りをすることになりました」


 頭頂の髪が寂しくなり始めたアルフは穏やかな笑みを浮かべてユウの挨拶にうなずいた。


 残る1人、エラと同じくらいの背の幼い少年がアルフの脇でユウをじっと見つめている。一見するとケントのように無表情だが、その青色の瞳はユウに興味を示していた。ただ、身につけている汚れたチュニックの着方がおかしいのか、どこか間抜けに見える。


 その幼い少年の肩をアルフが優しく叩いた。一瞬びくりと震えた少年は赤っぽい茶髪を揺らす。


「チャ、チャドです」


「ユウだよ。初めまして」


 それきり黙ったチャドをしばらく見ていたユウはアルフへと顔を向けた。すると苦笑いを返される。


「人見知りする子なんだ。慣れたら普通に話してくれるようになる。ケントと違って無口じゃないぞ。結構しゃべるときもあるからな」


「そうそう、家の中の仕事だけじゃなくてちゃんと外にお使いにも行くしね」


 獣の森に持って行っていた道具を片付けたビリーが会話に加わってきた。それに合わせてチャドがアルフの背後に回る。


 新たに知った仲間も加えてユウが話をしていると、テリーが全員に声をかけた。何事かとみんなが一斉に顔を向ける。


「それじゃ今日の報酬を配る。今回はユウが冒険者ギルドの買取担当者とうまく交渉してくれて大活躍だったから、ちゃんとみんなに配れるぞ。ビリー、任せた!」


「みんな、並んで」


 歓声が沸き上がると同時にアルフ以外がビリーの前に並んだ。テリー、ニック、ケント、ダニー、ビリーは鉄貨10枚、チャドとエラは5枚である。足の悪いアルフのところへ出向いたビリーは5枚を手渡した。


 支払額に違いがあることにユウが首をかしげる。


「ビリー、どうしてアルフとチャドとエラは鉄貨5枚なの?」


「獣の森に出かけている組とそうでない組の差だよ。危険な分だけ報酬が多いってことだね。あ、これユウの分だよ」


「ありがとう。利用料を差し引いた分は127枚あったよね。その残った鉄貨は?」


「これはみんなの生活費になるんだ。今手渡したお金は自分が好きに使っていいんだよ。欲しいものを買ってもいいし、貯めてもいい」


「ということは、生活費は払わなくてもいいんだ」


「そういうこと。今までは冒険者ギルドの利用料とみんなの報酬を差し引くとほとんど残らないこともあったから苦しかったけど、ユウのおかげでこれからはもっと楽になりそうで嬉しいよ」


 笑顔を浮かべたビリーに対してユウの表情は冴えなかった。もう1度手のひらに目を向けると鉄貨10枚が見える。


 仮に計算してみると、週6日働いたとして月に鉄貨240枚となるが、これは商店で働いていたときの小遣いの額とほぼ同じだ。しかし、あのときは借金返済のため毎月銅貨18枚を返済していたので、実際の稼ぎは月に鉄貨換算で2000枚である。


 日々の稼ぎが約8分の1にまで落ちたことにユウはめまいがした。町の入場料とギルドホールでの就職活動にそれぞれ銀貨1枚が必要だが、稼ぐのに1年4ヵ月(17ヵ月)もかかる。しかもそれで活動できるのはわずか1日だけだ。


 アドヴェントの町にやって来てから初めて町の外で働いたユウだったが、町の内外でこれだけ賃金の差があると初めて知った。いや、知識としてはあったが、実際に貧民になってみて初めてその落差を思い知る。


 これは相当な覚悟をして働かないといけないとユウは決意を新たにした。同時に、ギルドホールでの就職活動も1度で成功させる必要がある。失敗してまた1年半近く働くのは嫌だった。


 エラに引っぱられていることにユウは気付く。いつの間に握りしめていた鉄貨を革袋に入れる暇もなく、みんなの所まで引き寄せられた。

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