第九話 天使様との接触
朝食後、ソファに寝転がり本を数冊読んだところでようやく悠希は平時の感覚を取り戻した。
悠希の鋼の平常心を破った張本人は鼻歌を歌いながら食器を洗っている。
土曜だと言うのに先程まで休んだ分の勉強、それに予習をこなしていた汐音と違って悠希はソファに寝転がって本のページを気の向くままにめくっていた。
本は良い。
特に物語に入り込める作品は素晴らしい。
ワクワク、ドキドキ、そしてそれらが混じりあった感情を一度に味わえる点も魅力的だ。
素晴らしい作品は読了後に爽快感すら駆け抜ける。
読了後、汐音に感じたドキドキはやはりまがい物だったと悠希は再確認し、読み終わった本をパタリと閉じたところで悠希は完全に静止した。
本を閉じると汐音がいた。
いや、正確には本を閉じたことで、本を読んでいる悠希をじっと見つめていた汐音と目が合った。
完成された汐音の美貌に胸が再び高鳴りそうになったが必死に抑えて、悠希は口を開いた。
「何か用か?」
「いえ、そんなに熱心にどんな本を読んでるのかと思っただけよ」
悠希が読んでいる本が気になっただけらしい。
「読んでみるか? 俺は読み終わったし」
「なら、お言葉に甘えて」
悠希が差し出した本を受け取るとき、汐音の手が悠希に触れた。
ほんの少し手が触れた程度だ。
特に慌てることもないと思ったところで汐音の耳が赤く染まっているのに悠希は気づいた。
「もしかして照れてるのか?」
「わ、悪いかしら?」
当然、否定の言葉が返ってくると思った悠希は汐音の返答に以外そうな表情を見せた。
風呂場での一件などで、汐音のウブさは知っていたが、手が触れる程で照れるとは思わなかったのだ。
「彼氏とかいたことないのか?」
率直な疑問が沸いて悠希は汐音に尋ねた。
汐音ほどの美少女となると、告白の回数は軽く二桁は超えているだろう。
付き合うチャンスなど、悠希と違い何倍もある。
「彼氏なんか作ったことないわよ」
まだ、耳が少し赤らんだ汐音が力強く言い切った。
「そうか」
学校の天使様に彼氏がいないとは。
クラスの生徒が知ったら大騒ぎだろうな。
そんなことを考えていると赤みのひいた汐音が隣に腰を下ろした。
L字型のソファに寝転がる悠希の真横に背もたれに上半身をもたれかからせて汐音が座っている。
距離が近いのもそうだが、甘い匂いが悠希の鼻腔を抜けた。
三人掛けのソファなのだ。
当然、一人分空間は空いている。
まさか柏木が座る場所を間違えたわけもないだろうと悠希は思って、すぐさま次の小説に手を伸ばした。
それから三十分後、汐音の顔は悠希の膝上にあった。
ちょうど、悠希が身体を起こしたところで、いつの間にか眠りについていた汐音が綺麗に挟まるようにスライドしてきたのだ。
気持ちよさそうに眠る汐音を起こすわけにもいかず、汐音に極力触れないよう、悠希は本の続きを読み始めた。
外から差し込む日差しの陽気に誘われたのか、はたまた、膝上で眠る天使様の寝顔の眠気が誘われたのか悠希もいつの間にか眠りについていた。
服を引っ張られる感覚を感じて、悠希は目を覚ました。
どうやらねむってしまったらしい。
先程まで膝の上にいた汐音はソファの後ろから悠希の服を引っ張っていた。
汐音に視線を向けると、汐音は悠希が貸した服から制服に着替えていた。
「今から、学校にでも行くのか?」
今日はまだ、土曜日……のはず。
眠りが快適すぎて時間の感覚に自信が持てない。
「矢城君、買い物に行きましょう」
そう言って汐音はポストに入っていそうなスーパーのチラシを目の前に掲げた。
チラシの見出しには大特価と言う赤文字がでかでかと書かれている。
ここから歩いて十分ほどのスーパーだ。
「買い物ならメモに書いてくれれば、行ってくるぞ」
「矢城君、質問なのだけど、メークインと男爵いもの違いって分かるかしら?」
「ただのジャガイモだろ」
「全く、これだから矢城君は、あなたに買い物は任せられないわ、と言うことで荷物持ちとして来てもらうわよ」
いや、メークインか男爵いも、どちらをメモに書いてくれれば見分けがつかなくても買えるんだけど。
そう思ったが、汐音に押し切られる形で、悠希は汐音についていくことになった。
悠希と汐音が最初に向かったのは、近くのスーパーマーケットではなく、女性の下着を取り扱っているランジェリーショップだった。
店内は高校生ぐらいの学生から、妖艶な年上のお姉さんまで様々な年代の客で賑わっていた。
大小様々な色とりどりの下着に吸い込まれそうになる視線を悠希は必死に逸らした。
当然のように悠々と中へ向かう汐音を見送って悠希は外で待機することにした。
……が、先程店内に入っていったはずの汐音が引き返してきた。
「もういいのか?」
まさか汐音が買い物で即断できる女性だったとは。
そう思って汐音の手を見るが、下着を買った袋のようなものはない。
お気に入りの下着がなかったのだろうか。
「矢城君も一緒に来てもらわないと困るわ」
「俺は女性用の下着なんかいらないぞ」
「当たり前でしょう」
何言ってるんだ、こいつという眼で汐音に見られた。
「私、今、持ち合わせがないのよ」
そういうことか。
汐音は今、お金を持っていない。
つまり、お金を貸してほしいということだろう。
そう判断して、ポケットから財布を取り出し、諭吉を一枚汐音に手渡す。
幸いなことに親が心配性なせいか、悠希への仕送りは多い。
諭吉が毎月数枚余るほどには。
「ほい、お金、返済は出世払いでいいぞ」
「そういうことではないのだけど」
何かを諦めたように息を一つ吐いた汐音に悠希は引っ張られた。
感触は諭吉一枚越しなので、よくわからない。
人前で強く抵抗するのもためらわれて、汐音の腕に引かれるままに歩いていると、悠希はランジェリーショップに足を踏み入れていた。
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