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三十七話 天使様の確認

汐音に入れてもらった紅茶に舌鼓を打っていると、汐音から可愛らしい発言が飛んできて悠希は咽せた。


「その、矢城君、昨日のギュッのことなんだけど」

「ゴホッ、ゴホッ」

「だ、大丈夫かしら」


慌てたように汐音がこちらに移動してきて背中をさすってくれる。

甘い香りとほのかな汐音の体温が感じられて悠希は胸が高鳴るのを感じた。


「もう大丈夫だ」


これ以上、汐音を近づけると心臓が爆発してしまいそうになるのを感じて、汐音を遠ざける。

その意図を組んでくれたのかは分からないが汐音は隣の席に腰を下ろした。


今、言われて気づいたが、汐音はハグのことをギュッと表現するらしい。

普段どちらかといえばクールな汐音には似合わない可愛らしい表現。

ただ、汐音の恥じらいを含んだような表情から紡がれる言葉は強烈で悠希は心を落ち着けるのに少し時間を要した。


「それで、ぎゅ、ギュッの事ってなんだ」


汐音に合わせてハグのことをギュッと表現してみたが意外と恥ずかしい。

こういうのは汐音のような美少女が発言して初めて力をもつのだろう。

赤らんだ自分の顔を汐音に見られないように汐音から顔を隠す。

ただ、汐音の方も少し余裕がないようで照れてほんのり赤くなった悠希には気づいていなかった。


それにしても昨日、汐音を抱きしめたのは夢ではなかったらしい。

汐音があまりにも平常運転だったので、昨日起こった事は夢なんじゃないかと思い始めていたが、ようやく確信を持てた。

確信を持てたところで特に何かが変わるというわけでもないが。


「昨日、矢城君が頼っていいって言ってくれたけど、どこまで頼っていいのかしらと気になって」

「どこまで?」


汐音の発言の意味が分からず首を傾げる。


正直、汐音に頼りにされたら、それに応えてあげたいと思うほどには汐音のことを魅力的に悠希は思っている。

さすがに犯罪に加担したりお金を無意味に貢いだりはしないが、汐音の方もそんなことで頼ろうとはしないだろう。


何を頼りたいのかと汐音に視線で問うと、恥ずかしそうに汐音が指をもじもじと絡める。

可愛らしい仕草に加えて汐音が下から上目遣いで見つめてくるせいで悠希は汐音から視線を逸らした。

このまま、汐音のことを見つめていたらもう一度抱きしめたいという思いが抑えきれそうになかったからだ。


「それで何か頼りたいことでもあるのか、協力できることならできるだけ協力するが」


コホンと咳払いして表情を整え汐音に向き直ると、汐音がちらっちらっと悠希の顔を見てくる。

直視するのが恥ずかしい、そう言いたげな表情。


「柏木?」

「な、何でもないわ」


一度、汐音が息を吐いて照れくさそうな表情からいつもの凛とした表情に顔つきを変化させる。

ただ、その表情も汐音の発言後には崩れてしまっていたが。


「その、ギュッとするのとか、手を握ったりとか、ど、どこまで頼っていいのかしら」


結局、照れたように顔を真っ赤に染め上げた汐音から飛んできた予想外の発言に今度は悠希が顔を赤らめた。


てっきり汐音は金銭面の事とか家事の分担とか真面目な話をするものだと思っていたが、そういうわけではなかったらしい。


「聞きたい事ってそれか?」

汐音が言葉を間違えたのかと思って一応確認すると、「そうだけど、悪いかしら」と少し泣き出しそうな汐音から返答が来て、慌てて訂正する。


「いや、別に悪くはないぞ」


そういうと、ほっと汐音が息を吐いたのが分かった。

汐音にとってはこの問いはかなり重要なものらしい。


頼りたいというよりは甘えたいといった表現の方が悠希にはしっくりくる。

きっと長年、誰かに甘えたいと思っていても甘えることができなかったからこそ、汐音にとっては悠希が甘やかしてほしい時に甘やかしてくれるかどうかが非常に重要なのだろう。

それこそ、羞恥を感じながらも答えを求めるくらいには。


汐音を甘やかしてあげたいという気持ちはあるのだが、それを素直に口にするのは恥ずかしい。

ただ、汐音の質問は真剣なものらしく、照れたような表情をみせつつも、悠希の目をしっかりと捉えていて、悠希は汐音に今、思っている気持ちを正直に伝えることにした。

当然、照れた様子の汐音にドキドキしているなどと言う余計なことは伝えないが。


「柏木が望むなら、俺にできることはできるだけする」

「えっと」


悠希としてははっきり告げたつもりだったが汐音にはどこまで許してもらえたのか分からなかったらしく、困ったように眉を少し寄せた。


「柏木がしてほしいなら、だ、抱きしめるのも、手を握るのもできるだけやってやる」


かっこよく言い切ろうと思ったが、噛んでしまい、悠希は少しだけ後悔した。

次の瞬間には咲き誇るような汐音の笑顔が見れてそんなことは一瞬で吹き飛んでしまったが。


「分かったわ、ありがとう」


そう言って晴れ晴れとした面持ちで汐音が流し台の方に向かうのを悠希は見送った。

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