2.あんな国、いますぐ滅ぼしてやりたい
「国王!なぜそこまで弱気か!」
マリネラの第一王子セシルは激怒した。このようなことがあってなるものか。国家と国家の約束を反故にしたのだ。それだけで許せないがそれ以上に、最愛の妹を衆人の前で愚弄したことが許せない。いつも冷静沈着なセシルがここまで声を荒げて父であるイアンに進言したのは初めてである。
「まあ待て、セシルよ。お前の気持ちもわかるが今、ブルガー王国と戦争をしてどうなる」
「しかし、このようなことをこのまま放置しておけば、他国に弱小と侮られ、ひいてはこのマリネラは亡国の憂き目にあいます!」
まさに事態は急転直下、つい先日まで良好であった両国の関係は急激に悪化し、家臣団はサラ王女へのあまりにも非道な扱いに激怒し、その不憫さに涙する始末。他方、他国はこのマリネラの出方を注視し、まさかこのような扱いを受け譲歩するようなことはないだろうと値踏みしていた。このような状況で何もなく手打ちにすれば家臣団は離れ、他国からも蔑まれる。しかし戦争となれば相手は大国であるブルガー王国、勝機は薄く簡単に飲み込まれるかもしれない。イアンとセシルともにこの問題に頭を悩ませていたがついにセシルは討ってでることを決意した。
「セシル。確かにお前の考えもよくわかる。だかしかし、相手は大国、これと戦争をしてどのように勝機を見出す?」
イアンは心の中で苦笑した。こんな質問無意味だなと自分でもわかっている。戦争をする場合の方法は1つしかない。
「私が軍を率いて出ます」
セシルの決意にイアンは苦慮する。確かにセシルが軍を率いて攻め入ればある程度の戦果を得て講和することは可能であろう。なんといっても、大陸に名高い三次帝の一角を担うセシルである。局地戦であればブルガー王国の将などに負ける道理はない。そして、そんなセシルには慢心もない。
「ならぬ。時ではない」
頑なにそれを認めぬ国王にセシルは苛立ちを募らせるも真意はわかっていた。しかしそれでも最愛の妹のためにこの落とし前をつけたいのだ。
「私はいつでも戦争できる準備を進めます!」
そう言い放ちセシルはその場を去った。平行線の話し合いが終わりイアンはふぅと溜息を吐く。
「話し合いは終わられましたか?」
そう言いながら、筆頭大臣であるルーニーが部屋に入ってきた。
「あぁ、終わった」
「それで結論は?」
わかりきった答えをルーニーはイアンに求めた。長年の付き合いである国王の結論は想像がつく。
「時ではない」
「利を取りなさるか。さすが国王。このルーニー、感服いたします」
昔のイアンであればこの結論になっていなかったであろう。世間では賢王と呼ばれているイアンだが元来、武闘派である。若かりし頃であれば、セシルと同様の結論に至っていたのは間違いない。ルーニーは国王のその成長ぶりに心から敬意を表するとともに、少し寂しい気持ちにもなる。
「俺も歳をとったかのう」
親友に投げかけるようにルーニーに語りかける。
「そうですね。昔のイアン様であればこのような結論には至っていなかったでしょう」
「腸が煮えくり返るわ。可能であれば今すぐにでもブルガーに攻め込み目にもの見せてやりたい」
「その気持ちを理で抑え込む。さすがは賢王」
「よしてくれ。ただ歳をとっただけさ」
イアンは自嘲するように吐き捨てた。