8.暗闇
※やや残酷でグロテスクな表現があるので気を付けてください。
目が覚めてもそこは、暗闇だった。
恐らく病院か、それに類似した施設にいるのであろう。特有の薬品の匂いが鼻につく。
手探りで明かりを探そうとするものの、自分がベッドに横になっているくらいしかわからない。
覚醒しきらない頭で、とにかく光を求めて起き上がる。
が、それは途中で、体の上にかぶせられたベルトのようなもので阻まれた。
「あっ、ダメダメ、動いちゃダメ!」
慌てた様子で、やや距離のある場所から若い男の声がする。
仕方なく、どうせ動けないのだからともう一度横になると、真横に誰かの気配が近寄ってきた。
もうすでに、とても嫌な予感が脳裏をかすめた。
「君、何かに襲われてここまで運びこまれたんよ。とてもじゃないけどまだ動ける状態じゃないんだから、安静にしとくんよ」
やや訛りのある口調でそう諭され、クレアは素直に頷いた。
ふと、目元に触れてみると、そこには包帯の感触がある。
いよいよもって、嫌な予感が確定化してきた。
「……黙っててもすぐに判ることだけど、君、両目を……」
「……解ってる」
確定――だった。
包帯の上から触れてもそこは空洞で、現実を直視した瞬間、意識を失う前の悪夢を鮮明に思い出す。
文字通り、生きながらにして食われたのだ。あの男の操る無数の蛇に。
「……大丈夫、元のように見える保証は、ないけど……ちゃんと治療するんよ。暫くは真っ暗やろうけど、少しだけ我慢してくれない?」
「……。君は、誰?ここは病院なの?」
口をついて出たのは、質問だった。少なくとも、今の時点では誰かもわからない人間の言葉なんて気休めにもならなかった。
「……ここはクライスト城の、神殿なんよ。俺はそこの神官。
君は、民間の病院に連れて行っても碌な治療もできないくらい、ひどい状態だったんよ。だからここで治療を受けてる。
それに……勅令だったし」
「……勅令?」
突拍子もない施設名に、突拍子もない単語。まず間違いなく自分には縁のないはずの言葉が、耳からすり抜けていこうとする。
「……俺の命令でここまで運ばせたんだ」
質問の答えが返ってくる前に、別の方向から耳慣れた声が聞こえた。
気持ち振り向くように、聞き覚えのある声のほうに顔を向けた。自分の顔を半分ほど覆ってしまうほど大きな手が頬に触れる。
「……驚いたよ、君が、こんな事になっていたなんて」
「……ルカ、なの?」
聞き覚えのある声の主に、名前を尋ねる。ああと短い返事の後。優しく手を握られた。
「……すまない、もっと早く身の回りを整理していれば、君の傍にいてやれたのに」
「……無理なことは言わないほうがええよ、『リュシカオル様』」
申し訳なさそうに呟くルカに対し、神官らしき男が信じられないことを言う。
その名前は、明らかにルカに対して発せられていた。
「……ルカ、君は、まさか……?」
「……騙したくて偽名を語っていたわけではないが、結果的には君を騙したことになるな。
俺――いや、私はクライスト九世――リュシカオルだ」
すでに何も見えない目の前が、さらに漆黒に、染まった。