魔人の住処の続き3
アデルたちは少年が暗闇に消えていくのを見送った。そして気付く。すぐ傍にある少年のやりっぱなしに。
アデル「うわ!この半分生きてる虎、どうすんの??このままでは恐ろしくてここでは野営できないじゃないのさ!」
ヒデミさん「ですよね!アデルさん。いつ襲ってくるかわかりませんし、ここはひとまず徹夜覚悟で先に進みませんか?」
二人は虎が起き上がる前に食事の片付けなどをさっと済ませて先に進むことにした。虎はどうしようもないのでそのままにしておいた。
そして再び山の斜面をよじ登り、地図の道に沿うように進むことにした。山の斜面を進むには落ちないように最初に登った時と同じ姿勢で横に進まなければならない。恰好よく言えばロッククライマー、悪く言えば四つん這いで崖にしがみつきながら横に進む遭難者。
ヒデミさん「アデルさん、なんかこのスタイル疲れませんか?」
アデル「確かに。」
ヒデミさん「もっと上のほうに行ってみませんか?もしかしたら普通に歩ける道があるかも。」
アデル「私もそれ、ちょっと思ったんですよね。尾根があれば進みやすいかな・・・とりあえず行ってみましょう」
二人は斜面を登り始めた。結構勢いよくよじ登った。アデルは途中、男性がこの様を見たら腰を抜かすだろうな、と思った。女二人が険しい顔して四つん這いで這い上がっているのだから。そんなことを考えていたら山頂まで登っていた。
アデル「あれ?もう山頂ついた?」
ヒデミさん「そう、みたいですね。」
山頂からの見晴らしはよく、遠くに平野と湖が広がっているのを暗がりでも確認できた。尾根はアデルたちが目指す方向へ延びていて、所々に歩き辛そうなところはあるものの、ほぼ歩道に近い道らしきものがあった。二人は尾根に立ち空を見上げると、漆黒の闇に満天の星が、手の届きそうなくらい近いところでひしめき合い瞬いていた。二人は息をのみこんだ。アデルはそのあまりにも壮大な夜空の光景に言葉を失った。隣でヒデミさんが何かつぶやいていたようだが聞えなかった。
ヒデミさん「アデルさん、聞いてますか?アデルさん!」
しばらく放心状態で星空を眺めていたアデルにヒデミさんが突っ込んできた。
アデル「えっ!ああ、えっとなんでしたっけ。」
ヒデミさん「聞こえなかったですか?」
アデル「えっと、星がすごくきれいだってこと?」
アデルは適当に答えた。
ヒデミさん「いいえ。休憩するかどうか聞いたんです。」
アデル「ああ、ごめんなさい。休憩しますか?」
ヒデミさん「私はまだ歩けます。アデルさんは?」
アデル「私もまだ歩けますけど・・・でも、もう少しだけ夜空、眺めていたくないですか?。」
ヒデミさんは一瞬沈黙した。でもすぐに
ヒデミさん「そうですね!」と笑顔で言った。そして、
ヒデミさん「アデルさん、お寒くはないですか?」
と聞いてきた。
アデル「もしかしてヒデミさん寒いですか?ごめんなさい気が付かなくて」
アデルは体を動かしていた方が寒くならなくて済むからヒデミさんは先へ進もうとしたのだと思った。
ヒデミさんは自分のリュックからひざ掛けのようなものを取り出すと
ヒデミさん「アデルさん、これに半分ずつ包まりませんか?」と言って、アデルの肩にひざ掛けをかけると自分の肩にもひざ掛けをかけた。
アデル「ありがとうございます、なんか温かい・・。」
ヒデミさん「私、こういうのやってみたかったんです・・・私の方こそありがとうございます。」
アデルは旅の思い出にこういうのも良きかな、と思った。
二人は立ったままひざ掛けに包まり、静寂の中、煌きで語り掛ける夜空を眺めた。
ヒデミさん「綺麗・・・」
ヒデミさんが隣で心を洗われている間、アデルは星座の位置を確認していた。今自分たちのいるところが方角的に合っているか確認したかったのだ。ただ、とにかく目視できる星の数が多く、識別に時間が掛かった。星座の位置の確認が終わると出発するには良い頃合いになったので
アデル「ヒデミさん、そろそろ進みませんか?」とヒデミさんに促した。
ヒデミさんは快諾した。アデルは肩にかけていたひざ掛けを外すとヒデミさんにお礼を言って渡した。ヒデミさんはそれを受け取り自分の方も外すと畳んでリュックの中にしまった。
そうして二人は尾根を、地図の道に従って歩き始めた。止まると確実に寒さが襲ってくるのでひたすら歩いた。やがて、山がうっすらと明るくなってきた。日が昇り始めたようだ。二人はいったん歩くのをやめて日の出を拝むことにした。その姿は、まるで山に挑む登山家のようだった。
ヒデミさん「素敵・・・。」
アデル「・・・」
二人は今、生まれたての太陽の光を全身に受けた。それは何とも神秘的な感覚であった。暖かな光が皮膚を透過していくのを二人は感じた。アデルは心の中で「ヒッグスアンドクオーク、カモン!」と叫んだ。深い意味はない。日が昇り切ったあたりで、また歩くのを再開した。どこかで食事を摂るつもりが寒さのせいでなんとなく忘れていた。
時刻が12時を回った頃、アデルたちのいる尾根から5番目の曲がり角が下の方に見えた。近くに水蒸気が上がっていて虫の死骸が大量に有ったり、植物が枯れているようなところはない。むしろ山の地肌が露出して乾いたところに大きな岩や中くらいの岩がポツン、ポツンと点在していた。二人は5番目の曲がり角まで降りることにした。5番目の曲がり角には大きな岩があった。そしてその上には
人が寝ても落ちないような大きな平らの窪みがあった。徹夜で疲れていた二人はそこで昼寝をすることにした。
その頃、少年は森の入り口にいた。途中で見つけた野獣豚の親子とともに。少年は野獣豚の子供を左腕に抱え、親の野獣豚の背に乗っていた。森の入り口には馬車と、全身に入れ墨のある武装した男たちが五人、待ち構えていた。少年が野獣豚から降りると武装男の一人が声をかけてきた。
武装男A「いませんでしたか?」
少年は武装男Aに子供の野獣豚を渡すと馬車の荷台へ向かった。
少年「なんか思ったよりも遠くにいるらしい。」
少年は答えながら馬車の荷台にある荷物を探し始めた。
武装男A「どうするおつもりで?」
少年は銃や銃弾の入った袋をひっくり返して中を空にすると衣類などを詰め始めた。
少年「また行くよ。約束したし。ねえ、食いもんどこ?」
武装男B「そこの箱に入ってます。」
少年が荷台の奥にある木の箱を開けると干し肉といろいろの燻製と酒類がたくさん入っていた。
少年「あれ?果物とか菓子類がないじゃん。」
武装男B「!すいません!!すぐに持ってきます!」
武装男Bは青ざめて下っ端の武装男Cに顎で行けと命令した。
少年「間に合わないな。他になんか女子が好きそうなもんとかないの?」
武装男Cは一旦留まり、武装男Bを見た。
武装男B「チーズならあります。」
少年「どれ?」
武装男Bは別の木の箱の中からハムのような大きさの太い腸詰の燻製を少年に渡した。
少年「これか~」
武装男A「女と約束したんですか?女が山にいたんですか?」
少年「そうだよ。絶対一緒に行くって約束した。」
武装男A「絶対?!」
武装男Aも青ざめた。
少年「こんなもんだな。よし!」
少年は袋のひもを締めると左の肩に背負った。そして武装男Aから子供の野獣豚を受け取り、子供を左側に抱えたまま親の野獣豚にまたがった。そして振り向きざまに
少年「ああ、あと、みんなもう帰っていいよ。で、親父とお袋に伝えておいて。女医と温泉ソムリエみたいな女の人と一緒に魔人に会いに行きましたって。必ず伝えてよ。絶対だよ!」
そう言い残すと少年は野獣豚とともに森の中へ戻った。
武装男A「戻るぞ。」
武装男Aがそう言うと武装男Bは馬車の御者席に上がった。武装男Aと下っ端たちは荷台に乗った。
武装男C「兄貴、帰っちゃってほんとにいいんですか?」
武装男A「良くねえだろうが、仕方ない。俺らは死よりも重い絶対の約束をさせられちまったんだ。」
武装男D「何すか?それ。」
武装男A「約束を破ったら再起不能の半殺しに会うんだよ。死んだほうがマシっていうような死ぬまで続く痛みの終わらない生き地獄のな。薬も効かない。」
武装男C・D・E『!!!』
柔らかな光の降り注ぐ穏やかな昼下がり、岩の窪みの上で昼寝をした二人が目覚めたときには、既に日は西に傾き、気温も下がり始めていた。




