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8.「サラと申します」

 気を取り直してというべきなのか、サラは再び歩き始めた。森は少しずつ深くなっていく。

「たしか、前に聞いた話だともう少ししたら、綺麗な湖があるはずなんだけど……」

 道に迷ったのだろうか。歩けども、歩けどもたどり着きそうになかった。少し休憩とばかりにいい感じの岩に腰掛ける。

「なんだか少し奥にきてしまいましたわね」

 風で木々がたなびく。音は先ほどより大きく、心なしか太陽の光も木々に阻まれて暗く少しひんやりしていた。

「そろそろ帰りましょうか」

 その雰囲気に不安になったのであろうか、誰に言うわけでもなくそう呟いて立ちが上がると遠くのそれと目が合った。

 一瞬固まるサラ。

 そして反対方向に駆け出した。

 するとそれも、ものすごい勢いでサラの方に駆け出してくる。

 普段、走り慣れていないからなのか不運にも木の根っこに足をとられてこけてしまう。

 慌てて、立ち上がったサラが振り返るとそれは既に目と鼻の先だった。

「く、熊さん少しお話しませんか?」

 苦し紛れなのだろうかサラの一言を無視するように、熊は手をあげ、サラに襲い掛かろうとする。

 鈍い音が響いた。

 一人の男が熊とサラの間に入り、熊の手を剣で受け止めたのだ。激昂する熊が男に襲い掛かる。男は巧みな動きで熊の攻撃をかわしながら、サラと反対方向に熊を誘導していく。サラは動けず立ちすくんでいた。男はそのサラを一瞥して、熊に切りかかる。熊の厚い皮膚は引き裂かれ、悲鳴があがる。男は鋭い目つきで熊を睨みつけ、剣を構えた。まるで次は殺すといわんばかりの殺気が漏れでている。それに怯えたのか熊は一吠えし、森の奥へ走っていった。

「大丈夫か?」

 男に声をかけられたサラは金縛りが解けたかのように男の方に駆け寄り、男の腕をとった。

「血がでています!」

 サラは慌てた様子でポケットからハンカチを取り出し、男の腕巻いた。

「大丈夫、少しかすっただけだから」

 男の言うとおり、先ほど熊の攻撃を避ける時に熊の蹄が腕をかすめたのだ。血は出ているが大事ではない。

「でも!」

「ありがとう、大丈夫」

 焦るサラに優しい口調で伝える。サラもその声を聞くと落ちついたようであった。

「彼のおかげで間に合うことができてよかったよ」

 そう言いながら男は、相棒に向かって指をさした。

「お馬さん?」

 先ほどの馬だった。サラの言うことを聞いたかのように馬が男を連れてきたのだ。

「この馬、人の言葉がわかるから」

 男は冗談を言うように、笑いながらサラに伝えた。

「まあ、本当に?」

 パッと開いたサラの表情に男はドキッとした。慌てて少し距離をとる。


 短い髪と緑色の瞳、キリッとした男らしい顔なはずであるが彼の優しさがにじみ出ているのかどこか柔らかい。軽々と剣を振るえる細身であるが筋肉質な体。着ている服は高価であり、馬同様、気品を感じる佇まいだが距離を感じない雰囲気であった。

「ところでどうしてこんなところに?」

 男は不思議そうにサラに質問した。

「森を少し入ったところに、湖があるって聞いて。それで歩いているとこんなところに……」

「あー、湖ね!さっき見てきたよ」

「もしかして方向間違ってます?」

「うーん、少しね」

 男はなぜか申し訳なさそうであった。そして思いついたように一言。

「湖、行ってみる?」

「いいんですか?」

「もちろん」

 男は優しい方であるが、普段はここまでお人好しではない。ただ、なぜだろうか、サラの雰囲気の影響なのか、男はなぜか湖までサラを案内するという選択を選んだ。

 二人と一匹がほぼ横並びで歩く。男の質問にサラが答える。サラの質問に男が答える。他愛のない会話が続いていった。そうしているうちに、湖にたどり着いた。湖は太陽の光を反射させながらキラめいており、まるで二人を祝福しているかのようだった。

「いい雰囲気の湖ですね」

 サラの口から、思わず言葉がこぼれる。男はそうだねと答えた。遠くの鳥の鳴き声が聞こえる。近くでは虫の鳴き声が。空は透き通るように青かった。

「なんだか時間がゆっくり流れてる気がするね」

 男の問いかけにサラはそうですねと答える。お互い言葉は少なかったが言わんとしていることはわかっている様子であった。時間にして数分であるが二人の体感は何分なのであろうか。その二人の世界を壊すかのように馬が一声あげた。

「あぁ、もうそろそろ行かないと」

 男は名残推しそうにサラに伝える。

「私もそろそろ帰らないとメルが心配してしまうわ」

「さっき話してくれた人だね。確かに遅くなると心配しちゃうかもね」

 そう言いながら男は馬を近く呼ぶ。馬はまるで跪くようにその場にしゃがんだ。

「乗って、森の入り口まで送っていくよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 何度か兄とセシルの後ろに乗ったことがあるためか、あるいはそれを思い出しながらなのだろうか、サラは恐る恐るであるが躊躇いなく馬に乗った。サラが乗ったことを確認すると男はサラの前へ乗る。阿吽の呼吸で馬が立ち上がり、かぽかぽと歩き出す。サラは遠慮がちに男の腰に手を回した。サラの体温を感じた男は少し緊張し、いつもより慎重に手綱を引く。馬は二人の気持ちを知らずにいるのか、はたまた、知っていてそうしているのかお構いなしに歩いていき、森に入り口にたどり着いた。

「よし、着いたね」

 そう言いながら男は馬から降り、サラの手を引いてサラを馬から降ろした。

「ありがとう。おかげで楽しかったです」

「うん。それならよかった」

 男の気持ちは社交辞令ではなく、本心であった。

「私、1人じゃ湖までたどり着かなったし、それどころか途中で大変なことになっていたかもしれません。本当にありがとう」

 もう一度、感謝を伝えて、サラは深々とお礼をする。

「じゃあまた今度、湖まで僕が案内するよ。迷わないようにね」

 少し茶化した口調で男は答える。

「うん、お願いします」

 サラは満面の笑みで答えた。男は一瞬、サラに見惚れるも、それを隠すかのように話題を変える。

「なんとなく初めて見たときは、どこかの王女じゃないのかなと思ったけど修道女だったなんて僕の見る目もまだまだだね」

 サラはなぜだかほほ笑んだ。

「そうだ、行く前に、忘れるところだった。僕の名前はカイン。君の名前は?」

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