3.私、やってみたい!
マリネラの第三王女サラとブルガー王国皇太子タラントとの婚約破棄の話は瞬く間に大陸中に広まった。噂には尾ひれ背びれがつくもので曰く、サラ王女はブルガー王国の村娘以下と罵られ、傷心のあまり床に臥せているとか。曰く、サラ王女は婚約破棄のショックにより人目に出ることを恐れ田舎で静養しているとか。尾ひれ背びれというだけあって半分正解であり、半分は不正解である。サラは罵られたことや婚約破棄によりショックを受けている雰囲気は全くなく、まぁ仕方のないことですねなどと特に気にしてないようであった。しかしその姿をみたイアンをはじめ家臣団はなんと健気なと哀れに思い、好機の目に晒されないマリネラの田舎町であるシワキへ隠すことにしたというのが事の真相であった。
「メル。ここは良いとこだわ」
サラは紅茶を飲みながら外を眺めていた。外には小さな子どもが数人、無邪気に遊んでいた。
「サラ様、お城を離れて寂しくはないのですか?」
あのようなことがあって、このような田舎に来てしまうなんてまるで島流しじゃないかとメルは思った。サラ様は何も悪いことをしていないのにどうしてと悲しくなる。
「皆様に会えませんからそれは寂しいですけど、私はここの生活も好きですよ?」
裏のない屈託な笑顔でそう答える。本心からなのだろう。その答えにメルは少し安心する。
「それならよかったです。それでは本日も教会に向かいましょう」
「そうですね。ここでは王女じゃなくてただの修道女ですもんね。さて行きましょうか」
本人はただの修道女と言っているが溢れる気品感がそれを許さない。ただその気品さ以上にふんわりとした雰囲気が周りをひきつける。その証拠に家を出た途端、サラは子どもたちに囲まれた。
「サラ様―、遊ぼう!遊ぼう!」
一人の女の子がサラの裾を引っ張る。
「あらあら、そんなに引っ張ってはいけませんわ」
「だってー遊びたいよー」
「リアちゃんダメだよー。サラ様、困ってるよー」
別の女の子が割って入ったがそれでもリアはサラと遊びたいと駄々をこねていた。それを見たメルはどうしたものかとあたふたしている。
「まあまあ、私はこれから教会に行かないといけませんわ。また後でね」
「絶対だよー。後で遊んでよー」
「もうリアちゃん、困らせたらダメだよ。あっちいって遊ぼう!」
女の子がリアの手をとって駆けだした。メルはなんとかなり安堵する。さすがサラ様、方便もお上手でなどと思いクスッと笑った。サラは困った様子もなく子ども達に手を振っている。その姿を見たメルはやはりサラ様は素晴らしいとひとしきり感動していた。
教会についてからは神父と談笑した後、日課の礼拝を行った。小さなころから行っていた作法はこの歳で既に完璧なものとなっていた。その姿を見て、メルをはじめ教会中の人が素晴らしいと感動し、思わず見惚れていた。教会での礼拝が終わり、サラは帰り道をメルとともに歩いていた。
「このように二人で外を歩けるなんて想像できなかったですね」
確かに、お城にいた頃は基本的に城内にいたため、二人が何もない田舎道を歩くことなど想像できたものなどいないだろう。
「そうですね。まさかサラ様と二人でこのような感じで外を歩くなどとは私も思いませんでした」
風が辺りの草を揺らし、心地よい音を鳴らす。空は雲一つなく、鳥が二羽飛んでいた。遠くの山々は緑に溢れ、新たな季節の訪れを祝福しているようであった。サラの歩く道もまた祝福されているかのようである。
「お、サラ様じゃないか。ちょうどよかった」
一人の農夫がサラに声をかける。
「あら、マルスさんじゃないですか。どうされました?」
「この前のを、サラ様に持っていこうと思ってな」
そう言いマルスはサラに持っていた紙袋を渡す。
「まあ美味しそうな野菜ですね」
「そりゃワシが丹精込めて作った野菜だからな!サラ様やメルちゃんの口にも合うさ!」
マルスは、はははと笑う。それに釣られてサラも笑っていた。
「サラ様、お持ちします」
メルはサラから紙袋を預かった。確かに袋を覗くとその野菜は新鮮で美味しそうだった。この分だと夕食は……と考えているとサラの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「それでマルスさん、この前、お願いしていた農作業の件ですけど大丈夫ですか?」
まさかあれは本気だったのかとメルは頭を抱えた。少し前にサラはマルスに農作業がしてみたいとお願いしていたが社交辞令であると思っていた。なぜ急に農作業などとメルは思ったが、昔から好奇心旺盛であるところがサラの魅力でもある。やりたいというならやらせてあげよう。
「うーん、農作業かぁ。今収穫したばかりだからな。本当に雑務みたいな作業しかないんだがそれでもいいのか?」
マルスもまさか、修道女であるサラが本気で農作業をやりたいと思っていなかったため、どのような作業を行ってもらうかなど考えていなかった。せっかく体験してもらうのだから農作業らしい農作業をしてもらった方が満足してもらえそうだが今はそのような作業がない。してもらえる仕事といえば次の作物を育てる畑の雑草抜きぐらいだろうか。そのような作業で果たして満足してくれるのだろうか?
「雑務でも何でも構いません。体験してみたいのです。お邪魔ですか?」
キラキラした目で問いかける。
「それなら雑草抜きをお願いしていいか?」
「はい!わかりました!」
サラは満面の笑みで答えた。それほど農作業をやってみたかったのかと驚くメル。マルスはそれじゃあついてきてくれと二人を農地へ案内する。
「楽しみですね。メル」
「そんなに楽しみにしてたんですか?」
「だって今までしたことないじゃない。お城にいていたら絶対にできなかったことだからずっと楽しみにしていたの」
何の因果か本当は今頃、ブルガー王国で結婚の儀の真っ最中のはずであったが田舎にくることになったのだ。せっかくだから普段できないことをやりたいということだろうかとメルは思う。サラは少し浮足だったようにそわそわしていた。
「二人とも、ついたぞ。ここが次の作物を植える農地なんだが少し雑草が生えていてな。これを抜いていってほしい」
雑草だらけというわけではないが所々に小さな雑草が生えていた。畑の大きさもそれほどではないが、この小さな雑草を抜くのは骨が折れそうであった。
「わかりました。どのように抜けばよろしいですか?」
サラがマルスに尋ねるとマルスが見本を見せる。草で手を切らないように手袋をし、雑草を握る、そして少し斜めにし、根っこから抜く。サラとメルも、マルスから受け取った手袋をし、同じように雑草を抜いた。
「サラ様、これは意外と力がいりますね」
「そ、そうですね。草を抜くだけなのにこれは大変ですね」
「地味な仕事のくせにしんどい仕事なんだよ、これは。服も汚れるしあんまりおすすめしないけど本当にやるのか?」
やりたいといったのはサラだが、さすがにこの作業は申し訳なく感じる。農作業以外にも野菜の選別だとかの軽作業はたくさんあるのだ。ほかの作業をなんとか準備しようかとマルスは思考を巡らせるが。
「この作業がいいです。ぜひやらせてください!」
サラはまた満面の笑みで答える。
「じゃあお願いするよ。適当なところで終わって声をかけてくれ」
「わかりました。ではメルはじめましょう!」