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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第3章 夜明けの森

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魔物の間引き(2)

 古鉄槌(オールドハンマー)にとっての魔物の間引き期間が始まった。合同パーティである火蜥蜴(サラマンダー)森蛇(フォレストスネーク)黒鹿(ブラックディア)と共に夜明けの森へと入る。


 森へと入ってしばらくすると、どこからともなく戦う音が聞こえてきた。普段だと原っぱとの境界に近いところに魔物は滅多に寄ってこないが、今は違うことがわかる。


「やっぱいつもより多いんだなぁ」


「そうなんですか?」


 パーティ単位で一列縦隊に並んで進む中、最後尾を歩くレックスのつぶやきを振り向いたユウが捉えた。去年を知らないのでユウには比較できない。


「毎年この辺りでも戦闘音は聞こえてたが、ここまで多くなかったはずだぜぇ」


「ということは、森の奥にはもっとたくさんの魔物がいるっていうことですよね」


「だよなぁ。こりゃ昨日の情報と合わせると、締めてかかんねぇと痛い目に遭うかもな」


 普段は楽天的なレックスが慎重論を唱えたことにユウは目を見開いた。てっきり入れ食いだぜなどと言うと思っていたのだ。これはいよいよ油断できないとユウは顔を軽く叩く。


 今日のパーティの隊列は、先頭が火蜥蜴(サラマンダー)、次いで古鉄槌(オールドハンマー)、その次が黒鹿(ブラックディア)、そして最後尾が森蛇(フォレストスネーク)の順になっている。翌日は火蜥蜴(サラマンダー)が最後尾になる予定だ。


 これは夜明けの森の浅い地域を索敵能力の低いパーティに任せ、奥地に行くほど偵察能力の高いパーティが担当になるよう順繰りになる仕組みである。不意打ちにされる可能性は森の奥ほど高いからだ。


 最初の戦闘は意外にも遅かった。朝の間は魔物と遭遇せず、昼食後しばらくして数十匹の小鬼(ゴブリン)に襲われる。戦術も何もない、五月雨式の突撃だ。


 姿を現す小鬼(ゴブリン)を前にアーロンが仲間に指示を出す。


「こいつらは大したことねぇ! 片っ端からぶっ殺せ!」


 小鬼(ゴブリン)並に何も考えていない命令に全員が応じた。


 当然ユウの前にも魔物は現れる。薄汚れた緑色の肌をした小人が木の棒を振り回しながら突っ込んで来た。思い切り踏み込んで手にした槌矛(メイス)を振り下ろす。


「あああ!」


「ギギャ!」


 目の前の木の棒よりも早くユウの槌矛(メイス)小鬼(ゴブリン)の顔面に命中した。動きの止まった敵に更に1度鉄の棒で殴りつけてからダガーで首元を切る。崩れ落ちる魔物を尻目にユウは次の敵を見据えた。


 戦場の全体を見ると合同パーティ側が圧倒的に優勢だ。大半がやって来る小鬼(ゴブリン)を一撃で殺しているため、魔物側は数の優位を生かし切れない。やがて最後の1匹が倒されると、合同パーティ側は誰も怪我することなく戦い抜いた。


 戦いが終わると今度は討伐証明の部位集めである。ユウを含めた19人がナイフやダガー片手に魔物の鼻をそぎ落とし始めた。


 その間、各パーティのリーダーが集まる。誰も疲れを見せていない。しかし、森蛇(フォレストスネーク)のバートは少し眉をひそめている。


「誰も怪我をしてなくて何よりだったね。けど、小鬼(ゴブリン)の数が思った以上だった。去年だとこの半分くらいだったはず」


「やっぱ探検隊が奥にいったのが影響してんのかねぇ。小鬼(ゴブリン)なら何とでもなるんだが」


 いつもなら勝った後は喜ぶ火蜥蜴(サラマンダー)のクリフも笑っていなかった。


 続いて黒鹿(ブラックディア)のエディが考えながらしゃべる。


「戦うことだけ考えたら、しばらく浅い所を回った方がいいんだろうな。けど、それじゃ金にならん。ただ、ここでこんな数に出くわすとなると奥はもっと」


「昨日冒険者ギルドを1日見てた様子から相当多いとは思ってたが、これほどとはな。こりゃ余程気合いを入れねぇとな」


 厳つい顔をわずかにしかめたアーロンが唸った。


 昨日合同パーティ全員で冒険者ギルド城外支所を観察した結果、例年よりも負傷者の数が多いことが判明している。すべて鉄級のパーティばかりだったが、そのペースの速さは油断できないものだった。


 リーダー4人が集まって話をしたが、結局のところ油断なくいつも通り進むという結論になる。この日のために色々と準備と調整をしてきたのだ。簡単には引き下がれない。


 討伐証明の部位集めが終わると、少し休憩してから合同パーティは再び奥へと進んだ。先程の戦闘でわずかにあった楽観的な態度が全員から消えている。誰もが真剣な表情だ。


 隊列の中を歩くユウは雰囲気の変わったパーティ内で不安そうな顔をしていた。普段は気楽そうにしているフレッドやレックスまで真面目に周囲を警戒しているのだ。それだけ余裕がないという風に受け止める。


「奥に進まない方がいいんじゃないかな」


 誰にも聞こえないようにユウはつぶやいた。簡単には引き下がれないことはわかっていても、やはり危険にわざわざ向かうのはためらわれるのだ。


 再び魔物が襲撃してきた。今度は昆虫系である。


巨大蟻(ジャイアントアント)だ!」


 誰かが叫んだのをユウは聞いた。しかし、それを確認する暇もなく、目の前に現れた大量の大きな蟻に襲われる。


「あああ!」


「ギッ!」


 鋭い口元の牙で噛みつこうとする巨大蟻(ジャイアントアント)の頭にユウは槌矛(メイス)を叩き込む。固い殻に覆われているのでその一撃でつぶれないが動きはわずかに止まる。その隙にダガーを左手で逆手に持って首元に突き刺した。殻と殻の間の柔らかい部分に刃は通り、巨大蟻(ジャイアントアント)はその場で狂った様に暴れる。


 しかし、蟻のような昆虫系の恐ろしいところは群れで襲いかかってくることだ。1匹を行動不能にしても2匹が襲いかかってくる。仲間の死にまったく恐れずに突き進んでくるその姿は脅威でしかない。


 一撃で殺せないユウはすぐに追い払うのが精一杯になってしまった。ダガーでとどめを刺している余裕がないのだ。何度も殴ればそのうち弱ってくるものの、数が多いので集中して殴れない。


「このままじゃ食われる!」


 次第に対処仕切れなくなってきていることをユウは自覚した。このままでは近く巨大蟻(ジャイアントアント)に噛みつかれて倒される。動けなくなったらおしまいだ。何匹にもたかられて食いちぎられてしまう。


 それは苦し紛れの行為だった。最近は使っていなかった腰元の悪臭玉を手にすると、複数で襲いかかってきそうだった巨大蟻(ジャイアントアント)へと放り投げる。地面ではじけたそのなかからハラシュ草の粉末が飛び散った。


 するとどうだろう、粉末が広がった範囲内の巨大蟻(ジャイアントアント)が猛烈に苦しみだして逃げて行く。


 目の前の光景に目を見開いたユウだったがすぐに行動に移った。まだ粉末が飛び散るその中に自ら入ったのだ。その瞬間、鼻腔をを刺し殺す勢いの強烈な臭いに涙目となる。めまいと吐き気が同時に襲ってきた。


「あああ!」


 悲鳴とも雄叫びともいうような叫び声を上げたユウが、悪臭玉の効果範囲を避けようとする巨大蟻(ジャイアントアント)に突っ込んだ。相手は顔を向けて牙を広げるが、その臭いに気付いて混乱する。その間に槌矛(メイス)を振るい、ダガーを突き刺した。


 今までとは違い、巨大蟻(ジャイアントアント)が怯み、ユウが襲いかかる。立場が逆転したユウは巨大蟻(ジャイアントアント)の群れの中に突っ込んだ。そして、混乱し逃げ惑う大きな蟻を次々と殺していく。


「悪臭玉の臭いに怯むぞ! 持ってる人はぶつけるんだ! そして自分でも浴びろ!」


 自分の知った有効な情報をユウは叫んだ。半ば自殺行為のような対策法だが食い殺されるよりかはましである。


 その後、ユウは自分がどう戦ったのかよく覚えていなかった。数の多い巨大蟻(ジャイアントアント)の対処で精一杯だったのもあるが、あまりの臭さに自分も混乱していたという理由の方が大きい。


 気付けば動く虫のいなくなった場所をふらふらと歩いていた。戦闘音も聞こえない。


 仲間のところへ戻ろうとユウは周囲を見回した。辺りに人影はない。


「どうしよう、もしかして迷った?」


 迷子の可能性に思い至ったユウの顔から血の気が引いた。普段よりも魔物が多いこの時期に1人で夜明けの森の中をさまようのは自殺行為でしかない。


 闇雲に歩き回るのは危険だと判断したユウは立ち止まった。まずは耳を澄ます。近くに人がいるなら何かの音がするかもしれない。しかし、辺りは静かだった。


 続いて地面へ目を向ける。自分で倒した巨大蟻(ジャイアントアント)の死骸が目に入った。そこで気付く。この死骸を伝って行けば仲間の元へ戻れるかもしれないと。


 幾分か落ち着いたユウは自分の建てた推測に従って脚を動かした。この辺りの巨大蟻(ジャイアントアント)の死骸が自分と仲間が殺したものだから大丈夫だと自分に言い聞かせる。


 その推測は正しかった。緩やかな丘の向こうには討伐証明の部位をそいでいる合同パーティの面々がいたのだ。


 顔のほころんだユウが仲間に駆け寄る。すぐに古鉄槌(オールドハンマー)の面々の姿も見えた。あの4人の声を聞く限りユウを探しているようである。


 最も近くにいたレックスが最初に気付いた。手を上げる先輩冒険者にユウも手を上げ返す。


「レックス! ああ、良かった!」


「おう、どこに行ってたん、うわくせぇ!」


 感動の再会一歩手前というところでレックスが鼻を押さえて引いた。その様子を見てユウは自分の状況を思い出す。


 その後、臭いが消えるまでユウに近づく者は誰もいなかった。

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