第六話 ホームルーム
「男子諸君、君たちに朗報だ」
そう言って佐伯先生はにやりと顔を歪めた。
「先生、朗報ってことは、もしかして美少女の転校生とか?」
名前は覚えていないが、お調子者キャラの男子生徒が声を上げると、クラスの男子生徒が色めき立った。
「まじ⁉どんな子だろう」
「この時期に転校ってことは外国の子か帰国子女しかいねえべ」
「妖艶ギャル娘、来い」
教室の盛り上がり(男子限定)が最高潮になったところで、佐伯先生が口を開く。
「なんと~」
男子生徒(悠希以外)がゴクリと唾をのむ音が聞こえたような気がした。
「今日は柏木が熱で休みだ」
静寂が教室を包んだ。
数秒後、「いや~、残念だな」
わざとらしく、佐伯先生が呟く。
しばらくして我に返ったお調子者、山田君(仮)が「先生、朗報っていうのは?」と呆然と呟く。
「そんなもん、貴様らが青春を味わえないことと、男子諸君が私の授業に集中できることだ、柏木の美貌に見惚れて、勉学が疎かになっている者が数人いるようだからな」
ぎろりと睨まれた男子数人がすうーと顔を逸らした。
山田君(仮)もその一人だ。
どうやら皆、自覚があるらしい。
それから何個か連絡をした後、佐伯先生は、「今日のホームルームはこれくらいだな」と言い残して、教室を出て行った。
佐伯先生が教室から、いなくなった後、クラスの話題はすぐに汐音のことでもちきりになった。
「柏木さん、今日、お休みか」
「まじかー、天使様、今日、お休みかよ」
「俺の心の癒しが~」
柏木が一日いないだけでこの騒ぎよう。
柏木が月曜登校してきたときには、騒がれることになるなと悠希は想像してみて、よくよく考えるといつもと変わらないことに気づいた。
小さい影が近づいてくるのが見えて
「汐音ちゃん休みか」
と再び美月が話しかけてくる。
「そうらしいな」
「なんか他の男子と違って悠希は全然残念そうじゃないね」
「正直、どうでもいいからな」
「何で、汐音ちゃん可愛いじゃん、……ハッ、もしかして悠希って男色⁉それでいつも諒真と……諒真はいくら悠希でもあげないから」
小さい身体を精一杯大きく広げて、戦うポーズをとる美月だが、正直、全然怖くない。
「一ミリも欲しいと思ってないから安心しろ」
「何、私の彼氏がかっこよくないっていうの!」
美月が目を吊り上げて、睨みつけようとするが、相変わらず小さいせいか小動物が子供を守るみたいな可愛さを感じるぐらいだ。
「そんなに伏見のこと好きなら何で毎回喧嘩するんだよ」
「好きだから、喧嘩するんじゃん」
「……そういうもんか」
彼女のいない悠希には納得できない内容だったが力強く美月に言い切られて、納得した雰囲気で頷いておいた。
「そういうもんなの」
授業の始まりを告げるチャイムの音が鳴って、ここで美月との会話は終わった。
授業が全て終わり、いつもの癖で図書館へ向かおうとしたところで、汐音が風邪を引いて家にいることを思い出した悠希は少しだけ迷った後、帰路を急ぐことにした。
家に帰って寝室を開けると、むわっと熱気が室内には立ち込めていた。
人は眠ると熱を発すると何かの本で読んだが、あれは本当だったんだろうか。
悠希としては体温が温まって初めて眠気が来ると思っているので、そう簡単には受け入れられない内容だったのだが。
まあ、どちらでもいいか、そう結論付けてベッドで眠っているだろう汐音に声をかける
「柏木、体調はどうだ?」
天使のように整った寝顔を見せる汐音に声をかけると朝と違いあっさり汐音は目を開けた。
「もう、だいぶ良くなったわ」
そう言って立ち上がろうとする汐音だが、見た感じ体調は良好とは言えないようだ。
瞳には力がなくいつもと違いトロンとしている印象、髪は汗をかいた影響か額にペタリとくっついている。
汐音の額に無遠慮に手を伸ばすと、やはり汐音の額はやはりと言うか熱を多分に帯びていた。
「何すりゅのよ」
キッと汐音が警戒するように睨みつけてくるが相変わらず、覇気はない、それに呂律も回っていない。
「熱あるんだから、寝てろ」
「でも、家事をする約束だから」
そう言って部屋を出て行こうとする汐音を引き留めて、でこにデコピンをお見舞いする。
「いいから、今は寝てろ、家事は熱が引いたらたっぷりしてもらう」
汐音は恨めしそうにこちらを見ていたが悠希が譲らない態度を見せると渋々とベッドに戻った。
汐音がベッドに入ったのを確認して悠希は布団を首元までかける。
「それくらい、自分でできるわ」と汐音が言っていたが、悠希は無視した。
寝室を出て、熱さまシートを手に寝室に戻る。
「これ張るぞ」
「それ何?」と汐音が戸惑いの声をあげたが、悠希は無視して額に熱さまシートをペタンと張った。
「ひゃう」
と汐音が矯正にも似た声をあげる。
熱さまシートの表面が冷たいことに驚いたのかもしれない。
「少しは楽になったか」
素っ気ない悠希の質問にこくりと汐音は小さく頷いて返答した。
「柏木、食欲はあるか?あるなら雑炊でも作ろうと思うんだが」
「なんで、なんで矢城君は私によくしてくれるの?」
不意に疑問が汐音の口からこぼれた。
「そんなのどうでもいいだろ」
突き放すように悠希が言うが、それでは納得しきれないらしく、じっと汐音は悠希の瞳を見つめる。
汐音がベッドに横たわっているせいで、どうしても汐音が上目遣いをしているように悠希の視点からは見えてしまう。
しばらく無言の時間が続いて先に折れたのは悠希の方だった。
「柏木を家に連れてきた日、すぐに風呂に入れなかっただろ、だからあれが原因で風邪を引いたのかと思った、それだけだ」
ぶっきらぼうに悠希が言うときょとんと汐音は目を大きくした。
「何だよ?」
「いや、矢城君って優しいのね」
そう言って汐音はにこりと笑みをこぼした。
破壊力抜群の汐音の笑顔を見て、悠希は顔を逸らして、「何でそうなる?」と軽く言葉を返す。
その言葉は照れのせいか少しだけ上ずっていた。
「だって、私が風邪を引く要因があるとすれば、どう考えても、雨の中傘もささずに外にいた私だもの、なのに矢城君は雨に濡れた私をすぐにお風呂に入れなかったのが原因だと思ってるんだもの」
熱で浮かれているのか、汐音の口数がいつもより多い。
それとも、これが汐音の本当の姿なんだろうか。
饒舌に語る汐音はどことなく楽しそうだ。
これ以上、汐音に喋らせると矢城君は優しい云々の話がまた、始まりそうだったので、悠希は「雑炊作ってくる」とだけ短く言って寝室を後にした。
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