第七話 天使様への料理
高校入学後、二か月振りぐらいに米を研いで米を炊く。
高校入学直後は自炊ぐらいできるだろうと悠希は高を括っていたが、自炊生活は入学後二日ほどで終わりを告げた。
おかげで気合を入れて購入した調味料は使われていないどころかほとんどが封すら切られていない。
米もまだ、両親が置いて行ってくれた一袋が残ったままだ。
米を炊いて二日目で悠希は無洗米を親に買ってもらえばよかったと本気で後悔した。
まあ、米が例え無洗米であったとしても、その後の食器を洗う作業すら悠希には苦痛だったので自炊はしないという結論になってしまいそうだが。
お米を炊き終わった後は調味料やカップ麺が整理してある収納棚から雑炊の素を取り出す。
自炊を二日で諦めた悠希に本格的な料理が作れるわけもなく、悠希は三つほどの手順ほどで雑炊を作れる魔法のアイテムに頼ることにした。
鍋に水を入れて、沸騰するまで待ち、十分に沸騰したところでお米、雑炊の素を入れ、最後に溶き卵をいい感じに入れて完成だ。
仕上げに両親が冷凍庫に置いて行った小口切りにされた刻みネギをぱらぱらと振りまく。
それだけで、素人が作ったにしては十分すぎる雑炊が姿を現した。
溶き卵が程よい塩梅で固まり、振りまいたネギが色合いを一段と鮮やかに染める。
立ち上がる湯気からはほんのり、カニの香りが振りまかれ、食欲を引き立てる。
恐らく、雑炊の素を使ったためだろう。
珍しく、上出来な雑炊を冷えないうちに手早く鍋からお椀に移し、悠希は汐音が眠る寝室に運んだ。
「柏木、雑炊、作ってきたぞ」
悠希の声に汐音はむくりと体を起こした。
雑炊のつがれたお椀を汐音に手渡そうとしたが、なかなか受け取ろうとしない。
どうしたんだと汐音の行動に悠希は首を傾げる。
「どうした?」
「いえ、食べさせてはくれないのかしら?」
「……柏木、一応聞くが、それは食べさせろということか」
「恋人がするようなあ~んごっこのことで間違いないわ」
熱で汐音がおかしくなったと悠希は本気で思った。
最初の頃とは考えられないくらい、表情に警戒心がないのだ。
もしかしたら、汐音が悠希を優しいと判断したことで少し警戒を解いたのかもしれないが。
「食事くらい、自分でしろ」
そう言って悠希はお椀を汐音の手に押し付けた。
「そう、残念」
お椀を受け取った汐音が少しだけ残念そうに呟いた。
お椀に視線を移した汐音が驚きで目を見開き、悠希とお椀を交互に視線を往復させる。
「矢城君って料理できるんだ」
心底意外そうな表情を浮かべる汐音に悠希はムッとしたが、実際、雑炊は悠希の実力でつくったものではないので、汐音の態度はあながち間違っていない。
「インスタントなら、誰でも作れる」
「インスタント?」
「知らないのか?」
「ええ」
「まさか、カップラーメンも食ったことがないのか」
「ああ、あれ、高いもの」
今度は悠希が目を丸くするばんだった。
この世にカップ麺を食べたことがない人がいるとは思いもしなかった。
カップ麺こそがこの世で最も至高な料理だと悠希は本気で思っている。
母親にそれを述べたら怒られたが。
カップ麺を食べたことがない汐音が哀れに思えて、悠希は「柏木、今度カップラーメン食わせてやるよ」と思わず言ってしまった。
「ほんとに?」
「いらないなら別にいい」
「いえ、嬉しいわ、ありがとう矢城君」
そう言って汐音がにこりと笑う。
目じりが垂れる程の汐音の笑顔は悠希の目を強く引き付けた。
汐音の笑顔に見とれてしまったのが、少し気恥ずかしくて「ちゃんと食っとけよ」と言い残して、ほんのり赤らんだ顔を隠すように悠希は部屋から退出した。
ソファに寝転がって本を読み、きりのいいところで、夕食にカップラーメンを食べて、風呂に入るという図書館に行く以外、毎日と同じ行動をして悠希が汐音の眠る寝室に再び足を向けたのは夜21時を時計が回ったときだった。
自分の部屋にノックしてから入るという滅多にしない不思議な体験をしながら、部屋に入室すると、悠希を迎えたのは何かにうなされるように額に大量の汗をにじませた汐音だった。
近くに寄ってみると固く閉ざされた瞼には涙がにじんでいる。
悠希には分からないが何か悪い夢でも見ているのだろう。
「お父さん……お母さん……」
悲し気に汐音の口から洩れ出た声は空気に一瞬で溶け込む。
虚空に延ばされた小さく細い手が何かを必死に掴むように伸ばされる。
掴んであげないとすぐに消えてしまいそうな儚さを感じて悠希は汐音の手を反射的に優しく掴んだ。
何かを掴もうとしていた汐音の手が悠希の手に絡まる。
絶対に離さないとでも言いたげに汐音の手に包まれた悠希の手は汐音の胸元に運ばれた。
汐音に視線を移すと、先程までうなされていたことを忘れたように汐音は規則正しい寝息を繰り返していた。
思わず握ってしまった汐音の手に完全にからめとられて悠希は身動きが取れなくなった。
汐音の手は細く、がっしりと固められているとはいえ、本気で力を入れれば、当然、手を開放するのは容易だ。
だが、手を引き抜けば汐音は再び悪魔にうなされるかもしれない。
そう考えると、悠希は手を無理やり汐音のもとから引き抜くのが憚られた。
汐音が手を放してくれるまで待てばいいかと考えた悠希だったが、結局、その時は訪れず、悠希は頭をベッドに突っ伏すようにして眠ってしまった。
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